知らない間に入っていた盗聴アプリを起動したら、職場の後輩のぬいぐるみにつながっていた件

明日葉いお

File1_ただいま

 7月10日。月曜日。19時16分。


 時刻を告げる合成音声の平坦な声の後に、かすかなノイズが走る。


 直後、ガチャリと重いドアが閉まって、軽い足音。パタンと軽いドアが閉まる音がして、足音がどんどん近づいてくる。


「あなたー、ただいまー」


 絞り出すような疲れ切った声。その後に、ぽふぽふと軽く触るような音。


「ん~~~~~。……はぁ」


 強張った体をほぐす様に伸びをする声の後に、溜めていた力が呼吸と共に解放される。

 その後にするすると衣擦れの音と、服が落ちるようなふぁさっという音が続く。


「ふぅ。今日も一日つかれた。あなた、さっとお風呂入ってくるから、ちょっと待っててね」


 そろりと軽く撫でるような音の後に、遠ざかる足音。さらにタンスを開ける音がいくつか続く。


「んーーと。……あっ。これは違う。夜用はこっち。あと、タオルと上着と……よし」


 タンスを閉め、ドアの音。しばらくしてから、くぐもったシャワーの音と鼻歌が聞こえてくる。


 そんな音がしばらく続いた後に徐々に音声がフェードアウトしていく。完全に無音となってから数秒して、ドアの開く音。


「ふぅ。あなたー、戻ったよー」


 さっぱりしたような声で呼びかけられる。


「よいしょ。待たせちゃってごめんね」


 ぽふっと抱きかかえられるような音。抱えられたまま移動しているらしく、さっきまでの足音とは違って振動が直に感じられる。


「ふぅ。ドライヤーしちゃうから、もうちょっとだけごめんね」


 椅子を引く音の後に、ごそごそとドライヤーを置き、コードをほぐす音。


「んしょっと」


 気合を入れる声の後に、かちりとコンセントに突き刺す音。スイッチを入れる音がして、ゴォーとドライヤーから温風が吹きだす。


「あぁー、気持ちいー」


 かかえられてお腹とじかに接しているせいか、これまでの声とは違う振動を感じて、なんだかこそばゆい。


「おっとと。……ごめんね、あなた。落ちちゃうとこだった。よいしょっと」


 衣擦れの音がして、驚いたような声の後に謝罪。両手を使っているせいか、固定が甘くなってずり落ちかけたらしい。ドライヤーの音が止む。


「……うん。これでよしっと。足の間にいれたから、もう大丈夫だよ、あなた。でも、こうやって膝を立ててその間にあなたを入れていると、体育座りみたいだね。懐かしい。ふふっ」


 含み笑いの後に、ドライヤーのスイッチが再び入れられる。


「あぁー。気持ちいいけど、ずっとドライヤー持ってるの疲れる。なんだかんだ3年くらい使ってるし、もうちょっと良いのに変えた方がいいかな。あなたはどう思う?」


 2,3秒間ドライヤーの音だけが響き、再度口を開く。


「あー、でもこうやって乾かしてる時間も勿体ないよね。あなたとベッドでゆっくりする時間も少なくなっちゃうし。やっぱ、性能がいい奴にした方がいいのかな?」


「うーん。でも、新しいのに変えてもそんなたくさん変わるのかな。もういっそのこと髪を切っちゃっても良いのかも」


 ドライヤーの音の隙間から、髪をすくようなさらさらした音が漏れてくる。


「うん……うん。よし、そうしよう。こんど髪を切るときは、短めにしてみよう。そうしたらあなたと、もっといっぱいまったりできるもんね」


 さわさわと身じろぎする様な音。


「それに髪型かえたらあの人も声かけてくれるかもしれないしね。んひっ」


 ドライヤーの音にかき消されてしまいそうな声。最後に漏れ出た悪戯っぽい笑みが可愛らしい。


「あ、何でもないよ、あなた。今のは気にしなくてもいいからね」


 焦ったように取り繕う。


「でも、そう考えたら髪切るのちょっと楽しみになって来たかも。いつもは外に出て、美容師さんとお話するの面倒って思うけど、なんだかわくわくしてきちゃった。これもあなたが話を聞いてくれるおかげだよ。あなたが聞いてくれるおかげで頭の中整理できるんだ。いつもありがとね」


 キュッと軽く抱くような音。その後はドライヤーの音の合間からしまりのない含み笑いや、吐息交じりの声が時々漏れてきた。

 20秒ほどで音がフェードアウトしていき、再生が終了した。

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