第6話 馬鹿をバカに変えると少しだけ柔らかさを感じる不思議

「お初にお目にかかりますわ、セリク・レストライダー様。

 私、フィース・アルティアと申します。

 所属ギルドはドラコニアンヴァイパー。

 まだ、新参者ではございますが、お見知りおきくださいますと幸いですわ」


 フィースと名乗る少女は胸に手を当て、簡易式のお辞儀を俺に向けてくれた。


 日が沈みかかる城門前。夕日が斜めに傾き、フィースの赤い髪がより一層反射して輝いてみえる。


 気品溢れる慣れた所作。高級な装備品。いかにも、お金持ちの元で生まれた、お嬢様といった出で立ちだ。

それにアルティア姓は、ここらの領地で有名な商人の家系だったはず。おそらく関係者であるのは間違いないだろう。


フィースも俺の表情から察したのか、作り上げた笑みを向けながら答えてくれる。


「ご明察ですわ。父は商家アルティアの当主。私はその娘ですわ」


 そりゃあ、随分とご立派な身分でして。

正直、上流階級のマナーなんざは知らないが、挨拶を返さないのは失礼にあたるな。


 俺はフィースに向けて軽く頭を下げて、最小限の挨拶を済ます。


「初めまして。セリク・レストライダーだ。

 ギルド、グラナリオのギルド長を務めさせてもらっている」


「こちらこそ、よろしくお願い致しますわ」


 笑いすぎず、冷たすぎず。フィースは感情が読み取れない微笑で対応してくれた。

この人、さっきまでリリイナに「殺人ヒール」とか言ってたよな。

相手によって態度を変えているあたり、露骨にリリイナを敵視しているのがまる分かりである。

いや、あえてなのかもしれない。


 そもそも、良家のお嬢様が所属人数10名で構成される底辺ギルドの名前を知っている時点で違和感だらけだ。

目的は俺ではなく、おそらくリリイナへの接触なのだろう。

面倒だ。俺は世間話の段階を踏まず、率直にフィースに問いかける。


「それで、アルティアさんはどのようなご要件で?」


「ふふ……遠慮せず、気軽にフィースとお呼び下さいませ。私もセリク様とお呼び致しますので。

 さて、と。あまり長話をしても、門が閉まってしまいますし、単刀直入に申し上げますわ。

 セリク様はリリイナさんとの縁を即刻切るのを御薦め致します」


「……っ」


 俺の隣に立っていたリリイナが身を隠すように背後へ周った。

なんとなくだが、怯える理由も分かる気がする。

一応、フィースとリリイナの関係について予測はついたが、念のために確認を行っておくか。


「フィース。なぜ、リリイナと関わるなと?

 もしかして、先程言っていた”殺人ヒール”とやらの物騒な単語が関係しているのか」


「ええ、その通り。結論から申しますと、リリイナさんはヒーラーとしての職務を全う出来ないのです」


 フィースは苦い食物でも口にいれたような辛い表情を浮かべながら語り始める。


 彼女は所属ギルドの冒険者育成の一環として、新人同士でパーティを組むことになった。

その一人にリリイナも居たらしい。


 初めこそ、採取系の依頼ばかりだったので戦闘もなく、ヒーラー役の出番も無く、問題は発生しなかった。

事件は討伐依頼を受領したときに発生したのである。


 討伐依頼はパーティが負傷する可能性もあった為、外へ行く前に回復術の練習を行ったとのこと。

そこでフィースは初めて、リリイナにヒールを施してもらったらしい。


 そこからは語るまでもないだろう。

フィースは案の定気絶した。あの膨大な回復量であるリリイナのヒールが原因である。


 よもや回復術によって倒れるなんて、誰が予想できようか。

他のパーティメンバーも大慌て。危険過ぎるという理由でリリイナは追放されたというわけだ。


 フィースは全てを語り終え、強調するように深い溜息を吐き出した。


「リリイナさんも御自身のヒールの威力は知らなかったとはいえ、一歩間違えれば危険な術になります。

 幸い、次に移籍したギルドではリリイナさんも怖くなったのか、回復術を使用しなかったみたいですが。

 それでも、彼女を冒険者として残すわけには行きません。

 私のお知り合いに頼んで噂を流してもらい、リリイナさんには冒険者としての居場所を剥奪致しましたわ」


 それが、2回目の追放に繋がるというわけか。

 ”働く所が無いの……”

 リリイナが新人冒険者として受け入れ先がなくなったのも、フィースが噂を流したのが原因か。


 確かに、あのヒールを受けて怒らない方が異常である。

だが、些か個人の裁量でやりすぎではないだろうか。

俺みたいに直接話を聞いてから、諭すなりする方法もあるはずなのに。流石に陰湿ではないだろうか。


 それともあれか? 半殺しヒールの経験をして尚、リリイナの指導を決意した俺が狂人なのだろうか。明日から狂戦士とでも名乗ろうかな。


 これといって動揺していない俺の脳天気な思想をフィースは読み取ったのか、口元に手を当てて崩れた表情を隠す。


「正直、リリイナさんは冒険者として失墜したと思いましたわ。

 ですが、ここで3度目となる受け入れ先が見つかりました。

 それがセリク様のギルドです」


「そうかい。まあ、地道に活動している底辺ギルドの名前を、アルティア家のお嬢様が知っている時点で変だとは思ったけどな。

 リリイナが俺の所に来たから、身辺調査を行った……と、こんな所だろう」


「ええ、ご想像の通りですわ。勝手ながら、秘密裏に調査を致しました。

 不快な思いをさせた点については、申し訳ございません。

 ですが、あのヒールを経験したからこそ、これ以上の被害は止めねばなりませんわ」


「なるほどな~。確かにリリイナのヒールは凄く痺れるしね」


「そうですわ。ああ、思い出すだけで鳥肌が……。

 全身にほとばしる痺れが永遠の苦痛を与えてくる感覚。

 容易く忘却するのが困難でしてよ」


 フィースと俺。お互いにウンウンと首を上下に動かしながら共感し合う。

しかし、彼女は何かに気づいたのか、恐ろしい物を見る目で俺に質問を投げかけてきた。


「あの、セリク様。差し支えなければ、お教え頂きたいのですけれど……。

 リリイナ様のヒールをまさか、受けたのですか?」


「ああ、そうだが」


「あの拷問と呼称して問題ないヒールを?

 それを受けて、貴方はリリイナさんと行動を共に?」


「あはは!! 拷問とはユニークな表現だ。確かにあれは強力すぎるからな。

 もちろん、それを知った上で、リリイナに指導をしている最中だ」


 フィースは即座に目線を俺からリリイナへとバッと移す。

すると、リリイナは首を上下にブンブンと勢いよく振りながら肯定する。

そして、再び俺へと視線を戻したので、軽く笑いながら顔だけで「そうだよ」と伝えてみせた。


 するとフィースは頭を抱えて、眉を潜める。


「バカなんですの……」


 この上なくシンプルな罵倒が飛んできた。

まあ、気持ちは分かるよ。だけど、俺は甘いやつだからな。

リリイナが生まれ育った孤児院を支援しようと頑張ろうとしているのだから、応援したいと思ってしまったわけだし。


 フィースは俺の奇行が理解できないのか、そのままブツブツと文句を垂れ始めた。


「ああ……もう嫌ですわ。本当に冒険者って頭が悪い連中ばかり。

 粗暴で、乱雑で、考え無しな癖に、重要な局面では役立たず」


「随分と冷たいことを言うじゃないか、フィース。

 その冒険者が居なければ、世の中は成り立たないぞ。

 それこそ、素材採集や街から街へ移動する護衛も冒険者に頼んでいるわけだし。

 アルティア商家の娘さんなら、嫌というほど知っているはずだろう」


 するとフィースは顔を上げて、紅蓮の如く色づく赤色の瞳で睨みつけてきた。

今までの取り繕うような表情と打って変わり、怒りの感情が入り混じっている。


「冒険者が世に必要なのは嫌という程、理解していますわぁ!!

 私が言いたいのは、その質にございます。

 今の冒険者は、全体的に、あまりにも、バカが多すぎます!!」


 最後の言葉は俺というより、冒険者全員に言い聞かせるみたいな大声だった。

あまりバカだバカだと罵倒すると、他の冒険者に届いてしまうぞ。城門近くだし。


 俺がなだめる隙もなく、フィースはそのまま声を張り上げる。


「お父様はうれいていましたわ!!

 採集依頼は受ける人物によって品質が変動すると。

 薬草採集依頼ひとつとっても、栄養価が高い根本ごと取る者は少なく、草部分のみ切り取ってくる。

 依頼書に”根本ごと採集をお願いします”と記載しても、聞かない冒険者もしばしば存在いたします。

 それで納品物にクレームを入れれば”薬草には変わりないだろう”っと。

 依頼者の意図を汲み取りなさいな!! あと、依頼内容は最後まで読みなさい!!」


 フィースはいい具合に熱が入り始めたのか、地面に向けて咆哮する。

俺はバカな冒険者の一人なので、様子を伺う方向に思考を切り替えた。瞳孔が開いたドラゴンと女人には振れるべからず……とも言うし。


 リリイナに関しては、俺の服をギュッと握りしめたまま、ポカンと口を開けていた。

下手にフィースと問答されるよりはマシなので放置しておこう。


「だから、私は決めましたの。バカな冒険者の質を底上げするべく、自らが冒険者になろうと。

 質が上がれば、依頼の内容も事細かに指示が可能になる。

 なにより定期的に訪れる、大型戦闘も可能になるはずですわ。

 繁殖により大量発生したフロッガーの群れ。

 天災により土地が枯れて生息区域から人里へ行進を開始したゴブリンの大群。

 討伐には大規模の人数が必要となります。

 ですが現状、冒険者は大人数による連携が出来ないでいる。バカですので!!

 結局は、王国所属の騎士団が派遣されて、討伐を担っているのが実情。

 各地域への遠征には日数がかかり、到着までの間に市民が被害を受ける話も耳に届いております。

 冒険者に知識があり、連携が取れれば防げた話なのに。

 だからこそ、冒険者は知識を得て、質を向上させるべきなのですわ」


 だんだんとフィースの息も荒れてきた。お嬢様も色々と溜まっているんだなぁ。

そして、文句は留まることなく、彼女はリリイナを指差し「なにより言いたいのは……」っと口を開く。


「リリイナさん。貴方の格好と心構えは冒険者として相応しくない。舐め腐っているとしか思えませんわ!!」


「それなぁ!! 俺も思ってたわ」


「師匠ぉ!?」


 おっと、いけない。思わずフィースの意見に賛同してしまった。

あ、ごめんよリリイナ。でも、他の人も指摘するくらいだから、装備とか立ち振る舞いとかはちゃんとしようね。


 フィースお嬢様は鬱憤を全て晴らしてスッキリしたのか、フンスッと鼻息を漏らした。


「ということですので、リリイナさんには冒険者を諦めてほしかったですの。

 ヒーラーとして成り立たない。格好は防具ではなく私服そのもの。

 考えが足りない何よりの証拠ですわ。

 そして、そんなバカなリリイナさんを指導するセリク様も同類かと」


「酷い言われようだなぁ」


 否定はしないけどな。バカはヒールでも直せないらしい。


 フィースはこれ以上語っても無駄だと察したのか、そのまま背中を向ける。


「それではセリク様。リリイナさん。御機嫌よう」


 彼女は一言告げて、城門をくぐり、姿を消した。


 まるで嵐が過ぎ去ったみたいだ。

 ポツンと残されるのは俺とリリイナの二人きり。


「凄い娘だったな、リリイナの元パーティメンバー」


「うん。あんな人だったんだ。パーティを組んでいた時はお淑やかだったのに」


 お淑やかねぇ。おおよそ淑女とはかけ離れていたけど。

人をあまりにも見下しすぎている。あんなにもバカを連呼されたのも始めての経験だ。

それに、リリイナに冒険者を辞めさせる方法が虐めの領域に踏み込んでいる。やっていい境界を超えているだろ。


 フィース的には意思表示だけど、俺にとっては宣戦布告だな。おかげで次の目標もできたよ。


 俺はリリイナの頭を髪が乱れるくらいに撫でながら告げる。


「リリイナ。明日からの指導内容が決まったぞ」


「何の練習をするの?」


「生意気お嬢様を分からせる為のボディブロー練習」


「最低で最高だね」


 リリイナは乾いた声で笑ってみせた。


 俺的にも冗談のつもりだったのだが、まさか数日後、このボディブローが役に立つなんてな。

当時の俺は、そんな事件が起こるなんて1ミリも考えず、バカらしくリリイナと共に笑うのであった。

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