第5話 酒瓶を容器じゃなくて鈍器として使ってみるみたいな話
「さてと、ここからやっと本題だ。
伝えた通り、リリイナには前衛になってもらう」
リリイナも鎖帷子に着替え終わり、俺は平原の真ん中で引き続き指導を行っていた。
「はい!! 師匠、質問をしていい?」
「断る!! さしずめ、”私はヒーラーなので前衛に立つ必要がないと思います”って内容だろう」
彼女は無言で親指を立ててサムズアップを示した。当たりだったらしい。
「あのなリリイナ。まず大前提としてな。ヒーラーは何をする役職だ?」
「傷ついた仲間を回復する職業ね」
「正解だ。そして、リリイナ。お前はその定義に沿った立ち回りが可能か?」
「試してみます?」
俺は彼女にデコピンをくらわせてやった。二度とごめんだ。あんな元気が限界突破するヒールは。
「……とまあ、現状はパーティの要である回復職の立ち回りは不可ときた。
となると、リリイナの強みを活かす方法は前衛にあると俺は考える」
「あの、師匠。私、剣や斧を振れるほど力強くないけど。今から鍛えるの?」
「あはは!! そんな期待はしてないよ。
それに、修練を積まなくてもリリイナは既に持っているじゃないか。
ヒールの制御ができない程の桁違いな魔力を」
「この魔力が? でも、これって味方には使えないし、ただの短所だよ」
「それは後衛職のヒーラーとしてみた短所だろう?
なんで回復の観点からだけで可能性を閉じる。
その魔力を前衛で活かそうと何故考えない。
戦う場所は後衛支援だけなのか?」
俺はリリイナの胸元を人差し指で当てて、瞳を見つめながら伝える。
「戦場を変えれば、短所も長所へと大きく変化するんだ。
リリイナが最も活躍できる場所で戦えばいいんだよ」
それを教え、導くのが俺の役割だ。
「さて、伝記で語られる竜は実物を見ねば虚実なり……とも言うしな。
今から実践で前衛としての役割を教えてやろう」
「いきなり、戦闘……」
彼女の杖を握る手に力が入る。
今までは仲間が戦う背中を眺めるだけで終わっていたはずだからな。緊張しているのだろう。
「そう怖がる必要もないよ、リリイナ。
今回、相手をするのはスライムだから」
ここら一帯の平原で観測できるモンスターはスライムしか存在しない。
スライム。姿形はぐにょぐにょの液体に覆われ、球体に近い。
目や手足といった動物的な部位は存在しておらず、知能も備わっていないとされている。平原には他のモンスターは生息していないため、乱入してくる心配もない。
動きも鈍いので、まさに初心者でも簡単に狩れる丁度いい相手なのだ。
仮に少しでも考える力があるのなら、平原の先にある森林で生活しているワイルドベアやゴブリンと同じく、人間を警戒して平原に姿を表さないはずだ。
「一応、俺名義でギルドから依頼も取ってきている。
スライムの討伐と薬草集めだ」
流石にリリイナの指導だけで一日を終わらせるわけにもいかない。
日銭を稼がねば、今日一日の飯にはありつけないからな。
指導しつつ、依頼もこなさなきゃならないのが辛い所だ。
普段だったら、リリイナの指導もなく、もっと難易度の高い討伐依頼をこなせるが仕方ない。
一日の仕事終わりの楽しみである、酒場での飲み食いを我慢すればいいだけだ。グッと堪えろ。
「さて、スライムのいる場所に薬草ありだ。
移動しながら探るぞ〜」
「はい、わかりました。師匠」
こうして、俺が先導し、リリイナが後ろをついていく形でスライム探しが行われる。
そして数分後、呆気なくスライムの姿を発見。数メートル先の位置から獲物の様子を伺う。
件のスライムは俺たちを見向きもせず、緑色の球体をゆったりと動かしながら草を吸収していた。
「さて、スライムを発見したわけだが、アイツらは何故、緑色をしていると思う?」
「えっと……確か栄養価の高い薬草を摂取しているせいで、色素が反映されているからよね」
「当たりだ。火山帯に生息しているスライムは溶岩を取り入れて赤いし、沼地なんかはまんま泥と同じ色。
生息している地域に合わせて色に影響が出るわけだ。
さて、そんなスライムだが、奴らは何を栄養として生存をしているか分かるか?」
「魔力を摂取しているとされているからだよね。だから、魔力を含んだ薬草はスライムにとっては価値ある栄養のはず。
つまり、スライムの居る場所には薬草が生えている……のかな」
「その通り。今回の依頼は薬草採取とスライム討伐だから、スライムを倒した後、その辺りに薬草も生えている。
そろそろ解説は終わりにして、ここからスライムの討伐を始めようか。リリイナは見学していて」
俺はスライムに近づきつつ、鞘から剣を引き抜く。使うのは長剣でもなければ、短剣でもない、最も使い手が多い中剣。
ポジションは前衛に立ち攻撃を担うオーソドックスな剣士タイプだ。
つまり、この手のモンスターを倒すのなんて手慣れているわけで。
俺はスライムの間合いに入ると、脚に力をいれ、剣を振りかぶり、手早く振り下ろす。
そして、スライムを形成する体液の真ん中に漂う小石程度のコアを両断した。
心臓部を失った獲物のブヨブヨな体液は形の保持ができなくなり、バケツの水をぶちまけたみたいに地面へと落ちる。
残ったのは2つに割れたスライムのコアのみ。
「討伐完了。この小石みたいなのがスライムのコアだ。
これを破壊すれば奴らは絶命する。スライムを討伐した証拠として、コアをギルドへ提出する必要があるから、回収を忘れずにね」
俺が説明を終えると、リリイナは手をパチパチと叩きながら拍手を送ってくれる。
いや、お見事みたいな瞳で見つめられてるけど、今度は君がスライムを倒すんだよ?
俺はにっこりと笑みを作りながら「次はリリイナね」っと意思を伝えると、彼女は物凄い早いさで首を左右にブンブンっと振り始めた。
「無理!! 無理無理無理だよぉ!!
だって、私は師匠と違って、攻撃魔法なんて持ってないもん」
「ちなみに取得している魔術は?」
「瞬間回復型のヒールと一定時間回復が続くリジェネ」
「よし、スライムなら倒せるな!!」
「回復でどうやって
「いやいや。それを今から教えるのさ。
リリイナの手にしている杖を使えばいいのさ」
彼女の装備している杖。これはヒーラーや魔術師などの魔術を使用する後衛職が扱う武器である。
リリイナが持っている杖は1mほどの長さ。先端には魔力補強の金青色の綺麗な魔石が取り付けられていた。
本来、魔術の使い方さえ会得していれば杖は不要だ。
しかし、杖に魔力を通して、先端に付けられた魔石を通すと、威力が増大する補助具としての役割を担っている。
攻撃魔術なら威力増大。回復術なら回復量の上昇。普通の魔術より魔力を抑えつつ威力が上がるので、節約になる必需品というわけだ。
リリイナは怯えているのか、杖を持つ手を震えさせる。
「師匠。まさか、杖でスライムを撲殺するんなんて言わないよね」
「ははは!! 違う違う。リリイナが行うのは杖を使ったヒールだよ」
「なるほど? いったい、誰に回復術を?」
「スライム」
「へ?」
「スライム」
「相手の体力が減らないよね!?」
ヒールの威力に引けを取らない元気なツッコミをありがとう。
だが、俺はいたって大真面目である。
「リリイナ。普通のヒールと違って、君のは回復量が桁違いだ。それこそ杖無しで相手を痺れさせる程にね。
だとしたら、杖の補助ありでヒールを敵……スライム相手に与えたらどうなると思う?」
彼女は少し考えた後、気づいたのか口元を手で抑えながら答えた。
「相手は……動きを止めて動けなくなる」
「そういうこと。そこで動けなくなった相手のコアを破壊すれば、討伐完了というわけだ。
流石にヒールとはいえども、急所を突く攻撃なら回復は間に合わないだろう。
仮に回復が早すぎて、傷つけられずに倒せないとしても、ヒールが終わった直後の数秒間は動けないはず。
その時にコアを攻撃すればいい」
俺はリリイナに短剣を渡す。杖ではコアの切断は無理だからな。
短剣なら軽いし、力が無いリリイナでも十分に取り扱えるはずだ。
「それじゃあ、試してみようか。スライムに近づいて、杖を使用してヒールを相手に当てる。
万が一失敗しても、俺が代わりに討伐するから安心しろ」
俺が手にした剣を軽く素振る。それを見たリリイナは決意を固めたのか、杖を改めて強く握りしめて、深く頷いた。
さて、後は対象を探すだけだな。
辺りを見回すと、ちょうど数メートル先にスライムがのそのそと鈍足に動いていた。
討伐対象も決まったようだ。
「師匠、行ってきます」
彼女は震える声を漏らしながら一歩前進する。そして、俺は何も言わず、背中を軽く押してやった。
その勢いのまま、リリイナは二歩、三歩と対象へと近づいていき、杖の間合いに入った瞬間、魔力を練り上げる。
杖の先端にある魔石が緑色の光を放ち始めた。
そして、魔術の準備が整ったのか、杖を大きく振りかぶり、そのままスライムめがけて振り下ろした。
「ヒール!!」
杖の先端がスライムに見事命中する。敵はブヨンっと弾力ある動きをみせたと思うと、しばらくして周りが緑色に発光し始める。
ヒールが成功した証拠だ。
昨日の苦い記憶が蘇る。全身が魔力に包まれて、その後、全身を駆け巡る痺れ。威力は身を持って知っている。
何より、今回は杖を用いた回復だ。威力は更に高くなるはず。どのような結果が待っているだろうか。
様子を見守っていると、スライムの体に異変が訪れ始める。
体液が水を沸かしたみたいにグツグツと泡立っていく。
そして、球体は変形していき、グニャグニャと歪な姿へと変貌していった。
しばらくすると……。
スライムの体は木っ端微塵に爆ぜた。
パァンという耳鳴りがするほどの破裂音と共に。
飛び散る体液。粉々になり回収不可能なコア。飛び散った体液でベトベトになるリリイナの虚ろな瞳。
うん……予想外だ。俺は目頭を抑えて、眼前の現実から数秒ほど目を反らす。
「し……師匠?」
「ああ、そうだな。とりあえず、今日は俺が依頼をこなすから」
「はい……」
それ以上、俺達は会話をせず、日没までの可能な限りでスライム討伐と薬草採取を実施するのであった。
そして、空も茜色に染まる夕刻。
俺は次の対策を考えながら、彼女と共に街の城門まで到着した。
よもや、ヒールにあれほどまでの破壊力があっただなんて。
「リリイナ。今後については考えるから、今日は帰っていいぞ。
俺は依頼達成を報告するから」
「はい……」
まあ、塩らしくなるのも無理はないよな。
寧ろ今まで死人が出なかっただけでも幸運だっただろう。
リリイナも自身の持つ力の恐ろしさに気づいたのか、背中が曲がって小さい体がより縮こまっているくらいだ。
気落ちする彼女に一声かけようとした瞬間。
まるで人類を見下すみたいな甲高い少女の声が何処からか聞こえてきた。
「あらぁ〜。殺人ヒールのリリイナさんじゃありませんこと。
こんな所で何をしてらっしゃいますの?」
声の主の方を向くと、そこには一人の冒険者が立っていた。
歳はリリイナと同じくらい。髪色は夕日を思わせる真っ赤な色。髪は腰まで伸び、ウェーブがかかっている。
顔つきは整っており、威圧感を携えたツリ目のおかげで、幼さ残る顔に大人びた雰囲気が混ざっている。
防具である軽装鎧は細かな装飾が施され、高級品だとひと目で分かるくらい。
脇に携えた剣は先端が尖っている。レイピアと呼ばれる武器だ。おそらく前衛職の剣士だろう。
そして、所属ギルドを示す木製仕様のタグ。ドラコニアンヴァイパーと記されている。この街の中で1、2を争う大手冒険者ギルドだ。
どうやらリリイナの知り合いらしい。
というより、言動と格好からして、大体の関係性は予測できるけどな。
隣に立つリリイナは俺の服の袖をギュッと握りしめて、助けを求めるように小さく呟くのであった。
「この人はフィース・アルティアさん。私が前の前に所属していたギルドの元パーティメンバーです」
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