第28話 二兎を追うなら……?
「ラン君の強みは、逃げる力だと思うの」
この2週間、メグリは何度も同じことを口にした。
逃げ隠れが上手い、と言われても、何だか情けないように思えてしまうのが少年心であるが、彼女は逆の考えを持っていたようだ。
予選でも、あれだけ【ホーミングミサイル】から狙われながら生き残ることができたのだ。むしろ誇れるようにならなければならない、と。
「いい、ラン君。戦い方は教えるけど、できることなら戦わないで、予選みたいに逃げ続けるのよ。特にこの大会のルールでは、敵を倒すよりも倒されないことの方がずっと大事だからね」
……とは言われていたものの。
テラスハウスの中に隠れたランであったが、安住の地は1分と持たなかった。
激しい銃撃音とともに、男が二人庭先に入ってきたのだ。
片方がサブマシンガン型の銃撃武器【
【連火】は名前の通り連射性に優れた銃撃武器である一方で、一発一発の弾丸は威力も射程も控えめだ。多少かすったくらいでは十分に回復が間に合うダメージにしかならず、間合いを取り大きく動いて射線を外せば、恐れることはない。
しかし、ほとんど途切れることのない弾幕は厄介で、【双火】使いは回避行動に専念することを強いられており、なかなか反撃に移れないでいた。
両者攻めきれないまま、縁側からガラス戸をカーテンごと破ってリビングに転がり込む。
ランが彼らと遭遇したのは、ちょうどそのタイミングだった。
一瞬、男たちの視線が泳ぐ。
ランは【
先んじたのは、ランだ。
動作は1モーション。
両手を頭の上に挙げて、鋭く一声。
「ごめんなさい!」
「え?」「なに?」
戸惑うように、もう一瞬だけ男たちの動きが鈍る。
まさかの降参ポーズを取ったランに、【双火】使いは二丁拳銃の片方を向けかけた半端な体勢で停止。その気が抜けた姿を、【連火】使いは見逃さなかった。
「あっ、ばばばば!?」
弾雨が直撃した。
低威力の弾でも、数が当たれば話は別だ。【双火】使いの体は小さなノイズで蜂の巣となる。
苦し紛れに拳銃を撃ち返しはするものの、ノイズまみれの腕では狙いが定まるはずもなく、壁に風穴を空けただけで完全にフリーズし、光と化して電脳世界から退場した。
「1キルっと。……でも、上手いことしてやられたかな?」
【連火】使いは肩を竦めて、銃を下ろす。
見れば、ホールドアップしていたはずのランが、いつの間にかいなくなっていた。
撃ち合いの隙を突いて窮地を脱したランは、リビングから廊下、階段を上って二階へ。
逃げた先は、大きなベッドが置かれた寝室だ。
ドアを閉めて、耳を澄ます。スラムでの習慣で足音が追ってこないか探ろうとして、幽霊よろしく浮遊しているんだから聞こえるはずがないと気付いて舌打ち。
とりあえず、ドアを除けば唯一の出入り口である窓へと近寄って外の様子を確認しようと――ピカッ。
バリィィィン
何か光ったような気がした、直後。
音を立てて窓ガラスが砕け散り、左肩を弾丸が貫いた。
衝撃を受けたランはベッドの上にひっくり返り、ダルマみたいに転がって反対側へと落下する。
外から撃たれた。
待ち伏せか?
銃撃手の姿は見えなかったが、いったいどこから……?
「……すぅ、ハッ!」
大きな呼吸で、まとまらない考えが頭の中で渦巻くのを強引に切り換える。
窓には正体不明のスナイパー。ドアからは、いつ【連火】使いが現れてもおかしくはない。左腕は、根深いノイズによって力を失いダランと垂れ下がっている。
ここから次に、どんな手を打つべきか。
――【隠密】オプション、解除。
ドアが開いたのは、決断した直後だった。
踏み込んできた【連火】使いは寝室を見渡して、「はてな?」と首を傾げる。
そこにランの姿は……ない。
「窓を割って外に逃げた……いや、違う!」
男は顔を強張らせて、壁に張り付いた。
ガラスは室内に散乱している。それはつまり外から割られたことを示唆しており、ラン以外の別人がやった可能性が高いということだった。
「ってことは……まだ部屋の中にいるんじゃないかな!」
外から見えづらい位置を取りながら、サブマシンガンを乱射した。
バラ撒かれる弾雨が壁を削り、天井のライトを砕き、ベッドを喰い破り、クローゼットを穴だらけにして――その穴から紅々とした光が漏れた。
蝶番が壊れて、扉が落ちる。
狭いクローゼットの中にいたのは他でもない、炎の盾で銃撃を凌ぐランであった。
「【
【連火】使いはクローゼットへ銃撃を集中。
しかし、身を隠してからずっと力を込め続けていた炎盾は高密度に圧縮されており、低威力の弾など何十何百と食らったところでびくともしない。
余裕を持って受け止めながら、ランは【陽焔】越しに相手を観察していた。
腰だめに構えられた銃は絶え間なく弾丸を吐き出しているが、徐々に【連火】使いの表情が歪んでくる。外には窓を割った犯人がいるはずで、猶予はないのに自分たちは立ち止まったまま単調な攻防を続けているのだ。焦れてくるのも、時間の問題であった。
やがてストレスが限界に達したか、彼は動きを見せる。
――オプション交換。手中からサブマシンガンが消える。銃撃が止んだ。
「今だっ。【陽焔】!」
この瞬間を、ランは待っていた。
攻めの手がなくなるやいなや、盾の形に固めていた紅炎を放出。銃弾を防ぐレベルにまで高めていた高圧力を、前方に向けて解き放つ。
ゴォォォォォ!!
ダムが決壊したようなものだ。
溜め込んでいた炎の『粒子』が一気に溢れ出し、【連火】使いもろとも寝室の壁をぶち抜いた。電脳の空に上がる高らかな火柱は凄まじく、壁を壊すだけには飽き足らずに屋根まで崩れ落ちる。
瓦礫と化した二階部分。
すっかり見晴らしがよくなった吹きさらしで、彼はホッと胸を撫で下ろした。
「ふう。……危ないところだった」
炎に飲まれたかに見えた【連火】使いは、その眼前に光の盾を展開することで無傷のまま生存していた。
防御特化の武器オプション、【バリア】である。
「死んでない!?」
今度は、ランが焦る番だった。
全力全開の一撃で倒しきる算段だったのに、守り切られるとは予想だにしていなかった。
急いで火球を生成して追撃するか?
だが、溜めた『粒子』は使い切ってしまったので、すぐには撃てないし盾にも使えない。
では逃げるか?
とはいっても、クローゼットに隠れていたランは、崩れた屋根に囲まれた状態で身動きするのも困難だ。
もたついている間に、相手は【バリア】から攻撃武器へと交換して、ランを仕留めてしまうことだろう。
絶体絶命。
もはやこれまで……そう思ったところに、第二の狙撃が来た。彼方の高層マンションから放たれた一条の光が、【バリア】を構えた男の無防備な背中を貫く。
「がっ……しまった!?」
撃たれた男は反射的にスナイパーの方角へと振り向いて、すかさずランが小火球を投擲。炎上して体勢を崩したところを第三の狙撃が撃ち抜いてトドメを刺した。
「た、助かった」
完全フリーズした仮想ボディが退場をするのを見て、ランは大きく息を吐いた。
このままへたり込んでしまいたいが、まだ試合は終わっていない。スナイパーだってランの味方ではなく、より強そうな【連火】使いを先にキルしておきたかっただけのはずだ。
「たぶん、撃ってきたのは、あのマンションの上の方……」
おおよその位置に当たりを付けて、ランは瓦礫を遮蔽にしながらソロソロと移動を開始した。
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