第011話 蜜月

アルバートはノエルにいざなわれて──すぐ隣ではあるが──食堂に赴き、昨日と同じ椅子に座ってまず朝の煎豆茶コーヒーを飲む。それで一応は覚醒はするのだが、連日の疲労が溜まっているので傍目にはあまり変わらない。


ノエルは一旦調理場に戻りスープの鍋をワークトップに移動させると再びアルバートの近くに寄って傍に立った。これもまた朝の定例行為の準備である。


おもむろにアルバートはノエルの腰を抱きかかえて自分の膝の上に座らせた。そしてノエルの首筋に顔を埋めて深呼吸する。


「……………」

アルバートは元々無口であり、さらにこういう行為をする時は完全に喋らなくなる。しかしそれでもアルバートの愛、または甘えがノエルに強く伝わった。


女性は自分の体香をかがれるのをあまり好まない。香水をつけてたり、或るいはコトに及んでいる時ならともかく、生物である以上は体臭とは無縁ではなく、例え相手が愛おしい夫であってもちょっとイヤなものである。しかしこの真面目で真摯で不器用で無口な夫の、限られた時間内での最大限のスキンシップだと思えばノエルもまんざらではなかった。しかしそんな甘い時間はいつもの通り長くは続かない。


玄関の呼び鈴が鳴った。それと同時に二人はぱっと離れる。呼び鈴を鳴らしたのはリーニキッジ秘書官かロキシボ護衛官か。どちらにしても二人のみならず幾人か居る秘書官や護衛官はその朝の甘い定例行為をなんとなく察している筈で、それを邪魔する野暮を充分承知しているにも関わらず、しかし彼らの職務上の理由により、呼び鈴を鳴らすというマナーに則って若い新婚夫婦の甘い戯れの邪魔をするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る