第30話 感想配信
『ウオー! あのガキやりやがったヤベーチクショー!』
試合終了のゴングに、ウリワリーは思わず歓声を上げた。
メグリをイメージしたウィッグをひとしきり振り乱した後、視聴を終わらせて自身の配信に向き直る。
『えー。それでは感想に移るんだが……だが! ヤバかったのねぃ。あのガキ、思いの外エンターテイナーしてくれやがった』
興奮冷めやらぬ口調で、試合を振り返る。
『逃げてばっかだったのは予想通りだったけど、それがプラスに働いたっぽいのねぃ。……まあ対戦相手からしたら? 放っといたって害なさげなガキンチョよりも、他に隙さらしてるヤツがいたらそっち優先して落としたいよなーって話だねぃ』
――後回しにしても良さそうだもんね
――無害ショタ ノータッチということか
――確実に落としてキル数稼ぐのもアリだった
――「いつでも落とせる雑魚」と「今しか落とせないかもしれない敵」で比べたらなぁ
『ウンウン、リスナーも肯定派が多めと。……で、最後の最後で攻めたのは驚いたのねぃ。序盤で一回防がれた時は鼻で笑ってやったのに、二連キル決めやがって……む。「あそこまで来たなら逃げろよ」「スナ狙ったのは悪手」。……んー、もっと言ったれ! と言いたいとこだけど、本番で勝たれちゃったら、もうそいつが正義だから文句言えねぃわなぁ』
意外と客観的にリスナーのコメントと会話するウリワリー。
しかし、その冷静さが嵐の前の静けさだということは、もはや一種の様式美であった。
『……んなことよりも、オレが物申したいのはさぁ! 何だよあの武器。【
――落ち着け
――初めから眼中にないから安心しろ
――試合中の悲鳴すばらしかったです
『うぅ……。“ウリエル”とお揃い武器、羨ましい。チクショー、あんなもん初心者が使う武器じゃねーんだよ。なんであのガキ、普通に使えてんだよ』
――そりゃ……ねぇ?
――お姉さんに手取り足取り教えてもらったんだよ
『ギャーやめろー想像させんじゃねー!?』
ここぞとばかりに弄ってくるコメントに、ウリワリーは頭を抱えて悶絶する。
七転八倒して半ベソかくが、それでも配信中なので感想を続けることは忘れない。
『【陽焔】の使い方はまぁオーソドックスだったけど、後半に使った分身の術は面白かったねぃ。コメント欄も、そこら辺が一番盛り上がってたっぽい』
――動きが遅いし単調だから、あんま意味なくね?
『確かに。実際のとこ、敵の対応も早かったからねぃ。何か工夫しないと、次は使えないだろうな。今回効いたのも初見だからってのより、火の玉から物陰へ移るのが上手くいったからだし』
――あの乗り移りはガチでヤバかった。
『そうだねぃ。オレらは指名追跡モードで観てたから普通にわかってたけど、その場にいたらアレに気付けたかどうか……』
その後もしばらくの間、「あそこはこう動くべきだった」「その時のどれが悪かった」などと好き勝手にしゃべっているうちに、予定していた終了時間が近付いてきた。
ウリワリーは時計をチラと確認して、まとめにかかる。
『っとまあ、わーわー言うてきましたが、結論としてはガキンチョが負けるって予想は大ハズレだったってことで。……チクショー、いい気になるなよクソガキがぁぁ!』
――アレはいい気になっても許されるヤツ
――たぶん今頃イイ思いもしてる
『なァにがイイ思いだねぃ! 「よくできました。よしよしギュ~」ってか? 「ご褒美にぃ……」ってか?』
――いいじゃん
――天井になって見守りたいわ
『ケェェェーっへっへっへチクショー! オレだって“ウリエル”に撫で撫でされたりハグられたししてーよぉぉぉ』
――絶対にヤメロ
――地獄絵図ww
――ランくんだから微笑ましいのであって
全体を通せばおおむね理性を保っていたはずだが、最後の最後は思いっきり大荒れして、ウリワリーの配信は幕を閉じたのだった。
モニターが、暗転する。
まったく別のところで、とあるモニターが点灯した。
小汚なく、狭っ苦しい部屋である。
脱ぎっぱなしのTシャツ、開いたまま放置されたマンガ、洗ってもいないカップ麺の容器と割り箸。全自動清掃機は電源を落とされて隅っこで休眠している。
窓はピッタリと閉めきられ、冷房のニオイを帯びて淀んだ空気の中、部屋の四半分を占拠する大型PCに、彼女は張り付いていた。
六面もあるモニターにはそれぞれ、意味不明な文字と記号が羅列されたウインドウや、SNSの一覧や、可愛いアニメキャラのイラストなんかが表示されている。
中でも正面、一番大きなメインモニターに映し出されていたのは、何の変哲もない街並みだった。
視点からして、監視カメラの映像だと察しがつく。
土地勘のある者が見れば、カケン島の官庁街だとわかるだろう。
時間表示を信じるなら、まさに今現在のリアルタイムで撮影されているものだ。
世界的に注目されるモルファイトの大会本戦が放送中でも関係なく、官庁街では忙しい大人たちがいつも通りに駆けずり回っているのだが、それも全域が同じというわけではなくて、人間どころか動く物が一つとして映っていないカメラもある。
彼女が注目していたのはその一つだった。
表札もない無機質なオフィスビルが辛抱強く並んでいるだけの、無人の道路。
静止画と言われても信じてしまいそうな映像に、突如として動きが生じた。
画面の左側から、誰かが歩いてくる。
官庁街では珍しくもないスーツ姿の女性だ。長い髪を三つ編みにして、電脳サングラスをかけた女性は、道に迷いでもしたのか辺りを見回しながら歩いていたところ、その前後から胡乱な男たちが現れた。
やはり普通のスーツ姿だが、やけに人相の悪い男たちが十人ばかり。
挟まれた女性は足を止め、誰何するように口を動かす。怯えた様子もなく堂々とした態度だったが、男たちは返事もなしに拳銃を取り出して女性へと向ける。
ボンッ!
女性の首が爆発した。
衝撃で、サングラスが吹っ飛ばされる。
監視カメラの映像は高画質で、鮮明に捉えられた女性の素顔へと、彼女は語りかけた。
「……アホやなぁ。こういう時、他人に頼らんと一人で動くんがアンタの悪いとこやで。前も言うたったやろ? ――――なぁ、“ウリエル”」
倒れたまま動かない女性――ヒツルギ・メグリを男たちが担ぎ上げ、飛ばされたサングラスも回収して、手際よく近くのビルへと運び込んでいく。
それっきり、監視カメラは再び無機質な静止映像へと戻った。
時間にして1分にも満たない出来事で、跡には事件の起こった気配など欠片も残されていない。
「今度はアンタの負けっちゅうことで。ほな、次のステージに行きましょか」
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