第29話 初キル

 スナイパーの目を逃れ、テラスハウスから脱出を果たしたランであるが、まだまだピンチは終わらない。それどころか、いや増すばかりだった。


「わっ、たたたた!?」


 ドカーンボカーンと飛んでくる炸裂弾から、逃げている真っ最中だ。

 後ろから追いかけてくるのは、今見えてるだけで三人。

 ランは【加速アクセル】でスピードを上げ、爆撃で倒壊したマンション群の間を飛び回っている。

 この二週間、メグリに鍛えられたので、【加速】を使いながらでもそれなりの精度で動けるまでには成長していたのだが、どこへどのように逃げても、必ずと言っていいほど誰かしら他の選手に見つかって追われることとなった。


 よくなかったのは、先ほどの【陽焔フレア】だ。

 屋根を落とすほどの火炎放射はこの上ないほど目立ち、結果として周囲にいた敵を呼び寄せてしまったのである。


「さっさと殺らせろやー!」


 追っ手の一人がぶっ放したグレネードランチャーが、すぐ近くに着弾した。

 予期せぬ爆風にあおられて、ランは姿勢制御を失なってスピンしながら墜落。駐車場前の花壇に頭から突っ込んで、マンガじみた埋まり方をする羽目になる。


「っ……っぷは! ぺっぺっ」


 上半身を引っこ抜いて、口に入った土を吐き出す。

 こんなところまで現実的にしなくてもいいのに、とスタジアムのバーチャル技術が恨めしいが、そんなことを気にしている場合ではない。


 上空から被照準。

 グレネードランチャーから次弾が発射……されない?


「ヤベっ、弾切れか!」


 ランを追うのに夢中だったのか、爆撃手は焦ってリロードしようするが、動きを止めたその胸板からドスッと剣の切っ先が生える。


「げふっ!?」

「隙だらけヨ、ソーリーね」

「て、テメー……」


 背後から奇襲した外国人選手が短剣に力を込めると、爆撃手を一刃の下に完全フリーズへと追い込んだ。


 また一人。脱落しているうちに、ランは逃走を再開する。


 実力ではずっと格上であろう敵の複数に追われながらも、何とか命を繋いでいられるのは、これが理由だった。

 ランを討ち取ることばかりに気を取られて、ついつい隙を晒そうものなら、他の選手にとって格好の獲物になるのだ。実際、ランを釣り餌代わりにキル数を稼いでいる選手もいるみたいだし、そういうのを警戒していれば攻撃の手が緩むので、ランが逃げやすくなる。


 期せずして、自身の延命がそのまま試合を動かすギミックと化したことで、脱落者は加速度的に増加していった。

 ランは余裕がないので確認していないが、残り人数の表示はどんどん減っていき、残り30人を下回った頃、戦況に変化が訪れた。


 まだ無事なマンションの外壁スレスレを飛行するランは、ベランダに置いてあった花瓶を掠め取っては、後ろへと放り投げていた。

 狙いを付けるでもなく、抵抗としては無様なものだが、数を撃てば当たるもので、何個めかの花瓶が追っ手の一人の顔面に命中した。

 陶器の割れる音がして、たっぷり土を掴んだ根っこがアサルトライフルを抱えた女選手の顔にへばり付く。


「隙アリ、デース!」

「させねーよ!」


 またも短剣を持った外国人選手が斬りかかろうとすると、間に別の選手が割り込んだ。

 大柄な男性選手は鬼のそれに似た金棒で短剣を受け止めて、やむなく外国人選手が退こうとしたところに、顔を拭いた女選手が銃弾をお見舞いして返り討ちにする。


 選手同士の共闘。

 それも戦いの流れで結果的に協力することになったのとは違う、明らかに示し合わせた上での協力だった。

 あるいは、気付かなかっただけで前からいたのかもしれない。

 バトルロワイヤルというルールの中で同盟を結んだ即席チームが、試合も佳境になって頭角を現し始めたのだ。


 ランにとっては、厳しい展開である。

 仲間に防御を任せることができれば、その分だけ前のめりになれる。単独行動の選手よりも攻撃は苛烈となり、躱しきれずにダメージを負う頻度が増えた。

 追跡でも連携が効いており、逆から回り込まれて逃げ道を塞がれたことも一度や二度ではない。


「どこか。どこか、一息つけるところ……」


 ヒリつく焦燥感に苛まれるランに、しかし救いの手が差し伸べられるどころか、もたらされたのはダメ押しの一手だった。


 炸裂弾が、進行方向に着弾。

 爆破されたコンクリートの塊が細かく砕けて、弾幕のごとくランの眼前に展開される。

 方向転換しようにも、【加速】の発動中では勢いが付きすぎて急には曲がれない。かといって瓦礫を躱して突破するとしても、多少習熟したくらいでそこまで精密な機動が行えるのはイドくらいの天才だけだ。

 並外れた才能の持ち主、というレベルでもないランには回避できるはずもなく、もろに弾幕の中へと飛び込んでしまう。


 滅多打ちにされた。

 大小の瓦礫に打ちのめされた仮想ボディはたちまちノイズだらけになって、ランは飛行を続けていられず、近くに立っていた街路樹へとすがり付く。

 青々と葉を繁らせた銀杏の木だ。

 密集する枝葉は目隠し程度にはなるだろうが、身を守るには心もとない。

 ランに狙いを定める銃撃手がほくそ笑み、引き金をひくまで何秒の猶予があるだろうか……いや、1秒だけでも遅れてくれればよい。


 ――オプション交換、【陽焔】。広域展開!


 生まれた火球は瞬きをする間に銀杏の枝葉を覆い尽くすほどに巨大化し、緑を紅蓮へと塗り替えた。

 突如として炎上した街路樹に、周りの選手は戸惑いを隠せない。

 何をしようとしているのかわからず、攻め入るのを躊躇していると、大きな火球は二つに分裂して別々の方向へと飛び去っていく。


「……って、待て待て!」


 男女でペアを作っていた二人の選手が、逃がしてはなるかと動いた。

 まったく同じ形とサイズに分かれた火球を見比べ、片方へと攻撃をしかける。

 アサルトライフルの弾丸や金棒が殴り飛ばした瓦礫が飛来するが、火の玉は特に反応もなくまっすぐに飛んでいって、崩れかけたコンクリート壁にぶつかると焦げ跡だけ残して消失してしまった。そこにはランの影も形もない。


「ハズレだったか!」

「中身があるのは、もう一個の方ね」


 ご名答。

 火球の正体は、ランの隠れ蓑だ。

 見た目が同じ炎の容器を二つ作って、片方にはランが入り、もう片方は空っぽにして相手を惑わせるという、分身作戦である。

 周囲が理解した時には、ランの入った火球は再び分裂しており、いくらか飛んでいくとさらに三つに分かたれる。【加速】を解いたこともあって飛行速度は落ちているが、それを差し引いても追っ手はやりづらいはずだ。

 ……などと、油断してもいられない。


「とりあえず叩いていくわよ!」

「デカい壁とかにぶつかると、消えるみたいだぞ」

「ヒャッハー! 燃えてて目立つから、狙いやすいっらねーぜぶらばぁ!?」


 ランが容易い標的であることは、依然として変わっていないのだ。

 追っ手同士でも潰し合ってくれてはいるが、かかる負担はランに向けられる方が圧倒的に大きかった。

 火球の特徴も、あっという間に見切られていく。マズイとは思うものの、逃避行と【陽焔】を操作するのとを同時並行でやっているので、どっちもどっち機敏な動きはできない。


 分身を二つ増やすまでに、四つが消されてしまう勢いで、状況はジリ貧だった。

 また一つ、火球が炸裂弾を食らって消し飛ばされる。一つは長槍に貫かれ、中身がいないとバレて放置される。別の一つは、行く手に積まれていた瓦礫の山にぶつかって、自ら消失してしまう。

 そうして、火球はみるみる数を減らしていって……


「あら?」

「何だと!?」

「どういうことだ……?」


 すべての火球が消え去っても、ランが発見されることはなかった。


「……。……よし、バレてない」


 人知れず、胸を撫で下ろす。

 ランの居場所は瓦礫の山。小さな体を、コンクリートと鉄板との間にできた、わずかな隙間に押し込んでいた。


 種明かしは、こうである。

 瓦礫の山にぶつかると、急いで入り込める隙間を探して、火球の中から移住する。炎は山の表面を焼いただけで消失し、外から見れば分身が一つ消えただけに映る、という寸法だ。


 ランを討ち取ってくれようと息巻いていた追っ手は、狐に摘ままれたような顔をしている。

 ポカンと、気の抜けた表情。

 しかし、ランが見ていたのは、彼らの様子ではなかった。

 大半が倒壊したマンション群の一棟。上階が崩れて身長を三分の二ほどにした物が、ピカッと極小の光を発した。


 狙撃。


 彼方から飛来した銃弾が、追っ手の一人を襲った。

 脳天を撃ち抜かれた選手は一撃で脱落。他の選手たちは冷や水を浴びせられたように反応する。

 ある者は手近な建物へ逃げ込み、ある者は遠くへと飛び去っていき、またある者は傍に落ちている瓦礫を盾にしようと持ち上げる――――ベリっ、と。


「は?」

「っ!」


 ランを隠していた鉄板が持ち上げられた。

 その男性選手は、人がいるなど思っていなかったのだろう。目を丸くしており、持ち上げる際の振動から事前に察知していたランとの間に、精神的な優劣が生まれる。


 【陽焔】をナイフの形に飛びかかった。

 圧縮した炎の刃が、相手の腹部から脇下へと逆袈裟に斬り上げる。大きく濃厚なノイズを刻み付け、抱えた鉄板もろとも転倒――の直後、腰に衝撃。

 第二の狙撃だ。

 今日一番のノイズが仮想ボディの奥深くにまで根を張り、【FREEZE】や【ダメージ甚大】といったアラートが鳴り響く中で、ランは手中の【陽焔】ナイフに意識を集中させる。


「い――っけ!!」


 場所はわかっている。

 半壊したマンションの一室。発砲時の光が見えたポイント目がけて、力いっぱい投擲した。

 移動とか、この後のこととか全部を捨てて一心を込めた紅炎は、残光を曳いて狙い定めた部屋の中へと突き刺さり、高圧に凝縮した『粒子』を解放する。


 爆炎が窓から噴き出した。

 ランのいるところからでもわかるくらい激しく屋根が崩れ落ち、轟音が空気と地面を伝ってきて……――――


 ランは自身のステータス表示が変化したことに気付く。


 キル数の欄が、1から2へ。

 残り人数が、11から10へ。


 ――試合終了!

 Bブロックより決勝戦へと進出する10名の選手が、ここに決定された。

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