回復役としてポンコツなヒーラーを最強の前衛に育て上げます〜お前には前線に立ってもらう〜
ジェネビーバー
第1話 定時後に残業が発生したみたいな出会い
「助けて下さい!!」
「断る!!」
突如、俺の目の前で頭を下げる少女の助けに、俺は本能のままに否定をしてしまった。
夕日は既に沈みかけ、月が登る夕刻時。
街の入り口に設置された城門から冒険者達が外での業務を終え、汗とモンスターの返り血がついた匂いを漂わせながら帰還を知らせてくれる。
彼ら、彼女らは「今日は疲れたから早く寝よう」、「たらふく飲むぞぉ!!」などといった予定を吐き出しながら、一日頑張った自身への労いのため、酒場や宿屋へ姿をくらましていくのだ。
そんな変わらぬ日常風景の1つとして俺ことセリク・レストライダーは溶け込んでいた。
冒険者の一人として城門をくぐり、討伐依頼のあったインセクタス……巨大甲虫の馬鹿みたいに重たい角を抱えながら「ギルドへ報告に行きたくねぇ~」と心の中で何度も文句を垂れ流していたわけで。討伐証拠が必要なのは理解できるが、1~2mほどの角を一人で運ぶにはあまりにも過酷すぎた。
ああ、汗で蒸れた防具を脱ぎ捨てたい。
こんな角なんざ今すぐ放り投げて、酒場でキンキンに冷えた酒をあおりてぇよ!!
……とまあ、限界ギリギリな疲労感と街へ戻った安堵から、いつもと同じ愚痴を唱えていた。口には出さなかったけどな。
手伝ってくれる人なんざ居やしない。報告するまでが依頼なのだと言い聞かせ、体に鞭を入れながら歩みを進めていると……。
”そいつ”は日常の異物として俺の目の前に出現した。
無論、モンスターの類ではない。街中で出現したら大騒ぎだ。そして、俺を暗殺しにきた刺客でもなかった。
いや、後半は冗談である。しがない一介の冒険者を殺した所で労働力が減るだけである。無意味だ、無意味。
となると、俺の前に現れた人物は一体、何者だろうと目を凝らす。
それは一人の少女であった。
歳は13~15歳といった所だろう。身長は140〜150cmほど。
琥珀を思わせる髪色は直毛で美しく、毛先は薄灰色へと濃さが落ちている。
髪の長さは胸元まで伸び、髪の両側を少量でまとめ、残りの後ろ髪を全て垂らしていた。ツーサイドアップというやつである。
瞳の色は髪色と近く蜂蜜を思わせるトロリとした色をつけていた。それと対象的に、目は威圧感を覚えるツリ目。
数年後には人目に付く程度には美人へと成長するだろうな。
そんな彼女は進行方向を塞ぎ、間髪入れず俺に向けて粗雑で乱暴ともいえる深いお辞儀をしてみせた。
「助けて下さい!!」
「断る!!」
もちろん、即座にお断りさせて頂いた。疲労困憊で判断力が鈍っているから勢いで了承するとでも思ったか?
残念ながら、俺の思考は至って爽快である。なにせ、とっとと本日の業務を終わらせたい一心だからな。
余計なタスクなんぞ増やしてたまるか。
それと、せめて要件だけは言ってほしいものだ。「助けて」だけだと分からない。
仮に人の生死が関わる案件であれば、こんなアホほど重たい角なんてぶん投げて、すぐさま救助に向かうさ。
俺から告げられた否定に、彼女は顔をすぐさま上げて、口元をワナワナと震わせながら声を張り上げた。
「なんで!?」
「内容が分からないからだよ!!」
「このままだと、死人が出るよ!!」
「一体、誰が死ぬって?」
「私よ!!」
少女はドンっと拳を自身の胸へと当てて、高々と宣言する。
それと同時に、彼女の腹部からキュ~っと空腹を知らせる可愛らしい音が鳴った。
お腹が空いていたらしい。確かに飯を食わないと死ぬもんな。
まあ、これくらいの元気があるなら大丈夫だろう。
「そうか……事情は分かった。達者でな」
どうやら、たかりの部類だったらしい。俺は彼女の横を通り過ぎて、手をヒラヒラと左右に動かしながら別れを告げる。
早く角を納品しないと、ギルド職員さんが残業になってしまう。
そんな考えを巡らせていると、「ちょっと待ってぇ!!」っと情けない声が背後から聞こえ、俺の足元に衝撃が走る。
先程の少女が瞳を潤ませながら、俺の脚に賢明にしがみついてきたのだ。今度は泣き脅しか!!
「ほ”んどうにっ……ぴん”ぢなの”ぉ……」
そのまま彼女はプライドとか一切合切を捨てて、鼻水を垂らしながらワンワンと泣き始めた。
あれだ、主に捨てられた犬そのもの。情に訴えかける強硬策の一種としては有効だ。厄介という点を除けばな。
あまりの必死さに俺は残り体力が底を付き、理性が崩壊しかけた。
重たい角を持つ手に自然と力が入る。
コイツ、手にした角で殴って黙らせるか?
いやいや……そんな暴力沙汰を起こしたら、俺が警備隊に突き出されるだけだ。
それに周囲は人通りがそこそこ多い。
通り過ぎる冒険者や市民が何事かと俺達を一瞥しては、視線を元へと戻す。
泣き崩れる少女。中途半端にデカい角を携えた目が虚ろな男。絵面が最悪極まりなかった。
あまりにも目線が痛すぎる。このままだと変な噂話が拡散されそうだ。
仕方ない。俺は頭を掻きながら、深い息を吐き出した。
「分かった。一先ず、依頼達成の報告をさせてくれ。
その後、話だけなら聞いてやるから」
「ホントぉ!!」
先程まで豪雨みたいに泣いていた少女は、パァっと日が差し込んだみたいに明るい表情へと切り替わった。
やっぱ、コイツ……一度殴っておくべきか?
俺は込み上げる悪の心を何とか沈め、彼女にデコピンをお見舞いしてやる。
「痛ったい!! 何をするのぉ……」
「すまん。世の中、そんなに甘くないと分からせたくてな。
あと、事前に困りごとの内容を聞いておきたい。
詳しい話は後で聞くから、簡潔でいいから教えてくれ」
少女はオデコを擦りながら、簡潔にかつ簡単でない内容を俺に伝えてくるのであった。
「私、働く所が無いんです!!」
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