第2話 『少年の記憶』
「おーっす、おじょー帰ったんすね」
エリスの部屋に入ってきた男―――エデンは、平々凡々な見た目の護衛兼、専属冒険者兼、専属騎士兼、専属料理人兼、執事・・・etc
まぁ、色々やってる。しかも、エデンがこの護衛兼(以下略)になったのはたった3ヶ月前だ、だから・・・
「あら、レディの部屋に勝手に入るのは、私の護衛兼(以下略)としてどうなのかしら」
この対応である。エリスが本心をさらけ出せる相手は、シーナしかいない。
まぁ、外に聞こえてるんだけどね。それ言うとまたさっきみたいに恥辱で悶えるだろう。だから、この家の者は、そのことについてエリスに言わない。シーナも同じだ。
「あぁ、すいません、おじょー」
「その『おじょー』という言い方をやめなさい。」
「はーい。おじょー」
「あぁ! もう! やめなさいって・・・・あ、やめなさいと言っているでしょう。いや、もういいわ。好きに呼びなさい」
「ハイハイ。んじゃ、俺ぁ料理してきまーす」
「私も手伝います」
そんな漫才が行われ、エデンはシーナと共に部屋からでる。
「エデンさん。あなた、従者としての自覚はあるんですか?からかいすぎです」
「う。すいません。なんか、素性を知るとからかいたくなっちゃうというか・・・」
この人は、エリスの専属従者のシーナ。エリスとは昔からの中であり、いわゆるエデンの大先輩だ。そしてこの人は普通にエデンを嫌っている。
さらにエデンは異世界転生者で、日本からきた高校3年生だ。
こんなことになったのは、あの日の事だった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ふぁあぁぁぁ」
教室の端で、退屈そうにあくびをしながら空を眺める平凡な見た目の少年の中野 平は、見た目の通り全てが平凡だ。成績も普通(140人中75位~65位)で、クラスでのカーストも普通、友人の数も普通、唯一平が他人と違うところは、家事スキルがとっても高い。
「なぁ平ぁ、彼女ほしいか? 欲しいよな? それなら・・・」
平に話しかけてきたこの少年は江頭 元太郎、平の友人の一人だ。
「だが断る」
「まだなんも言ってねぇよ!」
元太郎が提案するのを、平は先んじて断る。それに対して、元太郎はツッコむが、その内容はわかりきっている。
「ど~せ合コンだろ? やぁだよ、めんどくせぇし」
「えー、頼むよー。マジで。人数が足りねぇんだよぉ・・・っていうか、最後の高校生活ぐらい、彼女作って楽しもうぜ」
「興味ねぇ」
それともう1つ、平は周りの男子たちに比べて恋愛欲がなかった。
「そんなこと言わずにさぁ。そうだ!お金は俺が出すから、それna・・・」
「行く」
「はっや! ま、まぁ助かる! 後でもろもろの予定、ラインで送るから」
△▼△▼△▼△▼△
――――その週の日曜日
「よーし、みんな集まったな!それじゃあ、カンパーイ!」
「「「カンパーイッ!」」」
「かんぱい」
周りで乾杯の声が上がる中、たった一人だけ黒ジャージの平だけはテンションが違った。にしても、聞いてた以上の美人ぞろいだ。
そして、自己紹介が始まる。
「私は鈴木 麗華っていいます。」
「私は佐藤 柚葉です。よろしくおねがいします」
「私は戌井 美子よ。よろしく」
そういって、麗美・・・・面倒くさいのでA、B、Cと呼称する。
「じゃあじゃあ!まず俺からね、俺は江頭 元太郎っていいまーす!好きなことはゲームでーっす」
「えーっと、僕は久保田 廻です。好きなことは読書です。」
この廻という少年も、平の友達だ。気は弱いが、とても良いやつである。
「中野 平っす。好きなことは・・・まぁゴロゴロすることっすね」
一人だけテンションが違うが、何とか自己紹介は終わり、平以外は楽しく話だす。その間、平は黙々とご飯を食べる。
「ねぇ、平君って得意な事何かあるの?」
「んー、料理とか?」
実は、平は2年前から1人暮らしをしているので、大分家事ができる。
「そうそう、こいつの料理滅茶苦茶うめぇんだぞ?」
「へぇいいじゃん、家庭的で。私も食べたーい」
元太郎は平の料理を称賛し、Cもそれを食べてみたいと言う。が、そんなことに興味はない。というよりサッサと帰りたい。
「なぁ、もう帰ってもいい?」
「なっ、おまっ、まだ始まったばっかだぞ!?」
「だって、暇なんだよ。ぶっちゃけ、ここ飯まじぃし」
「ったく、相変わらずマイペースだよなぁ。わかったよ、帰っていいぜ。また明日な~」
「おう、明日」
そして別れの挨拶を短く交わし、平は店を出た。
――――『また』なんてものは、無いとも知らずに。
△▼△▼△▼△▼△
「あーつかれたー。さっさと帰ってゲームでもするか」
背伸びをしながら、踏切が上がるのを待つ。
「ねみぃ」
目をこすりながら踏切が上がるのを待つ。
「・・・・」
カンカンカンと踏切が鳴る。カンカンカンと甲高い音をたてる。
そして奥から電車がやってくる。ガタゴトガタゴトと、勢いよく走ってくる。それが平の目の前に車両の先頭が来たときだった、
「え」
ガタンッと大きな音を立て、その電車が脱線し、平に突っ込んでくる。
そしてそのままその大きな質量で、
――――平を、押しつぶした。
△▼△▼△▼△▼△
「こんにちは。中野 平さん」
目を開けると、平は真っ白な世界の中で、美人な女性と対面していた。
「あ、あの、ここどこすか」
「質問に答えさせてもらいます。ここは『神界』といって、神々が暮らす土地です。あ、ちなみにここは私の仕事場です」
聞いたところにところによれば、この人は『生の女神』クラウリアスというらしい。そしてクラウリアスの仕事は、その世界で死んだ者の記憶を消し、別世界に送る。つまりは『異世界転生』をさせてる女神だそうだ。
「つまり、俺は死んだってことで間違いないんですよね?」
「はい。にしても珍しいですよ、こんな死に方した人」
まぁ、電車が脱線して死ぬというのは珍しい。のか? 結構いそうだが・・・
「それより、俺ぁ異世界転生させられるわけですよね。もしかして、魔法とかって・・・」
「はい。ありますよ。なんなら、『スキル』と呼ばれるこちらでの『超能力』のようなものもありますよ」
「マジか! やったー!」
その『スキル』の存在に、平が歓喜している姿に、クラウリアスは驚いた顔をする。
「えと、なんか未練みたいなものは無いんですか?」
「ないですよ。んなもん」
正直な話、今の世界には飽き飽きしていた。大切な親友も、可愛い彼女も、産みの親すらもいない。未練なんて、全くない。
「そうですか。それでは、記憶消してから送りますね」
「え!?」
てっきり記憶は残ってるものだと思っていたが、本当はきれいさっぱりなくなってしまうようだ。
まぁ、当然といえば当然だが、ラノベだのなんだのを普段から見てるせいで勘違いしてしまっていたらしい。
「それでは、いってらっしゃい」
「ちょっ!」
次の瞬間、平は消えて、異世界へ送還された。
△▼△▼△▼△▼△
「はぁ」
貴族の服を身に着け、溜息をはく10歳の少年は、エデン・ギルニアス。ギルニアス家という先祖代々、魔法剣士として功績を残している伯爵家の次男だ。だが、エデンは落ちこぼれと言われている。
「―――よぉ、相変わらず暗ぇなぁ」
そんなエデンに話しかけてきたイケメンは、リドレ・ギルニアス。エデンの兄で、落ちこぼれのエデンを見下している。だが、周りでそれを見ているメイドたちはエデンを助けようとしない。なぜ、エデンは落ちこぼれなんて言われているかというと、
「り、リドレ兄様・・・」
「あぁ!? 聞こえねぇぞ?」
「す、すみません」
「ったく、これだから自分のスキルも使えねぇ奴は」
そう、エデンは自分のスキルが使えないのだ。だから落ちこぼれと言われている。
そんなエデンのスキルは『変貌』、自分の姿形、その性質さえも別のものに変えることができるというスキルだ。一見、強いと思うスキルだが、このスキルは変身すると、変身したものに思考が侵食されてしまう。だから使うと、『エデン』という人格が消えてしまう恐れがあるのだ。
「――――リドレ! 何やってるの!」
「げ、クラル姉様」
そこへやって来た女性は、ギルニアス家長女のクラル・ギルニアス。ギルニアス家で過去最高の強さを誇っている。だが、リドレとは違い『人格者』でもあるため、この屋敷での唯一の味方ともいえる。
そんなクラルが出たことで、リドレは逃げた。
「まったく、エデン。大丈夫?」
「あ、ありがとうございます。姉様。」
「まったく。明らかにいじめてるっていうのに、なんでみんな助けないのかしら」
クラルは周りにいるメイド達を睨む。その視線に、メイド達はおびえたような顔をする。
「しょうがないですよ。お父様からの命令で、僕に話しかけれないんですもん。責めないで上げてください」
そう、なぜメイド達はエドルを助けないかというと、そもそもエデンの父から「エデンに口をきいてはいけない」と命令されていて、破ると解雇させられてしまうため、メイド達は自分の仕事口を失わないためにしょうがなくしているのだ。
「・・・私『人格者』なんて言われてるけど、あんたの方が断然『人格者』よね」
「そんな、恐れ多いですよ」
「謙虚だし・・・。はぁ、リドレにも見習ってほしいわね」
「あはは・・・」
そんなことを言うクラルに、エデンは苦笑することしかできない。
「チッ」
そんな様子を、陰からリドレは面白くなさそうに眺めていた。
△▼△▼△▼△▼△
「―――さすがだ!クラル!王女の騎士任命だなんて」
「ありがとうございます、お父様。これからも精進していきたいと思います」
「リドレもすごいわ、成績一位だなんて。これならあのストレイブ商会令嬢の騎士にもなれるわ!」
「あぁその通りだ。それに比べ・・・」
エデンの父と母―――ギリンとエルネオーナはエデンの方向を見る。嫌、睨むと言った方が正しいだろう。その瞳には、呆れと軽蔑が込められていた。
「お前はどうしてこうも使えないのだ。まったく、情けない」
「ほんとよ。2人を見習いなさい」
「も、申し訳ございません」
そこへ一人、影が割り込む。
「まぁまぁ、そう言わないでください、お父様、お母様。エデンも頑張っているのですから」
それは、普段エデンを見下しているはずのリドレだった。
どういう意図があってこんなことを・・・・
「あぁそうだ! それなら、僕とエデンで決闘します。そうすれば、エデンの努力にお父様たちも気付くはずです」
「なっ!?」
これで合点がいった。どうやらこの兄は、エデンに改めて恥をかかせたいらしい。
なら、ここで逃げていいのか。
「そんなのおかしいわ!」
「大丈夫です、お姉さま。僕、やります」
答えは否。恥をかいたとしても、勝負を投げ出すことはしたくない。
「そうこなくっちゃな。それなら、試合場に行こうぜ」
△▼△▼△▼△▼△
「ルールは簡単、相手が戦闘不能になるまで戦う。それだけだ。用意はできたか?」
「はい」
「完璧ですよ。お父様」
エデンとリドレは、試合場で向かい合う。
「それでは、試合を始める。用意――――」
その掛け声に、両者かまえる。
「はじめっ!」
「らぁぁぁっ!」
「ぐあぁっ」
始めの合図と同時に、リドレはエデンの懐に入り、エデンを吹き飛ばす。
強い。そして早い。
「はっ! おせぇぞ!」
「がっ」
そして吹き飛ぶエデンに、リドレは追いつき、背後から木刀で切りつける。さらにまた吹き飛んだエデンに追いつき、切りつける。吹っ飛ぶ→追いついて切りつける→吹っ飛ぶ→追いついて切りつける→吹っ飛ぶ・・・・・
「お父様!流石に酷すぎるわ!とめないと!」
「嫌、まだだ。まだ再起不能になっていない。続行だ」
「そんな・・・」
クラルは止めようとするが、ギリンは耳を貸さない。
そんな試合を見ながらクラルはいつでも割って入れるよう、決意する。
「おらおらぁ!そろそろ諦めて無様な姿をさらせよなぁ!」
「い、やだ」
「なら、これでくたばりやがれ!」
「っ」
鈍い音が鳴り響き、エデンはまたもや吹っ飛んで倒れる。
すると、その衝撃のせいか、何かが流れ込んでくる。
「あ、れ?ここは」
その瞬間、エデンは平になった。見覚えのない場所、痛む体、記憶にない記憶。だが、その記憶を見ることで、状況はわかった。
「なるほどな。チッ、こりゃひっでぇな・・・」
「まだ立ち上がるのかよ。この落ちこぼれが」
「・・・」
エデンは見つめる。その見つめる目は、さっきまでのエデンとは全く違った。
そんな目付きに、クラルたち含むまわりの人たちは、違和感を感じざるをえなかった。
「な、なんだよ。何か言えよ! 出来損ない!」
「・・・そんじゃ言わせてもらうぜ、バカ兄貴」
「なっ!?」
そんな言葉使いに、周りは驚愕する。
「くたばれバーカ」
「てんめぇ!」
そんなエデンの言葉に、リドレは激昂する。
「悪ぃなぁ! 今の俺なら、多分だがスキルつかえるぜ!」
「なにを・・・」
「タコ!」
エデンがそう唱えると、エデンの体がうごめき、形を変えてタコになる。そして背中をとったリドレを吹き飛ばす。
「ごはっ」
「な、なぜだ。なぜあいつは『スキル』を使える!?」
このスキルを使えなかった理由は、思考が変身したものに侵食されるから。なら、その思考が、その自己が、確立していればいいのだ。
そしてその自己が確立するのは、13歳だそうだ。思春期である青年期は、「自分は何者であるのか」を思い悩む時期で、「自分らしさとは」「自分は何をしたいのか」など、多くのことを考え、悩むらしい、「自分は〇〇だ!」と自我同一性、つまりアイデンティティーを確立することができれば、自分自身の価値観を信じ、それに対して貢献し応えようとする「忠誠心」という力を獲得することができるというのをどこかで聞いた気がする。
ともかく、今のエデン―――もとい平は、「自分は中野 平だ!」という自覚がハッキリしているため、このスキルが使うことができたのだろう。
「く、そぉっ!」
「なら、こんなのはどうだ、よ!」
「かはっ」
皮膚を盾に変え、攻撃を防ぐ。そして、手を筋肉質なゴリラの腕にし、リドレを地面に叩きつける。そんな景色に、周りは驚愕で開いた口が塞がらない。その瞳には、困惑で埋め尽くされていた。
△▼△▼△▼△▼△
「て、てめぇ、なんなんだよ」
「俺は俺だ」
リドレは満身創痍な体を起こし、エデンに問う。が、それにエデンは何食わぬ顔で適当に答える。
「んじゃ、もういいか? いいな? 終わらせっぞ」
エデンは地に手をつけ、終わりを告げる。
この体は、この世界は、魔法が使える。そしてエデンの属性魔法は、これまた地味な『土』だ。
そしてエデンは手を通じて、この世界の大地に干渉する。
その瞬間、なけなしの魔力を使い、砂が舞い上がるとリドレを飲み込んだ。
「―――――」
その光景に、ギリンは、エネルオーネは、クラルは、メイドたちは、声が出ない。
「はい、おーわりっ」
そして手を叩き、砂嵐がやむと、そこにはリドレが倒れて失神していた。
それからエデンはギリンを睨み、
「・・・・おい審判、早くしろよ」
そう催促すると、ギリンは慌てた様子で、
「しょ、勝者、エデン!」
この戦いで、長い間変わることのなかった、エデンへの評価は一変した。
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