4th 大会本戦・表と裏

第27話 本戦開幕配信

 あっという間に、時間は過ぎ去っていった。

 国内外の選手17名に不正行為が発覚して参加資格取り消しおよび刑事告訴された件がニュースになったり、海外ブロックの予選通過者183名が専用ジェット機で優雅に到着したり、国内選手も交えた歓迎イベントが行われたり、優勝候補にスポットを当てた特別番組が連日放送されたりと、世間の熱量は高まることはあっても冷めることは欠片もない。

 そして、大会本戦の当日。


『ねぃーっす! 「火天に見惚れるチャンネル」へようこそ。ウリエル激推しストリーマー、ウリワリーなのねぃ。今日はオネイロ・スターダム杯本戦の同時視聴をやっていきまーす。試合の動画は各々自分で用意するよう、お願いしますだねぃ』


 ネットの動画投稿サイトで、“火天のウリエル”のコスプレをした中年男性のライブ配信が行われていた。

 開始して早々に視聴者数は1万を超えてうなぎ登り。コメント欄にも無数の書き込みがあふれていて、なかなか注目されていることがうかがえる。


『試合開始までちょーっと時間があるから、まずはルールのおさらいをするのねぃ』


 コスプレ男――ウリワリーがパチンッと指を鳴らすと、画面上に大会公式の解説ページをスクリーンショットした画像が表示される。


 本戦のルールも予選とおおむね同じで、オプションデッキ10枚のバトルロワイヤル制。

 それぞれ約100人ごとの5ブロックに分かれて相争い、生き残った10名ずつが次の決勝戦に進出できる。なお、本戦では制限時間がないので、規定人数まで選手が脱落しない限りは永遠に試合が続くことになっていた。

 

『優勝候補は何人もいるけど、そういう有名どころは他のチャンネルに譲って、ウチでは負け筋の選手に密着して観戦していく予定だねぃ。そう、予選でウリワリーとの激戦を繰り広げた、あのクソガキねぃ!』


 バーン、とわざわざ効果音付きで貼り出されるランの顔写真。予選の録画を切り抜いた画像である。


『知らないリスナーがいるかもしれねぃから説明しよう。このガキンチョの名はラン。予選の受付前で、ウリエルにハグされてるところを大勢に見られたクッソ羨ましいクソガキなのねぃ。憶測記事はネットにいくつも上がってるけど、公式からの発表がないから本当のところは不明……ってか、それが何だか秘密の関係っぽくてなおさらムカつくんじゃーーッ!!』


 話しているうちにウリワリーは興奮してきて、声を荒げて髪を振り乱した。


『言っとくけどなー。本戦は予選以上に狭き門。つまりっ! 前みたいに逃げっぱなしで運勝ちなんて無理なのねぃ。せいぜいボロ負けして恥かきやがれクソガキー!』


 視聴者たちも触発されたのか、コメント欄には新規書き込みが次々と追加されていく。


 ――負け犬が吠えてらぁww

 ――ラン君かわいい

 ――予選見てランくん推しになりました

 ――うちのヘンタイがご迷惑をおかけしまして

 ――草

 ――負けるな少年

 ――ラン君の悪口やめてください


『っテメーら、オレのリスナーだろうが。どっちの味方してんだぁ!?』


 指揮でもされているかのように例外なくランの側に回る視聴者たちに、ウリワリーは烈火のごとく怒り狂い、それを面白がってコメント欄はさらに加速する。

 きっとキーボードを叩きながら、腹を抱えて笑っていることだろう。


『ん、なになに? 「そりゃ、コスプレおっさんといたいけな少年を比べたら」だぁ!? 上等だテメー、名前覚えたからな! 次の射撃練習配信で、標的の名札ケッテーじゃ……っととと。公式からの配信来たねぃ』


 煽り散らかされてギャースカ騒いでいたウリワリーだったが、公式放送が始まったことを知ると即座に切り換える。

 前座のパフォーマンスや司会者の挨拶などもそこそこに、注目すべきはバトルフィールドの地形と出場ブロックの割り当てだ。


『選手名「ラン」で検索……あった。ガキンチョはBブロックだねぃ。指名追跡モードに設定、っと。……地形は「集合住宅街」か。ワンルームマンションやらテラスハウスやらでゴッチャゴチャしてて、予選の廃墟街と似てる感じだねぃ。……ふむふむ、だいたいわかったねぃ』


 配信に映っていないところで、あれやこれや操作したり調べたりした後に、グラスに注いだミネラルウォーター(メグリがCM出演している商品)で唇を湿らせた。

 公式の方では、カウントダウンが始まった。いよいよ、試合開始である。


「さあ、クソガキ。テメーの負け様を酒の肴に、大笑いしてやるからなー! それでは皆様もご一緒に。3、2、1」


 ――レディ、モルフィング!


   *


 オネイロンの波動が肉体を包み、次元が歪む。物質は非物質へ、そして電脳へと変換されて――――ランが降り立ったのは、テラスハウスの前だった。

 コピー&ペーストを連打したみたいに、同じ外見をした民家がズラリと一列に並んでいる。

 四車線道路を挟んだ向かい側には高層マンションが林立しており、吹き抜けるビル風が花壇のチューリップや街路のイチョウ並樹を揺らしては、枝葉のざわめきが歌声のように流れた。


 前回同様、現実そのものと言っても過言ではないリアリティである。

 ヒツルギ邸のプライベート電脳空間を体験した後だから実感できるが、異常なまでにハイレベルな再現力だ。


 ――モルフィングオプション、【隠密ステルス】。


 ランは仮想ボディが形成されると同時にオプションデッキを開いてレーダー探知を受けないようにすると、目の前の民家へと入っていく。

 今回は【加速アクセル】を使うまでもなく、簡単に人目を避けられる場所に隠れることができた……と安堵するのが間違いであることに、ランは気付いていない。

 玄関のドアを開けて入っていく背中をを、見ていた人物がいたのだ。

 立ち並ぶ高層マンションの一室。そのベランダから、スナイパーライフルのスコープを覗く人影があった。

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