第7話 口にするより肉体に覚えさせるのが手っ取り早い
「よーしっ。投げ飛ばすぞ~。……オラァッ!!」
「フデブッ!!」
合図と共に俺はリリイナを思いっきり背負投をしてやった。
彼女は腰から草むらの上へ見事に着地し、可愛さの微塵の欠片もない声を漏らすのであった。
フィースの件から数日後。俺は変わらずリリイナに前衛職の基礎指導を行っていた。
幸い、あのお嬢様からの嫌がらせなんかは発生せず、平穏な日々が続いている現状。
今朝もフィースが3人パーティで平原の近くにあるスラスビア森林へ向かうのを見かけたが、目が一瞬あっただけで、会話はしなかった。
まあ、執着されるよりかは楽である。お嬢様の気が変わらないうちに、存分にリリイナを指導させてもらおう。
とういうわけで、ここ数日は受け身に関しての指導を行っていた。
後衛にしろ、前衛にしろ。モンスターとの戦闘時は常に立ち回りが重要になる。
リリイナを投げ飛ばしたのにも、きちんと理由があるわけで。
決して日頃のストレスを少女に向けて発散していたわけじゃないからな。
肝心の投げ飛ばされたリリイナは草の上で大の字になって目を回していた。
「いたい~。師匠、投げ飛ばしに意味ってあるの? それとも腹いせ?」
「1割ほど腹いせの気持ちはある」
「酷い!! 流石の私だって怒るよ!!」
「あ~、悪かった。嘘だよ、10割だ」
「それって指導がってことだよね。まさか100%腹いせとかじゃないよね?」
「……」
「なんで目を反らすのぉ!?」
リリイナは立ち上がり、俺の体を掴んでグワングワンっと揺すり始める。この娘、面白いな。
純粋な指導目的ではあるが、リアクションが楽しいという悪戯心が僅かにあるのは伏せておこう。
「さて、おふざけはここまでにして」
「やっぱり、からかっていたんだ」
「それに関してはすまんな、リリイナ。
真面目な話に切り替えようか。ここ数日は受け身の練習をしていたわけだが、きちんと身に付いてきたな。自然と受け身態勢を取るようになっている」
「説明も無しに何度もぶん投げられれば嫌でも覚えるよ」
彼女は疲弊仕切った顔つきで肩をすくめる。
俺が数日間、リリイナに行ってきたこと。
それはひたすらに彼女をぶん投げるという教育だった。
決して、生意気な子どもを分からせるとかの類ではないぞ。
内容に関しては、単純である。
俺がリリイナを掴んで投げる。ぶん投げる。足払いで転倒させる等々。
とにかく受け身をするのを徹底させた。そして、体に刻み込ませたのだ。
「師匠、いい加減に受け身の重要性を教えてほしいな」
「だろうね。今から解説をするよ。
リリイナ、想像してごらん。仮にモンスターから攻撃を受けて飛ばされて。
最も危険な状態はなんだい?」
「怪我を負うこと?」
「それは攻撃を受けた時だね。
その後に勢いよく飛ばされて、地面に着地した際、危険なのは?
いや、考え方を変えてみようか。体の部位が地面の何処に当たると最も痛いかな?」
「う~ん……。手足は違うし、腰や腹部も我慢できるかな。
だとしたら、頭?」
「正解。受け身をする際、地面に頭を打ち付けると出血以上の損傷が発生する」
俺は指先で自身の頭部をトントンと叩く。
「人間の急所は複数ある。その1つが脳と首だ。
強打によって起こりえるリスクは多くある。
骨折、脳出血、腫れ、気絶、脳震盪、打ち所が悪ければ最悪は即死……あげたらきりがない。
ましてや戦闘中、モンスターは待ってくれないしな。
パーティの陣形は崩れ、リカバリーによる後手に周り、本来の力が発揮できなくなる」
「……」
リリイナは鮮明にイメージしたのか、表情に赤みが引いていく。
ワイルドベアについて語った時も恐怖で叫んでいたが、想像力が豊かな娘だと思う。
何処が危険なのかいち早く察知する能力は、考える力の有無で大きく変動するからな。
「やっぱり、リリイナは冒険者に向いているよ」
「なんで急に褒めたの? ありがと」
彼女は突然の賛辞に首を傾げて、嬉しさと疑問が混じる表情になる。
半信半疑って所か。だけど、2度も冒険者として追放されたのなら、自信も多少は失くすか。
軽率な格好、回復能力が桁違いなヒール、冒険者としての舐めた心構え。
彼女の残念な部分を上げたら毎挙に暇がないけれど、それは決して短所ではない。
要はどのように伸ばしていくかが重要なのだ。
弱点ではなく、素質として捉えて、導いていく。
要は視点が重要ってこと。
軽率な格好は筋力がない故に軽くしていると言える。
だとしたら、動きやすく、適した装備を着用すればいい。
おおよそ回復に適していないヒールは魔力が高い裏付けだ。
ならば、相手の動きを封じる手段として使えばよい。
冒険者としての心構えなんざ、教育の有無でどうとでもなる。
この娘はきちんとサボらず、俺の指導を愚直に聞いてくれているんだ。
彼女は文句も時々言うけれど、決して逃げ出さないのは真剣な証拠である。
フィースの語る、質を上げるという点では同じ観点なのかもしれない。
大きな違いがあるとすれば、俺は長所も短所も、捉え方次第で変動すると思ってる所だ。
教育ってのはそういうもんでしょ。教えて育てる……だ。
本人にやる気がある限り、少しでも多くの可能性の芽を提示してやるべきだと考えるよ、俺は。
「話が反れたな。受け身についての続きを話そうか。
頭を守る重要性について理解したと思うが、常時考えて守れる自信はあるか?」
「ううん。無いかな。それこそ、師匠が毎回、死角から突然ぶん投げたり、足払いするから慌てちゃう」
「そういうこと。だからこそ、体に覚えさせるんだよ。飛ばされても自然と本能的に守る態勢を行う。
こればかりは理屈でどうこうなるわけじゃない。反復練習ってやつさ。
おかげでリリイナはどんな方向から飛ばされても、頭は自然と守ろうとする姿勢を身に着けられた」
後ろからなら背中を丸めて腰から着地。
横なら首を起こして、地面に手を当てて回避。
前方にうつ伏せで倒れる場合は手を前に出して、手と胴体で着地をする。
どれも頭を打ち付けない受け身になる。彼女は自然と取得出来ているので上出来だ。
「さてと、リリイナは受け身に関しては十分だ。
次は受け身とプラスして、2つの項目を練習してもらう」
「私、2つも覚えられるかな」
「別に難しい要求をするわけじゃないさ。
覚える内容の1つ目はヘイト管理。
2つ目は腹パンの練習だ」
「2つ目って、何処かの赤毛なお嬢様専用?」
「何を言う。ちゃんと覚えて損はない冒険者の技能だぞ。
気に入らない相手をボコすだけで終わらない代物だ」
「だけってことは、一応殴る技としても機能するんじゃん」
「それはそう。ちなみに俺も新人の頃、先輩から教わった。
お前が気に食わないという理由で殴られたのが最初のきっかけだったな。懐かしい」
「やっぱり気に入らない相手を殴るやつじゃん……」
いやいや……ちゃんと役立つ技能なのよ、リリイナさん。
まあ、真面目な用途でも使用する場面に出くわさない方が良いけれど。
俺は彼女に指導するべく、指示を出した。
「リリイナ。まずはヘイト管理について教えよう。
俺から数メートルほど距離を取ってくれ」
「分かった」
言われるがまま、彼女は素直に俺から距離を取る。
位置は10メートルといったところか。
「それで師匠。ヘイト管理って何なの?」
「例えばだな。モンスターとの戦闘時、誰かが負傷したとしよう。
更に傷を追った仲間が攻撃されたら大変だろう。
仮に俺がモンスターだとして、負傷した仲間が足元に居る。
リリイナの位置からだと距離が遠くて救助も不可能な状態。
その場合、どするべきだと思う?」
「う~ん、モンスター相手に物とか投げて煽るとか?」
「その通り。ヘイトとは、相手の注意を別の対象へと移す行為をさすんだ。
知能が低いモンスターになら、注目は危害を与える人物に意識がずれる」
「なるほど。だけど師匠。私って物を当てるコントロール能力は低いよ」
「確かに仲間が危機的状態にある場合、遠投は確実な手段ではないね。
だけど、音や声ならどうかな」
俺は剣と鞘を叩いてカンカンと音を鳴らしてみせる。
「音を鳴らす行為だったら、場所的な制限もないので確実に実行可能だ。
もしも、音を鳴らす物が無ければ、大声を上げるだけでも有効になる。
どんなモンスター相手でも、数秒は意識が向くはずだよ」
リリイナも納得したのか「ほぉ~」っとため息を漏らしながら頷ずく。
「それじゃあ、実践といこうか。
リリイナ。俺に向けて大声をだしてみろ」
「煽る言葉はなんでもいいの?」
「おお、なんでもいいぞ。俺を苛立たせてみろ」
「わかった!!」
彼女は今日一番の返答をしてみせる。
やる気十分なのはよいことだけど、そんなに俺への罵倒をしたかったのか?
複雑な心境を他所に、リリイナは深く息を吸い込んで、大きな声で俺を煽る単語を吐き出した。
「師匠のざ~~~っこ!! ざ~~~~~~~っこぉ!!」
「ちょっと待てぇ!?」
てっきりバカとかアホとかの類を想像していたぞ?
よりによって雑魚とはなんだ!!
確かにリリイナの前ではスライムを倒した実績しかないけどさ。
まあ、苛立たせてみろと言ったのは俺なので、指示通りではあるけれど。
「ざ~~~~~~~っこぉ!!」
めっちゃ楽しそうに煽るじゃねぇか、リリイナよ。その満面の笑顔は本心ですかね?
ここ最近は、理不尽にぶん投げまくったからストレスが溜まっていたのかな。
ヘイト管理の練習としちゃあ上出来だよ。
このまま、腹パンの練習をしようじゃねぇか。
「リリイナ。煽るのを止めないなら、お前に攻撃を加えるぞ~?」
「やれるものならやってみろ~~!!
この距離に届くものならね~~!!」
「忠告したからな~」
俺は態勢を整えて、脚に力を入れる。
それと同時に、足全体に魔力を行き渡らせた。
リリイナよ。俺は回復術なんて出来やしないが、1つだけ魔術を使えるんだぜ。
準備を終え、俺は術名を唱える。
「
そして、脚に力を入れると、一瞬にしてリリイナの前へと移動した。
相手からしてみれば瞬間移動したみたいに見えるだろう。
実際には物凄く早く動いただけだがな。
「え?」
リリイナが戸惑うのと同時に、俺は彼女のお腹に向けてボディブローをくらわせてやった。
トンッと軽く殴られた音を鳴らし、リリイナは数センチほど体を中に浮かせて物理法則に従い吹っ飛んでいく。
そのまま彼女は胴体を地面へと着地させて、横に転がっていく。咄嗟に体の方向を横にずらしたあたり、受け身は上手に取れたようだ。
彼女はしばらく転がり続け、自然と停止した……っと思ったら、いつの間にか態勢を変えていた。
ひれ伏して、地面に頭を着けて行う礼。土下座の態勢になっている。随分と器用だな。
俺は屈服態勢状態であるリリイナの元へと近づく。すると、彼女から漏れ消えるような声が聞こえてきた。
「す……」
「す?」
「すみませんでした……雑魚だと煽って」
ここに完全降伏が成立した。
いや、別にそこまで謝罪をして欲しい気持ちで身体強化を行ったわけではないけどさ。
「ちなみに煽った内容は本心か?」
「はい。ちょっとだけ本音が混じってました。ここ数日、理不尽に投げられてばかりだったから」
「そうかい。それは悪かった。俺もリリイナをど派手にぶっ飛ばしたわけだし、お互いに謝らないとな」
「そうですね。改めてごめんなさい」
リリイナは謝罪を述べた後、顔を上げて、普段と変わらない喋り方で質問を投げかけてきた。
「師匠、魔術が使えたんだ。私が瞬きしている間に、フッと消えたかと思ったら、一瞬で間合いに入ってきたからビックリしちゃった」
「魔術と呼ぶにはシンプルな内容だけどな。魔力を肉体にかけて強化というかリミッターを解除するみたいな物だし」
「何かデメリットでもあるの?」
「使い続けると筋肉痛になって動けなくなる。翌日とか反動が凄いぞ。酷使しすぎると骨とか折れるし。
だから、一日で使用できる回数……時間が限られているんだよ。
体を強化した所で、肉体の内部を作り替えているわけじゃないからな」
「あ~、だからリミッター解除なの」
人間は肉体的な限界が来ると、本能的に痛みの信号を脳から送り、動きを制限する作りになっている。
身体強化の魔術は、その限界値を底上げする効果を付与するといったものだ。
だが、その分の反動として、魔術が解除された後は痛みが来る。
なので、脚や腕など部分的に魔術をかけたりするのが一般的である。
はっきりと言ってしまえば、魔力量が高い人間は攻撃魔術や回復術を取得するのが得だ。
俺みたいな魔力が低い冒険者なんかが戦闘で補助的に使うだけなので、使用率が低い魔術でもある。
なにより、使用後に痛みが残るデメリットは大きい。
「そういえば師匠。私、お腹を軽く殴られたけど、これが覚える内容の2つ目である腹パン?」
「そうだね。ちなみに相手のお腹を殴るだけだ。分かりやすいだろ」
「あ、うん。そうね。どんな効果があるのかを知りたいのだけれど」
「腹が立つ相手を殴るとスッキリします」
「理論的な話じゃなくて、倫理的に吹っ飛んだ話がでてきた……」
「冗談はさておき。例えば、仲間が怪我以外の要因で震えてしまって、動けなくなってしまった時に実施する為だな。
猫騙しでも代用は可能だ」
俺はリリイナの前で両手を叩いて、パンッと音を鳴らしてみせる。
「緊張から動かなくなってしまった場合、それ以外の刺激を与えて震えを止めさせる手法だ。
強敵と対峙した時、仲間が怪我をした時。
様々な場面で心が恐怖に支配されてしまって、体が上手に動かないなんて場合も出てくるだろう」
「あまり、出くわしたくない状況ね」
「まあな。だからこそ、基礎は大事なのさ。
受け身、ヘイト管理、仲間へのケア。これらは前衛にとっては重要な基本動作だ。
それに加えて、リリイナは動きを停止させるヒールも持っている。
前線に立つには、うってつけな条件が揃っている」
「スライムは爆発するけどね」
「あれは驚愕だったな。他のモンスターだと、流石に動作停止になるかもしれないが。
とりあえず、今日は依頼の薬草採取を行いつつ、前衛としての立ち回りを引き続き教えていくぞ」
「はい、師匠!!」
やる気ある返事をリリイナは返す。
こうして彼女の指導を再開するのであった。
そして、数時間後。
夕方とはいかないが、日が傾き始める時間帯。
俺はリリイナの指導を終了する。
「ハァハァ……今日はこれくらいでいいだろう」
「ぜぇぜぇ、ありがとう……師匠」
リリイナは仰向けで大の字を作りながら息を整えていた。
当初に比べて、大分動きも良くなってきたな。
そろそろスライム以外を相手にして、実践してみるのもいいだろう。
大事なのは経験だ、経験。練習と本番では、見えてくる世界も違うしな。
なにより、指導ばかりで数日間の依頼効率は最悪である。
指導しつつ、依頼をこなすのにシフトしないと、財布の紐も寂しいままだ。
「さてと、残りは依頼の時間に当てるか」
少しばかし休憩を行い、残り時間を採集にあてようかと考えていると……。
「助けてください!!」
遠くから声が聞こえてきた。
何処からだろうか。声の印象から、かなり焦っているような。
辺りを見回すと、声の主はスラスビア森林から姿を現す。
その人物は若い青年であった。歳は15くらいだろうか。
背中には弦が切れた弓矢を背負っていた。役職はアーチャーだと分かるが、体中が傷だらけ。
後衛職がここまでの怪我を負うなんて、明らかに緊急であるのは一目で理解できる。
俺はすぐさま彼の元へと駆け寄り、何があったのか確認をする。
「何があった?」
「仲間が……ゴブリンの群れに襲われて。
俺も遠くから弓で支援してたけど、途中で襲われて陣形が崩れてしまい……。
あまりにも数が多すぎて対処できなかった」
「仲間は残されているんだな?」
彼は弱々しく頷いてみせた。だとしたら事態は一刻を争う。
「君はそのまま平原を走って、街から救助を呼んでくれ」
「貴方は?」
「もちろん、今から残された人物を助けに行くんだよ」
俺はすぐさま森へ向かう為に走り出そうとするが、誰かに服の後ろを引っ張られて動きを止められた。
いったい、誰だ?
後ろを振り向くと、リリイナが覚悟と迷いがある瞳で訴えてきた。
「師匠、私も連れて行って」
「駄目だ。状況がハッキリしていないのに、半人前のお前を連れて行っても危険なだけだ」
「分かってる。これは私のワガママだって。
だけど、師匠に指導をしてもらったのは、こういう時の為じゃないの?」
きっと、俺が再度、駄目だと彼女に伝えれば大人しく引き下がるだろう。
だが、先を見据えるのなら、リリイナを連れて行くべきだろう。
今の彼女に冒険者としての暗い部分を見せるのも重要かもしれない。
敵も数が多いとはいえ、所詮はゴブリン。リリイナ程度でも自衛だけなら可能だろう。
「リリイナ。この先は冗談抜きで危険が伴う。
指導なら笑って済ませられたが、今回は違うんだ。
俺の指示に従う。これが条件だ」
「分かった、師匠」
「怪我をするかもれないぞ。最悪は死ぬかもしれない」
「覚悟はできている」
「最悪、お前を敵に向けてぶん投げても恨むなよ」
「それは……どういう状況なの?
よく分からないけど、師匠から教わった内容はきちんと守るから」
「よし、それでいい。行くぞリリイナ!!」
「はい、師匠!!」
俺とリリイナは武器を携えて、すぐさま森の中へと走り出す。
するとアーチャーの彼は俺達に向けて大声で伝えてくる。
救助対象者の名前。それは何処かで聞いた赤毛で生意気なお嬢様の名前であった。
「どうかフィース様をお救い下さい!!」
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