第8話 気絶するほどの痛みなら、ある意味癒やしなのかもしれない
「リリイナ、走りながら作戦を伝えるぞ」
地面についた足跡や不自然な草の折れ目から、俺達は人が通った道を辿っていく。
「救助対象はゴブリンの群れに囲まれているらしい。
リリイナは見つけ次第、対処者の元にかけ寄れ」
「回復術は?」
「ゴブリン相手に容赦なくかけちまえ!!
敵に情けとか難しい考えは捨てて、救助者を助ける。それを優先にして思考を巡らせろ」
「師匠は?」
「俺は敵の駆除をする。まともに戦えるのは俺だけだ。
あと、もう1つ伝えるぞ」
「なに?」
「魔術を唱える時は必ず術名を口に出せ。
ヒールならヒールときちんと俺に聞こえるくらいにな。
理由は俺とリリイナで組んで戦うから。
仲間が何の術を使い、動いているのか把握する。
連携が重要になってくる」
「了解、師匠!!」
「よしっ!! 行くぞ!!」
話を終えたタイミングで、数メートル先に開けた広場が出現する。
そこに存在していたのは大量のゴブリン。数は30体くらいだろうか?
そして、そのゴブリン達に半円を描くように囲まれている二人の冒険者。
彼女らは背後を取られないよう、木に背中を預け、傷だらけになりながら戦闘を行っていた。
一人は杖を携えた軽装の魔術師の少女。頭から血を流し気絶している。
もう一人は、魔術師の少女を守りながら戦う赤髪の冒険者。フィースであった。
彼女の左腕は血塗れで、だらりと垂れ下がっている。残りの右手でレイピアを持ち、ゴブリンの攻撃を歯を食いしばりながらいなしていた。
どうやら最悪の事態には至っていないらしい。
だが、最悪の一歩手前である。だとしたら速攻で救出だ。
「身体強化!!」
俺は躊躇なく脚に強化魔術を施し、一瞬にしてゴブリンの群れへと飛び込んでいく。
間合いに入った瞬間、剣を横に振り、群れの端に居たゴブリンの首と頭部を両断した。
それを2体、3体と同じく首を吹き飛ばし、間合いを再び取り、強化を解除し肉体を休憩させる。
案の定、ゴブリン達も俺の存在に気付いたのか、爬虫類に似た眼球をギョロリと一斉に向けてきた。そのままお嬢様じゃなく、俺へ関心を向けてくれよ。ヘイト管理ってやつだ。
「しかし、まあ……かなりの団体様だな。
ここまでの数は初めてみたぞ」
ゴブリン。身長は50cm〜1mほどの小柄なモンスター。肌は緑色。二足歩行で肉体の作りは人とあまり変わらない。知能は人よりも劣り、言語能力は無いが、個体によっては棍棒や弓矢等の武器を扱うので油断はならない。
普段は洞窟を拠点にして集団で暮らし、外へ出る時は食料採取を目的とし、2〜3体で行動するのが普通だ。
現在、視認できるだけで30体ほど。ここまでの数が姿を現しているのはハッキリ言って異常である。
原因については不明だが、見慣れたゴブリンであるのは変わらない。
「だとしたら、片っ端から排除するだけだ」
俺は再び身体強化を行うと、ゴブリン達も一斉に襲いかかってきた。
奴らは手にした棍棒や鋭利な爪を振りかざし、俺はそれを剣で弾き飛ばす。
必然的に、敵の胴体ががら空きになるので、心臓や首等の急所を斬りつけて数を減らしていく。
奴らの急所は人間と同じ。首や心臓といった部位が弱点。
異なるのは感情というか思考回路だな。大きな違いをあげるなら、危機本能が人と比べて希薄な所だろう。
腕や脚を斬りつけられようが、自分より強い敵と相対しているという感覚が欠落しているらしい。
だから、逃げるという選択肢がほぼない。自身の体が動かなくなるまで襲うのを止めないのだ。
唯一の対処方法は、一撃で相手を絶命させる攻撃を繰り返していくこと。
心臓なり首なりを攻撃すれば、肉体は動なくなるからな。
そんなわけで、俺は基本通り、ゴブリンの急所を的確に狙っていく。
なるべく俺にだけ注目して欲しいが、この位置だと遠くに居るゴブリンの注目まで奪えない。
一部のゴブリンは変わらずフィースを狙い、襲いかかっている。
フィースは片腕を負傷。仲間も気絶中。防御が関の山で、ゴブリンに致命傷を与える力は残っていないだろう。
かと言って、俺も眼前のゴブリンを相手するのが手一杯。下手に救出に向かい、俺が負傷したら状況は悪化するだけだ。
「師匠!!」
すると背後からリリイナの声が聞こえてくる。どうやら追いついたらしい。
ちょうど良いタイミングだ。悪いがひとっ飛び行ってもらおうか。
「リリイナ。フィースを援護してこい!!」
「え、うん!?」
間髪入れずに俺は腕に身体強化をかけ、リリイナを掴んで、思いっきりフィースの居る方向へとぶん投げた。
「きゃああああ!!」
彼女は叫び声と共に綺麗な放物線を描きながら、ゴブリン達の頭上を越えていく。そして、フィースの近くへ落下し、脚から地面へと見事な着地をしてみせた。
受け身を想定していたが上出来だ。
だが、休む暇なんてないぞ。
「リリイナ!! ヒールをゴブリンにぶち当てろ!!」
「え、あ!! ……はいっ!!」
ゴブリン達がリリイナに目掛けて襲いかかってくる。
しかし、彼女は俺の声に反応したのか、杖を両手で握りしめてフルスイング。
杖の先端がゴブリンの頭部に見事に衝突し、鈍い音を響かせた。
「ヒール!!」
さらに追撃となる回復術という暴力も発動。
ゴブリンの周りが緑色の光に包まれると「グギャア」っと、苦痛混じりの声を上げて地面へと倒れる。
体が痙攣したのか、ビクビクと小刻みに動き、起き上がる気配は訪れない。
スライムみたいに爆発とまではいかなかったが、相手の動きを止めれたなら上出来だ。
「そのまま襲ってくる奴ら全員にヒールを当てろ。決して自分から前には出るな。
深追いすると背中を取られるからな」
「了解です、師匠!!」
彼女は気持ちよく返事をすると、次々に襲い掛かってくるゴブリン相手に杖で殴りながらヒールをあびせていく。
パッと見た限り、前衛職が棍棒を振り回しているようにしかみえない。あの娘、ヒーラーなんですよ。
万が一リリイナが震えて上手に動けない場合を想定していたが、杞憂に終わったな。身体強化で一気に詰め寄り救助に向かう予定だったが、問題なさそうだ。
彼女の体さえ動くのなら、ゴブリン相手になら戦闘を挑めるだろう。
ここ数日間で教え込んだ、基本的な立ち回りと攻撃方法が役に立っている。
おかげで俺も魔力を温存しながら、ゴブリンの一掃に集中できる。
こうして、二人で協力をしながら敵を無効化していく。
剣を振るいゴブリンを排除していく俺。
杖で殴り、ヒールをかけ、相手を気絶させていくリリイナ。
そんな様子を唇を噛み締めながら眺めるフィース。
どうやら、赤毛のお嬢様はプライドが高くても、状況判断をできる程度には冷静な思考を持ち合わせていたらしい。
負傷者が下手に動くと状況が悪化する。今は大人しくリリイナに守られていた方が一番安全。
それが嫌という程、理解しているからこそ、恥ずかしさと悔しさが沸き起こる。
ましてや、バカにした相手に助けられるのだ。これ以上の屈辱はないだろう。
「そんな表情をみせれるなら余裕はあるだろう。
ささっと片付けるか」
ゴブリンの数は多くても強さは変わらない。時間をかけて徐々に敵を減らしていき、俺の周りは人が通れる程度には駆除が完了した。
「リリイナ。フィースを連れて、俺の居る方面から脱出だ!!」
「了解……です!!」
彼女は杖を思い切り振りかぶり、ゴブリンにヒールをかけながら殴り倒す。これで何体目だろうか? リリイナの周りに居た敵は地面に頭をつけて体を停止させていた。
だが、俺と違い絶命させたわけではない。放置していれば意識が戻り、また襲いかかってくるだろう。
リリイナはすぐさまフィースの傍らで倒れていた魔術師の少女を背負い、フィースに声をかける。
「フィースさん。師匠の……セリクさんの所まで走るよ」
リリイナの問いかけにフィースは無言で頷き、それと同時に二人は俺の元へと駆け寄ってくる。
こちらも出し惜しみはなしだ。身体強化を全身にかけて、周囲に居るゴブリン達の命を瞬時に刈り取っていく。
血が舞い、死骸が積み上げられていき、敵の包囲網が崩れて脱出路が出来上がる。
「今だ、駆け抜けろ!!」
その合図に応えるように、リリイナ達は歯を食いしばり走る速度を上げる。そして、敵と敵の間に出来た隙間を通り抜け、包囲網から脱出した。
「師匠!!」
「そのまま出口まで向かえ!!」
俺の横を通り抜けたリリイナに、そのまま逃走の指示を出す。
敵に囲まれた現状は脱したが、状況は好転したとは言い難い。怪我人を抱えたままでは攻撃はおろか防御でさえ満足に行うのが難しいからだ。
リリイナも意図を汲み取ったのか、足音が遠くなっていくのが聞こえてきた。
「それでいい。さてと……俺は殿を務めるとするか」
攻撃対象が減ったおかげで、ゴブリン達の目は全て俺へと向く。
逃げるリリイナ達を追撃せず、一番近くに居る人間を攻撃対象として選ぶ単純な脳みそで助かったよ。
動ける敵の数は15体ほどだろうか。5~6体ほどはリリイナが回復魔術で動きを封じてくれたおかげで、実質相手をする数は10体程度。
適当に半数ほど数を減らせば、リリイナ達の逃走距離も稼げるだろう。
俺は柄を握りしめて、態勢を整える。
さあ、最後の一踏ん張りだ……っと気合を入れたまでは良かった。
しかし、ここで新たな問題が発生する。
俺の視界の奥。ゴブリン達の背後にある広場の先。深く生い茂った草木。
そこから聞こえてきたのは枝が割れる音。そして、何者かが居るのか、草が僅かに揺れていた。
敵の増援だろうか。まさか、追加ゴブリンとかは止めてくれよ。
そんな考えを巡らせながら、草が揺れた箇所を観察する。しかし、想像とは異なるモンスターが姿を表した。
正直な話。ゴブリンの方が数倍ましだったよ。
そいつの体格は3メートル程。四足歩行でゆったりと歩いている。
敵の正体はワイルドベアであった。
だが、その風貌は見慣れた姿とは大分かけ離れている。
奴の姿はまるで誰かを殺してきたような、血にまみれていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます