第2話:空が待っている

 出会いから数カ月、私は時間さえあればアピスさんの元へ通い、色々な話と、歌を教わっていた。普通に歌うのと、魔力を込めて魔術を使うのは結構違うらしい。たまに意識せずとも出来る人もいるらしいが、私はそうではなかったので、そのあたりのコントロールをアピスさんに教わっていた。もちろん、無料で、というのは申し訳ないので、代わりに養蜂やカフェのお手伝いをできる限りしている。


「カネレちゃんの歌、いいね。もちろんうまいし、声もいいんだけど……なんていうか、それだけに留まらない魅力があると思う。――きっと貴女は、いい歌手になるよ」


 アピスさんがそう言ってくれたのが何より嬉しかった。でも、実際に一緒に歌ってみると、むしろ彼女の歌の凄さがどんどんわかってくる。私を助けてくれた人たちの歌もうまくてびっくりしたけど、アピスさんも同じくらい凄いのでは……?


「カネレちゃん、来月末、ヒマある?」


 ある日の練習中、アピスさんが突然言った。


「え、はい、家の手伝いくらいなんで何とでもなります」


「そう、よかった。なら、これ、来てほしいんだけど、どうかな?」


 手渡されたのは一枚のチケット。これは――。


「ワンマン、ライブ?」


「そう、ここから南東に行くと、メルトの町があるでしょ。あそこは色々ライブをする会場があってね。今回は浜辺のステージで、ライブができることになったんだ。よかったら、見に来てよ」


 少し恥ずかしそうに言う、アピスさん。すごい。ライブだって。すごい。見たい。


「もちろん行きます! あ、メルトだったら日帰りだと大変だから、お父さんに許可取らないと。あと、往復の旅費も、宿泊費も……?」


「私と一緒でよければ、送ってもらえるし、泊まる場所も用意してもらえるからさ、そこは大丈夫。お父さんに外泊許可だけ取っておいで。必要なら、私から直接説明するし」


「本当ですか……ありがとうございます! 絶対許可取ってきます!」


 その日家をかえって父に直談判。最初は危ないんじゃないかとか色々言っていたけど、元々養蜂家の娘さんということで、アピスさんのことは父も知っていたらしく、彼女から預かった手紙を読んで一応納得してくれたらしい。それどころか、一緒に行きたそうな素振りさえ見せてきた。……でもさすがにそこまで迷惑はかけられないので今回は私だけで行くことになった。


 そして、目まぐるしく過ぎた一カ月。アピスさんもさすがにライブ準備で忙しいのか、留守にすることが多く、会えたのはライブ前日を除くとその前の週に一度だけだった。でもその時、とても嬉しいことがあった。


「あ、カネレちゃん。ごめんねなかなか時間取れなくて」


「いえ、忙しいでしょうし……今日は大丈夫なんですか?」


 カフェで蜂蜜入りの紅茶を飲みながら、向かい合って話をする。


「うん。お父さんも怪我ほとんど治ったし、準備もひと段落。あとは私がいいライブを見せるだけだね」


「楽しみにしてますね」


「ありがと。でもああー、緊張するなぁ、楽しみだけど」


「……やっぱりそういうものなんですか?」


「うん。そりゃあね。私もそんなに経験があるわけじゃないけど、このドキドキ感とワクワク感は、たぶん一生続くと思う」


 いいな。……いつか、私もその感覚を味わってみたい。


 そんな心情が顔に出ていたのか、アピスさんはにこりと笑って、手のひらより少し大きいサイズのラッピングされた袋を差し出してきた。


「開けてみて。私のお古だけど、プレゼント」


 ――袋に入っていたのは、一本の黒いマイクだった。傷がたくさんありお世辞にも綺麗とは言えない。でも、すごく大事にされていたんだろう。磨かれて、ぴかぴかと輝いていた。


「マイク――」


「最近ね、新しいのを買ったんだ。ライブで使う用に。だから、その子は、カネレちゃんが使ってあげて」


 少し寂しそうに、でも愛おしそうに、アピスさんは言った。


「――ありがとう、ございます。ずっと、大事にします」


「うん。いつかきっと、カネレちゃんにも相棒ができるから。その時まで、一緒にいてあげてよ」


 にこりと笑うその表情に、私は泣きそうになって何度も何度もお礼を言った。――ああ、うれしいな。マイクがもらえたことより、大事なものを託してもらえたことの喜びが大きい。ありがとう。このマイクにふさわしい、私になります。


◆◇◆◇◆◇


「じゃあ、行ってきます」


 父に見送られながら、高速馬車に乗ってメルトの町へ向かう。アピスさんはわざわざ迎えに来てくれた。荷物が多かったので、とても助かる。


 乗って驚いたが、高速馬車が本当に早い。馬車そのものにも馬にも、強化の魔術や魔道具が使われていて、通常の馬車の数倍の速度が出せるとは聞いていたけど……。景色がどんどん移り変わっていく。新鮮だ。


山道を下ると、広い舗装された道に出た。アレストリア街道だ。海に沿って東西に伸びる街道で、東端がメルトの町となっている。海沿いの景色は美しく、風が頬を撫でていった。空は青く、美しく、まるで私たちを待っているかのようだ。


「ライブ、楽しみですね」


 私がぽつりとつぶやくと、アピスさんは少し目を伏せていった。


「うん……あとは、本当に、何も起こらないといいな」


◆◇◆◇◆◇


「……すごい、綺麗な街」


 それから数時間馬車に揺られ、私たちはメルトに到着した。まず驚いたのは町並みの美しさで、海沿いの港町らしく明るく、華やかで綺麗だった。目を引くのが家々のカラフルさで、ピンク、黄色、青、緑……とにかく様々な色合いの家が立ち並んでいた。なぜこんなにも色とりどりなのか、アピスさんに聞いてみると。


「ああ、見て分かったと思うけど、この町って人間以外の種族がすごく多いんだ。獣人とか、爬虫類系、鳥系、他にも人魚とか、とにかく色々。で、それぞれ見えやすい色合いが違うんだって。だからみんな自分にわかりやすい色の家を建てて、あんな感じになってるみたい」


 なるほど。確かに。実際すれ違う人の半分は、人間以外の姿をしている。私みたいに小さな村に住んでいると異種族の人は見かけることさえあまりないから、新鮮な驚きだ。……正直言って、少し怖い。


「私もね、最初は怖かったけど、そんなに変な人はいないよ、大丈夫。この町は、冒険者協会が力を持ってて、町の中の警備や治安維持も担当してるから、何かもめ事とかあったらすぐに対応してくれる。それに――音楽ってさ、共通言語だから。すぐに仲良くなれるよ、みんな」


 アピスさんの言葉を裏付けるように、彼女に様々な種族の人が声をかけてくる。獣の耳が生えた少女、全身鱗に包まれたリザードマン、鋭いくちばしと翼をもつホークマン……数えていたらキリがないくらい、アピスさんは歓迎されていた。みんな口々に『ライブ、楽しみにしてるよ』と言う。――正直、羨ましかった。私もいつか、そんな風になれたらいいな。


 高そうなホテルの一室。アピスさんと同じ部屋だ。申し訳ない気持ちになりながらも、少しホッとする。知らない街で一人過ごすことに不安もあったから。ちなみに、隣の部屋にはライブのスタッフさんがいて、色々サポートをしてくれるらしい。さすが歌手。すごいなぁ。


「夕飯は外行ってもいいんだけど、人がいっぱい来ちゃうと面倒だし、部屋に届けてもらおうかな。カネレちゃんもそれでいい?」


 歩いていただけであの様子だ。下手なお店に行くと色々大変だろう。


「はい、さすがに一人で暗い中行くのも怖いので、ご一緒できると助かります」


「うん。街中の治安は大丈夫でも、怖いしね。一緒にいよう」


 アピスさんは少し不安そうな表情を見せたが、すぐに切り替えて、微笑む。そして、隣の部屋にいるスタッフさんに食事の買い出しをお願いした。買ってきてもらったのは、この町の名物である海鮮を使ったピザやパスタだった。今まで食べたことがないくらい美味しくて、アピスさんに何度もお礼を言った。


 そして、夜。移動疲れもあって、私はすぐに眠くなってしまった。明日のライブは夕方からだが、それまではリハーサルとか色々準備があるので昼には会場入りするらしい。私は観光しててもいいと言われたものの、さすがに一人だと不安だし、何よりライブがどうやって作られるのかにも興味があったので一緒に会場へ入れてもらうことにした。――ああ、楽しみだな。


「アピスさん、私、すっごい楽しみです。ライブって初めてだし、それが歌の先生だなんて、うれしくって」


「ありがと。私もうれしいな、見てもらえるの。まぁ、楽しみにしててよ。ライブって、どういうものか。身をもって体験してみて。あれはちょっと言葉では言い表せないものだからさ。あと――もし、ライブをになったらどうか、っていうのも考えてみてほしいかな。憧れって、すごい原動力だからさ」


 アピスさんは、そう言って微笑んだ。きっと、彼女にも経験があるのだろう。ライブを見たとき、私がどんな感情を持つのか。それも含めて、明日が楽しみで仕方がなかった。


 ――遠くから、海鳴りが聞こえる。村にいるときは決して聞こえない音。不思議と落ち着くその響きを聞きながら、私はゆっくりと眠りに落ちていった。

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