第013話 出勤

「じゃあそろそろ行ってくるよ」

アルバートは半分の白パンと半分のスープを食べ煎豆茶コーヒーの残りを飲み干すと、そう言って立ち上がりゲストルームに向かった。アルバートは今下着姿のままであり、これから下着を履き替えて服装を整えるのである。


もちろんかつてはこんな事はなかった。ノエルがこの家にメイドとして着任した当初は三階の主人部屋で寝起きしており、階下に降りる時は例え休日でも服装を整えていたし、三階にある専用の洗面台でちゃんと髪をとかし髭も剃っていた。


しかしノエルにはそうした「かっこいい旦那様」であるアルバートより、今のように疲れ果てて自分に甘えてくるアルバートのほうが愛おしく感じもしたりして。


数分後にゲストルームから出てきたアルバートは濃い紺色のスーツに地味なクラバットを巻いていた。胸元につけた小さいメダルもバークロンド伯爵家を示すだけのもので、それもよく見ないと胸ポケットの装飾と間違えそうである。


これはもちろん今日はカラベン地区の説明会があるので、敵愾心を刺激しないようにわざと装飾を排除しているのである。長官だからこそそういう演出は大切なのだ。


「お髭は…」

ノエルはそう聞いたがアルバートはかぶりを振った。


「このほうが多少は同情を誘えるだろうしね」

つまりこれも演出の一部らしい。本当に混じりっ気なしの激務中だけど。


そうして愛する夫はまるで秘書官と護衛官に連行されるように出勤していった。ああ聞きそびれた。次はいつ帰ってくるのかなあ。

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