第16話 予選開始

『……2! 1! しゅ――りょ――ッ! ただいま出場受付が終了いたしました。集ったのは総数1683名。これだけの新人ファイターたちが、たった一つの王座を巡る戦いに身を投じます!』


 オネイロニシアの国民的司会者が声を張ると、前座を務めていたアイドルたちが大きく手を振って、出場者や観戦に訪れた人々への感謝を口にする。


『さぁて、選手の皆さまにはこれから行われる予選に挑んでいたたくわけですが……改めてルールを確認しておきましょう』

『はいはーい! ワタシ達が説明しまーす!』


 アイドルのグループがアシスタント役として進み出ると、彼女らの頭上に解説ウインドウが投影された。


『当大会の戦闘ルールは「10枚デッキ・バトルロワイヤル制」。自分以外はすべて敵、という大乱闘形式です。仮想ボディが完全フリーズするまでダメージを受けてしまうか、自発的にギブアップした人から、どんどん脱落していきます』

『今日の予選じゃァ、選手の皆にはA~Hの八つのブロックに分かれてもらってる。各ブロックで人数が20%以下になるまで生き残ったヤツだけが、本選へと駒を進められるってェ寸法だ!』

『制限時間内に20%まで減らなかった場合は、キル数の少ない人から順番で自動脱落になっちゃうよ! 逃げまくって生き残るのもいいけど、ガンガン攻めていくのも大事ってことだね!』


 解説画面が切り替わるごとに、アイドルも説明係を交代する。

 そうして話している間に頃合いが来たようで、司会者がインカムに指を当てながら再び前に出た。


『大変、お待たせいたしました! 各ブロック、準備が完了したようです。それでは皆さん、新たな歴史の1ページが今ここに始まります。レディ――――ッ、モルフィング・イン!!』


 掛け声を合図に、巨大プロジェクターが作動。

 スタジアムの巨大競技場に八つ、バトルフィールドを映し出すホログラムが顕現した。


   *


 シグナルがオネイロン結晶を刺激して、多次元波動を発生させる――自身の肉体が、物質からエネルギー体へと書き換えられていく感覚――電脳世界へと――仮想ボディ形成――…………完了。


 一瞬後。ランの姿は様変わりしていた。

 メグリに見繕ってもらった外出着から、動きやすそうな戦闘服へ。モノクロトーンの迷彩柄で、華奢なランが着ると岩山に隠れ住む山猫のような印象を与える。

 変化したのは、ラン自身だけではない。彼がいるのはもう大会出場者用の準備室ではなくて、寂れた街中にポツネンと浮遊していた。

 廃墟街、と呼んでもいいかもしれない。

 ヒビ割れたアスファルトからは雑草が生え、道沿いの商店は窓が破れていたり看板が落ちかけていたりしている。スラム街にも似ているが、人間が一人も見当たらないのが大きな違いドゴォォォン!!


 リアルに作り込まれた街並みに気を取られていたら、どこからか流れてきた榴弾がすぐそばに着弾してクレーターを作った。

 とっくに戦いは始まっているのだ。

 あちこちから爆音や銃声が上がって、遠目に誰かが剣戟を演じているのが見える。呆けて出遅れたことを反省しつつ、ランは首に着けたデバイス手を当てた。


 ――オプションデッキ展開。オプション選択、【加速アクセル】。


 目の前にズラリと光のカードが並んで、一番右のカードが砕け散った。

 光の破片が体に吸い込まれていくのを感じながら、ランは開けた路上を嫌って路地へと飛――――――むべ!?


 勢いあまって、顔面から激突した。


 ……速すぎる。

 路地に飛び込んで壁に突き当るまで、秒とかからなかった。ちなみに、メグリの言っていた通り、壁をすり抜けることはないし痛みもない。

 若干フリーズした鼻の頭をさすり、また近くで爆撃があったので急いで駆け出す。【加速】のスピードは自動車を超えるのではないかと思うくらいで、ランは扱いきれずに何度も壁にぶつかることになったが、少しずつコツを掴んできた。


 仮想ボディの感覚は、幽霊に近い。

 幽霊が宙を飛ぶのに足を使う必要はなく、それはブレーキをかけるのも同じだ。


 加速と減速を覚えたら、不器用ながらも衝突せずに飛べるようになってきた。

 壊れかけの建物がむやみに密集して迷路みたいになった裏路地を素早く翔けて、だいぶ戦闘音が遠ざかったあたりで一息つく。


 ――オプション変更、【隠密ステルス】。


 再度デッキを展開し、今度は左端のカードを選択すると【加速】の効果が失われ、代わりに別の新たな力が体に宿った。

【隠密】はレーダー探知を遮断するオプションだ。

 難しいことは説明されても理解できなかったが、つまるところ隠れるためのオプションだ。これを使用している限り、壁越しに居場所がバレるなんてことは起こらなくなる。


「……まあ、隠れるしかできないけど」


 大会のルールでは戦闘を避けていても勝てる可能性はあるが、それだと不利を背負うようになっていた。

 ただ、ランが自虐っぽく独りごちたのはもっと根本的な理由であり、それは彼のオプションデッキの中身を見れば明白だろう。


【加速】【加速】【加速】【加速】【加速(修復中)】

【隠密】【隠密】【隠密】【隠密】【隠密(使用中)】


 数を10枚と指定されているモルフィングオプションが、5枚ずつの二種類しか入っていないのだ。

 オプションを変更する場合、それまで使っていたものは破棄しなければならない。捨てたオプションは再び使えるようになるまで一定の時間がかかるため、同じものを複数積み込むのも一概に悪くはないのだが、どうしてこんな極端な構成になったのか。

 考えてみると、一つ思い当たる節がある。


「ランくんって、ケンカは得意だったりする?」


 それは、新しくもらったデバイスをメグリに調整してもらっていた時に投げかけられた問いだった。

 スラムでの暮らしは諦めたり目を逸らしたり、逃げたり隠れたりの毎日で、こちらから相手に向かっていくようなことは避けていたので、そのように答えたのだが、今思うとデッキ構成を決めるための質問だったのではないだろうか。


「きみにできることを、思いっきりやればいい」


 なんて言っていたが、まさか「自分にできること」に方向を固定されていたとは夢にも思わなかった。


 ……せめて、前もって教えてくれたらいいのに。


 メグリを恨めしく思うが、試合中にこれ以上ボケっとしているわけにはいかない。とにかく今は、限られた手札を駆使して、逃げ隠れ――自分の得意分野に集中するしか道はなかった。

 ランは首を振って雑念を捨てると、種類の違う銃声がいくつも近付いてきたのを察知して、手近な廃ビルに潜り込んだ。

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