第3話 朝日が急に日没になったくらいの驚愕的な教育プログラム
「帰っていいか?」
先程うけたリリイナの驚異的……いや、暴力的なまでのヒールに元気爆発した俺の脳内は帰宅する一択になっていた。
もはや酒を飲む気力さえ泡の如く消失。疲れたし、ベッドに飛び込んで今日の出来事は何もかも忘れたい。
「ごめんなさい……」
眼下ではリリイナが正座をして、渋い表情で顔のパーツを真ん中に寄せていた。反省をするならヒールなんてするなとツッコミたいが喉元で留めておく。
「リリイナ。とりあえず、席に座れ。目立つだろう」
彼女は俺の言葉に「ごめんなさい」と小さく呟くと、腰を上げて着席をした。
素直に従ってくれてホッとした。とにかく周りの視線が痛かったからだ。
ついさっきまで
チラチラと目線を向ける他の冒険者である客たちに俺は「見世物じゃねぇぞ」っとを睨みつけると、すぐに視線を反らして各々の会話に戻っていった。
金にならない面倒ごとには首を突っ込まない。それが冒険者として長生きする基礎知識。
こういったカラッと割り切った性格の奴らが多いので、俺も冒険者を続けられているのかもしれない。
え? じゃあ、目の前に居る少女は面倒事の塊じゃないかって?
うるせぇよ。断れる性格だったらギルド長なんざ押し付けられてねぇ。
自身の半端な行動に嫌悪しつつ、俺はリリイナとの話を続けることにした。
「それでリリイナ。お前のヒールのせいで俺は酷い目にあったわけだが、なんで事前に伝えなかった」
「お腹が空いてて魔力も少なくなってたからいけるかな〜って……」
「……」
思わず絶句してしまう。今、コイツはなんと言った?
魔力が尽きかけた状態でヒールして、あの威力なのか……。
ヒールも含め、魔力を練り上げ攻撃や回復に変換するのが魔術とされている。
術を放出するまでに、どれだけ魔力貯めたかによって威力が変わるといった法則らしい。
ヒールならば貯めた魔力分だけ回復範囲や治癒の速さが変動するといった形だ。
つまり、リリイナは魔力が無くなる直前ならば回復量を抑えられると考えたわけだ。
術の途中で魔力が底をつければ、丁度いい普通のヒールになるのではないかというシンプルな発想。
結果は案の定だったけどな。酷い目にあった。
ちなみに、魔力を回復させるには、よく食べて、よく寝れば徐々に回復していく。
リリイナは現在、空腹状態なので、魔力が少ないと自己判断したのだろう。
彼女の魔力が満タンの状態でヒールを施されたらと思うとゾッとする。以前のパーティメンバーは御愁傷様。
怖い想像を思考の隅に置き、俺は腕を組んで天井を眺めた。
「さて、どうしたものか……」
ぶっちゃけ、リリイナを助ける義理も理由もない。話を聞いただけでも他の人に比べれば譲歩してるだろう。
後は、せいぜいしてやれる事なんて、冒険者を諦めろと伝えるくらいだ。
理由なんて多く語るまでもない。リリイナはヒーラーとしてポンコツすぎるからだ。
見た所、まだ子どもだし、今なら冒険者を諦めて別の職種を目指すのが無難だろう。
俺は視界を地上へと戻して、再びリリイナと目線を合わせる。
「なあ、リリイナ。なんで冒険者にこだわる?
それこそ、お前は冒険者としては悪評が広まっていて、ギルド所属は難しいわけだし」
別に冒険者以外にも金を稼ぐ方法はある。
例えば服飾ギルドなら知能も必要ない。真面目に下積みをすれば3年後には一端の職人になれるだろう。
もしくは、そのバカ高い魔力量なら、魔術研究系ギルドで研究者としての道だって目指せるはず。
だが、リリイナは首を横に振ってみせた。
「それは……出来ない」
「あのなぁ……。
いや、憶測で否定するのは良くないな。
一応、聞いておくが、明確な理由はあるんだろうな?」
それこそ、これが最後の問答だ。
ここでカッコイイからとか憧れだったとか生温い理由を語るようであれば即座に見限ろう。
彼女はローブの端を握りしめて小さなシワを作りながら、弱々しく言葉を吐き出した。
「私が育った孤児院に仕送りをしたかったから」
リリイナは今までの生意気な態度とは一変して、瞳を揺らがせ、体を小さく震えさせながら答えを吐き出した。
ああ、なるほどな。
確かにお金を稼ぐなら冒険者が一番手っ取り早いし納得だ。
殆どのギルドは、いわゆる職人として籍を置くことになる。大工、服飾師、鉱石細工師……挙げたらきりがないが、これらの職業は弟子入りという名目で所属する。
最初の数年間は師匠の下で働くため無賃金。一人前として認められ、満足に稼げるまでには時間がかかる。
しかし、冒険者は真逆である。依頼をこなして達成すれば、報酬を貰える歩合制。働けば働くほど一日で沢山稼げるわけだ。
孤児院なんて万年金欠。悠長に職人を目指してる間に、施設が潰れるなんて想像に容易い。速攻でお金を得るには冒険者が適任なのだ。
リリイナは俯きながら、自身の経緯をポツリボツリ語り始めた。
「私、孤児院の中では一番魔力が高かったんだ。
皆は“リリイナは凄いね”、“将来は大成するぞ”なんて褒められた。
おかげで、私って凄いんだ!!って自信満々になったの」
孤児院という狭い世界。
魔力という素質が彼女を傲慢にさせたのかもしれない。
「だからね、私の中で“この力で貧乏な孤児院を救ってみせる”って意気込んでいたの。
そんな時に、私が高い魔力を持っている噂を聞きつけたのか、教会からの呼び出しがあって、私はヒーラーとしての訓練受けることになった。
ここで立派なヒーラーになって、皆を助けられるなんてウキウキして浮かれてたんだ」
だから、リリイナは教会支給のローブを羽織っていたのか。
教会経由で派遣されたヒーラーは白いローブを支給される。
これは教会の権威や宣伝を兼ねているらしいが、おそらく寄付金目当てだろう。
回復魔術を伝授する代わりに寄付と称した授業料で稼いでいるのが実状だ。愛だけで飯は食えないのが世知辛いな。
「私は協会で回復術を指導してもらった。一生懸命に頑張って、回復術を取得した頃、教会の人達にも言われたの。その魔術で沢山の人達を救いなさいと。
もう、やってやるぞー!!なんて気分になって、教会を出て冒険者ギルドに向かった……そしたら」
「ヒールについて問題が発覚して、今に至るわけか」
「うん……。教会の訓練は回復術に必要な魔力の練り方だけ教えてもらっただけだから、実践もなくて誰も気づかなかったの。
それで、冒険者として、ヒーラーとして必要されなくなって。私は役に立たずなんだって考えちゃって、諦める気持ちが芽生えていたの。
でも、孤児院はいつもお金に困っていた。教会には善意で回復術を教えてもらった。
どうするべきか分からないのに、逃げる場所もなくて。だから、威勢だけが一人前な性格のみが残ったの」
「なるほど……な」
孤児院から、教会から。持ち上げられて、期待されて、調子に乗って。しかし、待っていたのはどうしようもない現実で。
彼女にとっては初めての挫折だったのだろう。
子どもらしいプライドを備えた生意気さと目の前で方法が思いつかない2つの感情。態度が不安定になるのも頷ける。
リリイナは頭を下げて、何度目になるか分からない謝罪と懇願を伝えてきた。
「セリクさん。ごめんなさい。助けて下さい」
子どもらしい具体的な提案の無い一方的な要求。
世の中は甘くないと切り捨てるのは簡単だ。
だが、リリイナの生まれ育った場所を助けたい気持ちを知れば、冷徹に情を剥がすのは難しい。
”冒険者として長生きするには面倒事に関わらない”
”お前が一番冒険者に向いてない”
全く、つくづくそう思うよ。やっぱり話なんて聞くべきじゃなかった。
自分自身でさえ余裕なんてないのによ。
ギルド施設の賃貸費。日々劣化する装備のメンテナンス費。怪我の治療における包帯や傷薬などの消耗品による諸々の経費。
人が増えるほど必要な金も重なる。これ以上、誰か人を雇うような物なら、ギルドの運用を更に切り詰めなければならない。
まがりなりにも俺はギルド長。
押し付けられたとはいえ、職務を全うする責任感は持ち合わせているつもりだ。
だからこそ、ここは現実的に考えて、困り果てた少女を見捨てるべきである。
さあ、言え。助けるなんて出来ないと。
……。
……。
脳裏にふと浮かんだのは、俺が新人冒険者だった頃、指導をしてくれた先輩の表情だった。
当時の俺は生意気で、そのくせ諦めが悪くて。誰も寄り付かないガキ相手に、先輩は教育をしてくれたのだ。何の利益もないのにさ。お人好しで優しくて、そして、今の俺を作り上げた大切な記憶。
分かりましたよ、先輩。
俺は気づかないうちに手を伸ばし、リリイナの頭をガシガシと撫で回していた。
「え、なになに!?」
彼女は何事かと顔を上げて、ボサボサになった頭を抱えながら、目をくるくると回して慌ててみせた。
その姿が面白くて、俺は口角を緩める。
「リリイナ。俺はお前をギルドメンバーとして受け入れる余裕はない」
「そう……だよね」
「だけど、お前を指導するなら可能だ。
ヒーラーとしての立ち回りなんかは教えられないが、冒険者としての戦い方なら教えられる」
「……!?」
リリイナの沈んだ顔に明るさが灯る。
なんとまあ、素直な表情だこと。俺が詐欺師だったらどうするんだよ。
まあ、それ以上に厳しい指導をするつもりだから、騙された方がまだましだと思えるけどな。黙っておこう。
要はギブアンドテイクというやつだ。
現状、俺のギルドには回復職が所属していないから、リリイナを通して、協会への縁を作っておこうかな程度の考えだ。
リリイナが冒険者として十分な成果を上げた場合は、改めてまともなヒーラーでも紹介してもらおうというという魂胆。
ああ、もちろん。リリイナは雇うつもりなんてないけどな。ヒーラーとしての技術は個人で鍛えてくれ。
後は先輩への恩返しの意味を込めている。理由としてはこちらが八割くらいだけどな。
俺はテーブルに肩肘をつきながらリリイナに問いかける。
「リリイナ、改めて聞く。お前は冒険者になりたいか?」
彼女は俺の瞳を真っ直ぐに見つめながら、たった一言の強い意思を届けてくれた。
「なりたいです」
その返答に俺は黙って頷いてみせた。
うん、うん、良い返事だ。さてと……あとは最も伝えなければならないのは教育方針だな。
「リリイナ。さっそくだが、一人前の冒険者になる為、やってもらいたいことがある」
「はい、それはなんでしょうか、セリクさん」
そして、俺は彼女に伝える。
その内容を聞いたリリイナは、太陽みたいなニッコリとした笑顔から、日没間際の憔悴しきった冒険者みたいな絶望顔へと変貌するのであった。
「お前、後衛職のヒーラーを辞めろ」
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