第4話

…………。


ざっ、ざっ、ざって、規則正しく、まるで散歩するみたいに、その『足音』は近付いてきた。


森とはいってもそんな鬱蒼としてたわけじゃないし、月明かりで奥の方の木の枝だって数えられるくらいには視界は良かった。


だから、見えないはずがないんだ。


誰かがいれば、少なくとも歩いていればすぐに見つけられる……はずだった。


けど、どんどんこちらに近付いてくるその『足音』には、正体がなかった。


なんて言ったらいいんだろうな。


本当に、透明人間が歩いてきてるみたいだった。


ざっ、ざっ、ざって。


数十メートルあったはずの距離はどんどん近付いてきて、10メートル、5メートルと、どんどん迫ってきた。


もうその頃には『足音』と同じくらい、耳元で自分の心臓の音がどくんっどくんってうるさいくらいだったよ。


無意識に飲み込んだ唾の音が、やけに耳に響いた気がした。


足音はそのまま俺が振り向いた先を、ほんの2、3メートルくらいを通り過ぎて行ったよ。


そんだけ近くを通ったのに、やっぱり誰も、何も、姿は見えなかった。


目の前を、すぐそばをざっ、ざっ、ざって『足音』だけが移動していく。


そのまままっすぐ歩いていって、フェンスがあるはずの場所でも止まることなく、進んでいったよ。


立ち止まるそぶりもなかった。


『足音』はフェンスにぶつかる事もなく、何事もなかったみたいに、立ち去っていった…。


…………。


シゲさんは、そこまで話すとお酒を口に含みました。


「ようやく『足音』が聞こえなくなって、気が付けばびっちょりと汗をかいていたよ。古い言い方だけど、狐に摘まれたような感覚だった」


次の日の朝、明るくなってから入念にフェンスを見て回ったそうですが、破れた箇所などはなく、出入り口も全て閉じていたそうです。


「もしかしたら、幻聴でも聞いたのかもしれない。それか寝ぼけて夢とごっちゃになったのかも。そんな風に思いたかったけど…」


足音が通り過ぎた直後、道の反対側にいた人に聞かれたそうです。


『今誰がきたんだ』と。


その人も近付いてきた『足音』を聞いていたのだそうです。


「結局、正体が分からない相手が一番怖いよ。いまだにあの時の『足音』を思い出すと鳥肌が立つ」


害があったわけでもなく、ただ『足音』を聞いただけ。


言ってしまえばただそれだけの、怪談とも言えない、そんなホラー体験。


しかし、そこにはテレビや創作物で誇張された物とは違う、ふとした恐ろしさがあったように思います。


シゲさんが遭遇したと言う『足音』。


その正体は今となっては確かめようがありませんが…。


意外と、身近な所にも怪談は溢れているのかもしれません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『足音』 砂上楼閣 @sagamirokaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ