第2話 体が痺れる程の衝撃は恋以外にだってある

「働く所が無いの……」


 食器やグラスの当たる音や屈強な冒険者達の猛々しい叫び声が混濁する街の大衆酒場。

俺の座る椅子からテーブルを挟んで腰を降ろす少女。彼女は視線を斜め下に落としながら肩を落としていた。


 数分前、俺はギルドで依頼報告を行い報酬を受け取った後、約束通り少女の話を聞くことにしたわけで。

口約束だったし反故にしても良かったけどな。逃げたら逃げたで地の果てまで追ってきて、足元で泣きつかれそうだったので止めておいた。


 しかし、まあ……仕事が無いときたか。

俺は手にしたジョッキを傾け、アルコールを喉へと通す。

梅フレーバーリキュールの甘さと酸っぱさが疲弊しきった体を癒やしてくれる。実に美味い。

容器の中身を半分ほど一気に消費して、俺は少女に問いかけた。


「それで、何故、俺に助けを乞う? 申し訳ないが、仕事は斡旋できんぞ」


「ギルド長なのに!?」


「失礼だな、お前」


 すかさず少女にデコピンをくらわせてやった。彼女は「ヒンッ!!」っと情けない声を漏らしながらジト目で恨めしそうに俺を睨む。

ゲンコツでないだけ、ありがたく思え、童よ。


 だが、コイツが俺に接触してきた理由は何となく全貌がみえてきた。

だから、こんな役職なんてしたくなかったんだよ。面倒事が増えるだけだ。

自身の首に革紐でぶら下げたギルド長を示す白銀のタグを眺めながら眉をひそめる。


 この街は幾つかの組合……人と人が集まってギルドと呼ばれる組織を形成していた。

一定の目的で人が集まればギルドとされているらしい。

服の製作をするなら服飾ギルドだし、建物の建築や修繕なんかであれば建築ギルドといった所だ。


 ちなみに一番多いギルドは冒険者ギルドである。

目的はモンスターの討伐、薬草や鉱石採取、辺境地調査や護衛等々。

いわゆる外の世界に関わる内容全ての仕事を請け負っていた。


 もちろん、俺が在住しているラナスティルの街だって城壁外にはモンスターが溢れんばかりに跋扈している。

必然的に討伐やら資材採取などの需要は高くなり仕事には困らない。

職があれば食う飯にありつける。それに腕っぷしさえあれば知略は必要としない。

需要と供給が程よいバランスを保っているのだ。


 だったら、今頃ギルドで溢れているかもしれないって?

そう簡単にはいかないのだ。勝手にギルドを結成するのは不可能である。


活動をする場合は街にある国管轄の役所で申請をしなければならない。

規定は明確な活動目的と10名の所属者が居ればギルドを名乗れるわけで。

あとは、何かしら問題が置きた際に責任を問うための代表者……すなわちギルド長が決まれば晴れて街での活動を許される。


 俺は規定最低人数10名で構成された冒険者ギルドの代表者を努めている。つまりは冒険者ギルドとしては底辺だ。

こうして俺……ギルド長が自ら体を張って討伐依頼をこなしているのが何よりの証拠である。


 ちなみに俺がギルド長に任命された理由は「お前が一番、冒険者に向いてない」だと。失礼だな、おい。



 ……さて、話が大分それたな。

つまり、少女が詰め寄ってきたのは、俺がギルド長だと白銀タグから判断したからだと思われる。

正規の仕事をするにはギルドに所属しなければならない。

方法として、ギルド員を新規募集している案内から加入するか、ギルド長なんかに直談判してギルドに所属するのが一般的だ。


 一応、ギルドに所属してなくても受領可能な非正規の怪しい依頼もあったりはする。殆どがバックに怪しい組織や結社が絡んでいるので関わらないほうが無難であるけどな。

結局のところ、国認定のギルドに所属し、正規依頼をこなしていくのが安全でリスクも少ない。


 眼前に佇む少女の働き先が無いというのは、つまりは所属するギルドが無いのと同義。

だから、ギルド長である俺に助けを乞うてきたのだろう。


 俺はジョッキに残った中身を全て飲み干して、彼女に質問を投げる。


「一応、確認だが。お前は冒険者志望でいいんだよな?」


「もちろんよ!! 私の格好をみればわかるでしょ!!」


 少女はフンスッっと自信ありげに鼻息を漏らして胸をはる。胸は平原の如くぺったんこだけどな。


 俺は改めて彼女の格好を観察する。

身につけてる物からヒーラーだとひと目で分かった。

装備である杖は1mほどの長さ。先端には魔力補強の金青色の綺麗な魔石が取り付けられている。


 上着としてロングローブを羽織っていた。白を基軸とし、腰回りに青いラインのデザインが施されたシンプルな作り。

教会が冒険者となるヒーラーに支給している衣装だ。

ただ、彼女の背丈にあっていないのか、ややブカブカである。袖の丈も合っていないのでだらしない。


 どうやら、少女も俺の視線から察したのか「これから背が伸びるもん」っと頬を真っ赤にしながら訴えてきた。

そうかい。期待はしていないが頑張れ。


 ローブの下に着用しているのはノースリーブの薄着。これまた丈が合っていないのか、ヘソが丸見えである。いや、おしゃれなのかもしれない。

そして、ボトムスはショートパンツスタイルだ。細い生脚がなんとも言い難い薄い防護力を示しており、冒険者の格好とは思えない。


後衛職なので敵からの攻撃は来ないだろうと舐めてないか? 今までのコイツの言動と態度から、おそらく当たっているだろう。

極めつけは、これまたサイズが合っていない茶色いブーツである。


 とりあえず、観察終了。身なりから、後衛でパーティの回復や補佐を担うヒーラーだと改めて結論づける。

格好が生意気だけどな。おおよそ一般人がイメージする回復職とかけ離れている。


 さて……と。結論も出たし、色々と分かった。

 そろそろ、いいだろう。


「帰れ」


「なんでよ!?」


「当たり前だろうがぁ!! お前、冒険者を舐めてるだろ!?

 最悪、殉職の可能性もある職業だぞ。ヒーラーにしては格好が軽装すぎるんだよ!!」


「でも、後衛職だから防御力なんて関係ないでしょ?」


 頭が痛くなってきた。若いので聞く耳持たずな所は可愛らしさもあるよ。

俺だって新人の頃は先輩冒険者のアドバイスをスルーして酷く痛い目にあったしな。


 だからまあ、苦い経験から止めたくなるし、大きな怪我をしてほしくないと考えてしまうのである。

ここらの地域はモンスターも弱く、死んでしまうというのは万が一にしてない。

おかげさまで不慮の事故なんて殆どなく、こういった油断しきった新人が現れるわけだ。

だが、可能性はゼロでないのに変わりない。


 俺は首後ろを掻きながら、彼女に伝える。


「なあ、お前。助けを求めにいったのは俺が最初じゃないだろ?

 せめて周りの先輩方からの話を聞かないと断られ続けるぞ」


「前と前々に居たパーティじゃ、装備について注意されなかったわ。

 あと、お前じゃなくて、リリイナって名前があるもん。

 リリイナ・ミストハート」


「そうかい、悪かったよリリイナ。

 俺はセリク・レストライダーだ」


 ここでようやく、お互いに名乗り合う。

俺からしてみれば、これっきしの縁だと思って名乗っていなかったわけだけど。

名乗られたら、名乗り返す。礼儀は尊重しているつもりだ。


 そして、気になる発言が聞こえてきた気がする。……サラッとリリイナは重要な情報を吐かなかったか?

前と前々のパーティの発言。つまり、冒険者として何処かしらには所属していたというわけだよな。


 凄げぇ。よく、こんなワガママお嬢様を仲間として受け入れたな。寛容的すぎるわ。

さしずめ大所帯のギルドだったのだろう。大きい所は新人育成も担っているし。


 すると待てよ? 前と前々のパーティ。それってつまり。


「2回もパーティから追放されてんじゃねぇか」


「……ゥッ」


 どうやらリリイナにとっては、よろしくない話だったらしい。彼女は唇をキュッと噛み締めた。

それはそうだ。なにせ2回だもんな。この街の新人で破門された冒険者なんて聞いたことないし。


 彼女は小さく「違うもん……」っと呟いて、下に俯いた。


 ようやく話が繋がった。

憶測でしかないが、リリイナは新人冒険者として大手ギルドに所属したのだろう。

そこで、何かしらの失敗をしたのだ。そして、追放されて、また別のギルドへ。そこでも同じ経験をしたと。


 噂話が大好きな街だ。瞬く間にリリイナが2回も追放された話が拡散されたはずだ。尾ひれがつく形でな。

おかげで様々な冒険者ギルドから問題児としてのレッテルを貼られたのだと予想できる。


 それが”働く所が無い”という彼女の現在に至るわけだ。

 何処へ行けども門前払い状態という。


 ああ、ちなみに。俺の所にリリイナの噂が届かなかったのは、自身のギルドで新人募集をかけていなかったからだと思う。

今は10人で運営するのが手一杯だからな、我がギルドは。


 ふむ……これで経緯は把握できた。なら、一番知らなければならない部分を聞くとするか。


「それで、リリイナ。お前が追放された原因って何なんだ?」


「そ、それは……」


 彼女は口を尖らせて目線を反らす。なんとまあ、分かりやすい表情だこと。

何かありましたと自白しているような物じゃないか。


 だがしかし、答えてくれないと分からんものは分からん。助けるか否かの判断が下せない。

このままだと酒場の経営時間が終了してしまうしな。

さっさと話を聞くだけ聞いて帰りたい所だ。


 俺はリリイナの口を早急に割らせる為、わざとらしく大きなため息を吐いてみせた。


「明日も仕事があるんだがなぁ……」


「ごめんなさい!! 話す、話すから!!」


 涙まじりの即答である。効果は抜群だな。

まあ、これくらいの年頃の女の娘にとっては、年上の呆れ顔なんて恐ろしく感じる物だ。

自分の為に時間を割いてくれているのに、見限られる感覚は背筋が凍る。うん……俺も古い記憶が蘇って、気分が落ち込んできたぞ。

二度と同じ手段は使うまい。


 そう俺が心の中で決意していると、リリイナも何かしら覚悟を決めたのか、震える指で指し示してくる。

それは俺の右腕に巻かれた包帯であった。


「セリクさん。その包帯って怪我かしら?」


「ああ。今日、モンスターと殺りあった時に傷つけた怪我だな」


「だったら、私が治療してあげる。包帯をとってくれない」


「??」


 いまいち彼女の意図が理解できなかった。

追放された理由と、治療についてが結びつかないからだ。


 とりあえず素直に従っておくか。

俺は言われるがまま腕に巻いた包帯の取り除く。すると、傷口が姿をみせる。

傷は塞がっておらず、中途半端な赤みが残ったままだ。


 すると、リリイナが俺の隣に移動をして、傷口に手を触れた。

これから治療魔術を施してくれるらしい。


 彼女は瞼を閉じると、体の周りが薄緑色のオーラに包まれる。

魔力を練っている時に現れる特有の発光現象だ。


 その光は彼女の手へと遷移し、俺の腕へと移動していく。

そして、準備が整うと、リリイナは術名を口にした。


「ヒール!!」


 すると、俺の腕から徐々に痛みが引いていく。

回復職が一番始めに取得する基礎魔術ヒール。

効果は傷の一部分を治すといった効果がある。


 人間の自然治癒を必要としない速攻の治療が施せるので、ヒーラー職は重宝されるのだ。

それこそ、俺の傷を治すのに翌日まで待つ必要がないくらい。多くを語る必要もないだろう。


 1~2秒程して、リリイナが傷口から手を離す。

すると、俺の傷口は緑色の光を維持したまま、みるみると赤みが消え、割れ目が閉じていく。

なんだ、普通のヒールじゃないか。傷も綺麗に消えているし、元通りの綺麗な肌だ。


 てっきり、追い出された理由が上手なヒール魔術をできないのだと思っていたが、予想は外れたようだ。

俺は傷口に触れて素直に感心する。


「綺麗に治ったな~」


「あはは……ごめん、セリクさん。ここからが本番」


「……は?」


 彼女が目を合わせず、乾いた声で謝罪を述べてきた。

 え、なにそれ怖い。なんで急に素直に謝るの!?


 そもそも本番とは一体、何が来るんだ?


 傷が治った安心感から一転。俺は本能的に危機を察知したのか、全身に鳥肌が立ち始める。

そして、身構える暇もなく、”本番”がやってきた。


 治ったはずの腕。その周りで光を帯びていた緑色のオーラが未だに残っていた。

つまりは魔力がまだ消失していない状態である。普通なら、ヒーラーの魔力供給が終了した時点で光は自然と消えるはずなのに。


「ちょっと待って?」


 その事実に気づいた瞬間、緑色のオーラは腕を中心に津波の如く俺の全身を包み込む。


 さて、ここでとある疑問に直面する。

本来、傷口を治す用途で使用する回復魔術。

もしも、怪我をしていない健康な肉体の人間に付与したらどうなるだろうか?


 その答えは、今から俺が身をもって経験するはめになるようだ。


 回復不要な体に魔力が注がれていく。

最初に訪れたのは、体温の上昇。

その次に来たのは……肌表面の痛み。感度が上がったのか、空気に触れるだけで痺れを感じてしまう。


 その感度は徐々に、ゆっくりと、俺の肌全面に広がっていく。

まるで毒物を浴びたみたいな痺れある痛み。


 それが数刻と待たずして到来した。


「にぎゃあああああああ!!」


 まるで雷撃をくらったかのような咆哮が口から漏れ出てしまう。

痛い!! なんというか苦痛を伴うわけではないが、とにかく痺れて痛い。とにかく痛っってぇぇ!!


 良薬も容量を誤れば毒になると言ったものだが、回復術も同じらしい。

許容範囲を超えるヒールは痺れが発生するのか!!


 数時間も経過したと錯覚してしまうほどの痛みは、実際には10秒ほどで終わりを迎える。

全身から緑色のオーラが消えると同時に、痛覚の状態も元に戻った。


「おわっ……た」


 俺は脱力し、机に向けて頭をぶつける形で突っ伏した。

ドンッと痛々しい鈍い音を響かせたが、不思議と額に痛みはこない。先程もらったヒールのせいで感覚が麻痺しているようだ。


 だが、これで彼女がパーティから追い出された理由が判明した。

身をもって経験すれば嫌でも分かる。


 リリイナのヒールは回復力がありすぎるのだ。圧倒的すぎるくらいにな。


 制御するとかの類じゃない。彼女の本来持つ魔力量がバカ高すぎて、出力の最低値がとんでもなく高いのだ。

故にヒールでさえ彼女的には魔力を抑えたつもりでも、ぶっ飛んだ回復になってしまうのだ。


 魔力を水に置き換えて説明すると、例えるなら一般ヒーラーがバケツを傾けて流す水の量を調整するのに対して、リリイナは湖の水を川へと流す調整をするみたいなもの。

規模がそもそも違うのだ。もはや天災を人間一人でどうこうしろという無茶ぶりである。


 確かにこれでは、ヒーラーとしての職務は遂行不可能。

 そりゃあ、何処へ行っても受け入れてくれないわけだ。


「だ……大丈夫?」


 すると、リリイナが恐る恐る、俺を心配して肩に触れる。

まあ、彼女もそれなりに苦労したんだなと考えると、多少は同情の余地もある。

必死に泣きついてきた理由も、納得がいくので仕方ないなと思う所だってあるさ。


 だけどな……1つだけ許せないことがあるんだよ。


 俺は上半身をゆっくりと起き上がらせ、彼女の方へと視線を向ける。

そして、腕を伸ばして、リリイナの両頬を引き伸ばすように思いっきり、つねってやった。


「そういうことは……先に言え!!」


「ごめんにゃひゃい」


 彼女は頬を真っ赤に染めながら謝るのであった。


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