第4話 気に食わない相手には説得(物理)が適切なのだろうか?

「今からお前の腹を殴るぞリリイナ」


「なんでよ、セリク師匠!?」


 朝日が眩しい午前の時間帯。街の外。城門から少し歩いた場所にある平原。

 俺が右手で拳を作り、左手で掌を作りながら拳を押し付け、指をポキリポキリと音を鳴らして殴る準備を整える。


 無論、リリイナはお腹を隠しながら3歩ほど後退あとずさった。至って普通の反応で安心する。これで「どうぞ」なんて言わたら俺がドン引きして後退している所だ。


 "お前、後衛職のヒーラーを辞めろ"


 昨日、リリイナに伝えた冒険者として最初に行うべき行動。

当たり前だが、彼女は「やめる……やめる? ……辞めるぅ!?」っと、表情を困惑、疑問、驚愕の3段階で顔つきを変えてくれたので素直に大爆笑してしまった。予想通りの反応をしてくれるというのは楽しいものだ。


 後衛職を辞めろと伝えた後に悶着はあったものの、リリイナを何とか説得して今に至る。


 本日はいよいよ彼女に指導を行うわけで。場所は街から少し離れた平原。

ここら辺の地域は見通しもよく、モンスターによる強襲を心配する必要もない。

それこそ平原から離れた森にでも足を踏み入れない限りは安全というわけだ。


「それで師匠。なんで私のお腹を殴るわけ?」


「当然の疑問だな。だが、答える前に聞いておきたい。

 その呼び方はなんだ?」


「なにって? ……師匠呼びのこと?」


「そうだ。俺はお前を弟子にしたつもりはないのだが」


「だって、私を冒険者として指導してくれるんでしょ?

 だから師匠かな〜って」


 なるほど。まあ、彼女を導いてる立場なのだから、間違いはないのだろう。

だが、なんだかむず痒いというか、なんというか……。


 しかめっ面で見下す俺の表情から、彼女は「そうよね。許可が必要だわ」っと呟いてお願いをしてきた。


「私を弟子にしてください!!」


「断る!!」


「ええ〜!! なんでよ〜」


「あくまで一時的な関係だからだよ。お前が一人前になったら、それっきりでお別れだ」


 只でさえ情で動いているのだ。あまり親しくなると寂しくなってしまう。

あぁ? 随分と可愛らしい性格だって? んなもん、分かってるんだよ、うるせぇな。


 自身の性格を知っているからこそ深入りしないんだよ。何より、リリイナが犬っころみたいに愛嬌があるのもいけない。

変に感情移入して、いざ彼女が独り立ちできるようになったらどうする。妹が立派に成長したな〜みたいに感じて、泣いてしまうだろうが。


 しかし、俺の考えなんぞ露知らず、リリイナは譲らない意思を伝えてきた。


「いいもん。正式な弟子じゃなくても、私が勝手に呼ぶもんね。師匠〜」


 リリイナは二へへと歯をみせながら笑顔を向けてくれる。

 コイツ……俺の気持ちも知らんくせに。


 今ならまだ、俺の感情も生意気程度で済んでいる。手遅れになる前に分からせておくか……。


「よ〜しっ、腹を殴るぞ、リリイナ」


「だからなんでよ!? 理由を……理由をしりたい!!」


「お前の装備、防御力が限りなくゼロだからだよ!!」


 そもそもリリイナの格好は装備とすら言い難い格好である。

昨日と変わらない、教会から貸与されたローブ。それにノースリーブのシャツ一枚ときた。

ローブはともかく、シャツに至っては普段着である。これで前衛に立ってみろ? モンスターに攻撃され、体がズタズタにされる結末が待っているだけだ。


 確かに軽装の冒険者も存在はするが、何かしら魔道具で補助してたり、魔術を練り込んだ繊維で作られた衣服を着用し、防御力を底上げしている。

どう見たって、リリイナの服は何の工夫もされていないのは瞭然。このまま前衛に立つのなら、死にに行くようなものだ。


「リリイナは言っても聞かなそうなので、物理で訴えるしかないと思ってな」


「もっと他の方法はなかったの!?」


「あるにはあるが、オススメはしないぞ。

 ここから数メートル先にスラスビア森林と呼ばれる場所があるんだがな。

 そこに蜂蜜好きなワイルドベアというのが生息している。ヤツは身の丈2mのそこそこな巨体で、手には鋭利な爪を所有している恐ろしい生物だ。

 リリイナみたいな舐めた薄着装備の冒険者が爪の餌食になるなんて可能性も考えられる。

 腹を引き裂かれ、血しぶきが青い空に向かい飛び散り、臓物が大地にばら撒かれて……。

 今から見学に行こうか?」


「あーあー!! 聞きたくない。怖い。ごめんなさい!!」


 リリイナは両耳を押さえながら甲高い声を響かせた。想像力が豊かで助かったぜ。

考えるだけで痛いと思えるのなら十分。恐怖とは危機察知能力の一種でもある。冒険者として長生きするなら必要なスキルだ。


 ちなみにワイルドベアは臆病な性格なので、人を襲うことはまずない。

主食は蜂蜜や樹液、木の実なので、こちらから仕掛けて来ない限りは安全である。

殺傷能力については伝えた通りだけどな。鉤爪の餌食になったら一溜りもない。


 俺はリリイナのヘソに向けて指を指す。


「だからこそ、防具は大切だってことだ。

 今の格好だと、後衛であろうが万が一攻撃を受けた際に、損傷を負ってしまうからな。痛いのは嫌だろ」


「うう……」


 彼女はお腹を隠しながら、渋々納得したような声を漏らす。

さて、生意気なお子さんに腹パンという痛みを与えずに済んだわけだが、現状は何も解決していない。


 俺は荷物入れのバッグから1つの装備を取り出す。

形は上着を模している。布ではなく、小さな鉄鎖を編みこんで作られ、多少の斬撃や軽い打撃等を防げる構造。

一般的に鎖帷子と呼ばれる防具の一種である。頭から上半身までを守るタイプなどもあるが、今回用意したのは上半身まで覆う上着タイプだ。


 俺はその鎖帷子をリリイナへと手渡した。


「リリイナ。これは軽い作りの防具だ。これから先、敵から攻撃を受けてしまう場面はいくつも存在する。

 最低限、体を守れる装備は身につけておくべきだ。これなら非力なお前でも、動く際の負荷は少ないしな」


「………」


 彼女は鎖帷子をジッと見つめながら、口を尖らせながらせている。

まさか、可愛くないから嫌だとか駄々をこねるつもりじゃあないよな?

一言でも甘えを漏らしたら、それこそ軽めのボディブロー案件なのだが。


「不服か?」


「ううん。それは別に平気。師匠が私のために考えてくれているのは理解しているし」


「だったら、いいのではないのか?」


「これ……装備するんだよね?」


「そりゃあ、防具なんだし着用しないと意味が無いだろう……?

 安心しろ、目視判断ではあるが、リリイナの身長に合わせたサイズを用意したつもりだ」


「……」


 しかし、彼女はより一層暗い顔になり、視線を落とし、口をモゴモゴとさせている。

余程、言いにくい思いがあるのだろうか。まあ、指導してもらっている立場だから遠慮はしているのかもしれないが。

顔つきから我儘的や不平不満などの感情は読み取れない。

そうなると、別の問題があるのだろうか?


 ここは溜め込んでいても体に毒だ。とりあえず、話だけでも聞いておこう。


「リリイナ。とりあえず何か問題があるなら言ってごらん。

 遠慮しなくていいから」


「……ここでキガ……」


「ん? 声が小さくて、よく聞こえなかったぞ?」


「まさか、鎖帷子をここで着替えなきゃいけないの!?」


 ……?

 そりゃあ、装備なんだからここで着替えるだろう。


 ……。

 ……。


 俺は左右を確認する。

そよ風が心地よく吹き、緑が生い茂る豊かな平原である。それこそ、モンスターの姿は容易に視認可能。逆も然り。


 うむ、とても見通しが良い。そう……良すぎるのだ。


「……あっ!!」


 そこで俺はようやく気がついた。俺は彼女に何を伝えた?

子どもとはいえ、10代のうら若き少女に、見通しが良すぎる平原で着替えろとなぁ!!


 俺のリアクションから、リリイナも思いが伝わったのを判断したのか、顔が茹でた甲殻類みたいに赤く染め上がる。


「師匠のばかぁ!!」


「すまん、全く考えてなかった!!」


「ヒール!!」


「やめっ……」


 俺は思わず身構えたが、流石に半殺しヒールは飛んでこなかった。

しかし、彼女の羞恥は計り知れないだろう。なにより、俺の返答も最悪すぎた。

何が全く考えていなかっただよ。貴方に魅力はありませんっと、伝えているのと同じじゃないか。


 彼女に「ごめん……」っと伝えた所で既に遅い。

リリイナは「着替えるから、あっちを向いてて」と、一言告げて、俺の背面に移動する。


 後ろから衣服を脱ぐ音が聞こえてきた。それ以外の音は耳に届かない。

 誰か俺の腹を殴ってくれ。そう思ったが、暴力を与えてくれる存在は誰もいなかった。



 気まずい雰囲気の空気に包まれていると、リリイナが問いかけてくる。


「ねえ、師匠。好きな異性のタイプってどんな人?」


「……っ!?」


 おっぱいが大きいお姉さんがタイプです!! なんて口が裂けても言えねぇ。

違うでしょうが。おそらく、着替えに関して配慮が足りなかった件の延長的な質問だろう。


 考えろ。彼女が求めている答えは人としてのあり方とかだ。

どのような相手に敬意を抱き、目標となるのかを問うているはず。

それこそ、俺に惚れたとか、そういう類のものではない。


 俺は緊張混じりのカラカラに乾いた声で答えを振り絞る。


「せ、背中を安心して任せられる人……かな」


「ふ〜ん」


 彼女は素っ気ない声を漏らすと、俺の背中を肘で軽く小突いてみせた。

 どうやら、回答としては間違いではなかったらしい。


 俺は安堵の息を吐き出すと、肩を小さく叩かれる。


「師匠、着替え終わったよ」


「サイズは大丈夫だった?」


「見てみれば分かるよ」


 そう告げられて、俺は体をリリイナの方へと向ける。


 彼女の防御力ゼロなノースリーブ服の上に、鎖帷子が装着されていた。しっかりとヘソまで隠れている。

おおよそ、可愛らしさとは無縁の姿。だが、冒険者としては立派な風貌だと評価したい。


「文句なしだ、リリイナ」


「ふふん。これで冒険者としてのスタートラインに立てたかな?」


「ああ、もちろん」


 ニカッと小生意気な笑みを向ける彼女に、俺も笑顔で返す。

そして、リリイナは人差し指を突き出しながら宣言した。


「いつか師匠が惚れるくらいの立派な冒険者になってやるんだから!!」


「そうか。だったらその時は背中を任せるよ」


 俺の好きな異性のタイプは背中を安心して任せられる人だからな。

だったら、俺は君を一人前に育てあげないと。


 配慮不足から起きた事故。だが、俺と彼女の間にあった遠慮という壁は壊されたような気がした。

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