第4話 拾いもの

 足音。

 二人分が、広場に近付いてくる。


「だれ……?」


 歩調からして大人の足音なのでゴミ漁りではないし、ギャングの連中にしては人数が少ない。夜ならばひと気がないのを狙ってカップルが来ることもあるが、今は真っ昼間だ。いったい何者なのか、心当たりがない。


 ……逃げるか、隠れるか。


 レコーダーを見咎められる危険を避けたいなら、二者択一だ。

 ランはわずかに逡巡した後、三つある出口のどれにも向かわずに広場の奥へと身を隠すことを選んだ。

 奥に行けば行くほどゴミ山は険しくなり、見晴らしが悪くなってくる。そうして最奥までやって来ると、壁際の空間の一部が開けており、無数の配線やら配管やらに繋がれたゴツい機械の箱が鎮座しているのが現れた。

 ゴミの漂着を知った処理業者が寄越してきた、旧式の処理炉である。モルフィングによってゴミをエネルギーに変換し、電力を生み出すのである。


「…………れやれ、いつ来ても汚っねえ場所だぜ」


 足音の主が、広場に入ってくる。

 物陰から覗いてみると、二人組の男だ。痩せぎすと小太りのデコポココンビで、ナメレスのギャング団のトレードマークである電脳ゴーグルを着けている。痩せぎすの方は黒いケースのような物を抱えていた。

 男たちは気だるそうな猫背で広場の奥へも歩いてくる。一応は人目を気にするようなそぶりをしているが、見るからにおざなりで、処理炉の背後に回ったランが配線の隙間から様子をうかがっていても、まったく気付かない。


「あーあ、面倒くせーッスねー兄貴。なんだってわざわざ、こんなとこまで捨てに来なけりゃなんないんスかねー」

「うるせぇよ、デブ。毎度毎度、おんなじこと言ってんじゃねぇ」


 不満をこぼす小太りに、痩せぎすが蹴りを入れた。


「ほら。さっさとしろ」

「へいへい」


 兄貴分に急かされて、小太りが処理炉の蓋を開ける。重厚な鉄蓋が軋みながら持ち上がると、痩せぎすが持っていたケースを投げ入れた。


「あーもったいねー。……ねー兄貴。一回くらい、捨てたフリして持って帰ってもバチは当たらねーんじゃねーですかねー?」


 小太りが炉の蓋を片手で支えながら指をくわえて言うと、痩せぎすは目を剥いた。


「バッカ、お前!? めったなこと言うんじゃねぇ! ナメレスさんに聞かれでもしたら、ブッ殺されるぞ!」

「だいじょうぶっしょ。ダレもいねーんスから」

「……おいデブ。ナメレスさんを舐めるなよ。あの人はいつでもどこでも現れる、いきなり目の前に出て来たっておかしくねぇんだ。ほら、さっさと帰るぞ」

「ま、待ってくだせーよ兄貴」


 痩せぎすが本気で怯えるように小走りで去っていくのを、小太りが追いかけていく。支えを失った鉄蓋はゆっくりと下りていき……――――閉まり切る直前に、差し込まれたレンガを噛んで止まった。


「……ふう、間に合った」


 ランは胸を撫で下ろして、後ろを振り返る。あの二人組はゴミ山の向こう側に消えており、戻ってくる気配もない。

 安全を確かめた後、処理炉の蓋に取りかかった。分厚い鉄の蓋はとても重いが、完全に閉じていないのであればラン一人の腕力でもかろうじて上げることができる。

 炉の中は、虚空だった。

 先日、広場にゴミを吐き出していた穴がそれに近く、放り込まれたケースは宙に浮かんだ状態でジワジワと虚無に浸食されている。


 ゴクリ


 唾を飲み込んで、ランは炉の中に手を突っ込んだ。


「ぐっ……!?」


 経験したことのない種類の痛みが、両腕に突き刺さった。

 炉の内部には、モルフィングの力場が展開されており、入れられた物体はエネルギーに変換されてしまうのだ。皮膚の表面が削られて、噴いた血もまた消失する。

 おぞましい感覚に耐えながらも、どうにかケースを掴んで引っ張り出すことに成功した。


「はぁ、はっ、はぁ……っ痛――」


 まだらにエネルギー化された傷が痛むが、それは後回し。

 ケースの中身を確かめるのが先だ。

 あの男たちが処分しようとしていたのは、いったい何だったのか。勝手に開かないようロックしてある金具を、手間取りながらも外してケースを開けてみる。


「あっ!?」


 瞬間、ランは痛みを忘れた。

 ケースの中に入っていたのは、銀色のブレスレットだった。装飾のないシンプルな外見で、唯一の特徴といえばカードの読み取り機みたいな溝があるくらい。スポンジのような緩衝材を取り除いてブレスレットを持ち上げてみると、プラスチックや木製のものとは全然違うズシッとした重さが伝わって、その下には都合よく溝にハマりそうなカードが一枚同梱されてあった。ブレスレットと同じく銀一色の、妙に重いカードで、両面ともに何も書かれていない。

 これが何なのか、すぐには理解が追い付かなかった。だが、これによく似た物をランは見たことがある。そう、数えきれないほど見てきたのだ――画面越しに。


「これ……モルフィングデバイス?」


 言葉として口に出して、ようやく実感が湧いてきた。

 間違いなく、これはモルフィングデバイスだ。それも、ジャンク屋で売っているような旧式ではない、ウリエルやラファエルが装着していたような最新型と同じデザインだ。

 手に入れたくて、でも手が届かないでいたアイテムが今ここにあるなんて!

 胸が1オクターブ高く鳴った。

 星が咲いたみたいに、目の前が明るくなった。

 喜びよりも困惑が先に立って、ランはしばし呆然としていたが、我に返ると自分の置かれた状況に焦り始める。

 今度こそ、誰かに見られでもしたら致命傷ではないか。大急ぎでデバイスとカードを服の中に押し込み、空のケースを処理炉に戻して蓋を閉じる。

 まずは人目の付かない隠れ場所に行こう。それから、落ち着いてデバイスを調べてみて。それから隠しポケットを修復して。あと、モルファイトの大会のも。それから、それから……――――


『やあボクちゃんッ。コンナところで何ヤッてるのカナッ?』


 耳障りな機械音声が、すぐ後ろから聞こえた。

 ランは心臓をわし掴みにされたように硬直して、カクカクとした動きで振り向くと、ナメレスがいつもの巨漢を従えて立っていた。小柄なランを見下ろす鳥の仮面は、うつむきがちだからか暗い影がかかっている。


「ナメレス、さん。……な、んで……ここに……」

「おらクソガキ! 質問してんのは、ナメレスさんの方だぞ!」

「う……」


 巨漢に脅されて一歩下がると、すかさずナメレスが一歩詰めてきた。鳥の小さな瞳が、嘘やごまかしは許さないとばかりにランを射抜いたまま逸れることがない。


『それで? ナニをしてたのカナッ?』

「えと……だ、だれかが処理炉に何かを捨ててたのを見て」


 威圧に潰されそうになりながら、ランはおずおずと答えた。


「そういう人って、珍しいから……いい物かもしれない、って思って」

『ホウ?』

「でも、もう蓋が閉まっちゃったから、開けられないし……。そ、それっきり……です」


 なるべく事実だけ、言葉を選んで伝える。できる限り心を見透かされないように、その一心だった。


『…………』

「……あの、もう行っていい、ですか?」


 黙ったままなので、おうかがいを立ててみる。

 ナメレスはさっきから何も言わずにランを覗き込んでくるばかりだったのだが、不意にズイッと身を乗り出してきた。


『ねえ、ボクちゃん。言ってないコトあるヨネッ? そういう顔してるモンねッ』


 見抜かれた。

 と、顔をしかめた時点で負けが確定した。

 後ずさるランに、巨漢の手下たちが指を鳴らして詰め寄ってくる。逃げ道を塞がれ、無理にすり抜けようとしてもあえなく首根っこをひっ掴まれてしまう。ヒョイとつまみ上げられた拍子に、シャツが乾いた音を立てて裂け、ポロンッと懐に潜ませていた機械がこぼれ落ちた。


『おや?』

「あん?」


 ナメレスたちの注意が逸れた一瞬の隙を突き、ランは破れた襟首を残して走り去っていく。


「あっ!」

『フム……。一応、追いかけてチョウダイ』

「へ、へい。ではアッシが」


 体重が比較的軽そうな一人が駆け出すと、追跡は彼に任せて、他の手下のたちはランの落とし物へと集まった。


「何だァこりゃ。……カメラ、か?」

「おい、まだ動くぜ。こいつはちょっとした値で売れそうだ。ゴミ漁りのガキが持つにゃ、もったいねぇ」

「こんなもんチョロまかそうとするたぁ、ふてぇヤツだ。次に見かけたらタダじゃおかねぇ。ですよね、ナメレスさん。……ナメレスさん?」


 手下が小型レコーダーを拾って驚いたり悪態を吐いたりしている間、ナメレスは無言で立ち尽くしていた。


『……。…………』


 身動ぎ一つせず、話しかけられても聞こえてすらいない様子で、ランが消えた方角をジッと睨んでいる。いったい何を考えているのか、鳥仮面の円い小さな黒目からは、感情を読み取ることができなかった。

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