夏の私と夢幻の空

ロクボシ

夏の私と夢幻の空



 これは、私が経験したホンモノの物語オトギバナシ




 私の名前は夏音レイなつねれいだ。どこにでもいる普通の中学生。今は長いようであっという間な夏休み。その、最後の方、8月の下旬だ。



 私は部活には興味をので帰宅部で、習い事をしているわけでもなければ地元のクラブとかに入って活動をしているというわけでもない。なので特にやることがなくて暇だ、ということでお母さんの実家へ来ている。



 お母さんの実家は、山に囲われた盆地の中にある小さな町の中にある。



 この盆地は少し変わっていて、中央の窪んでいる場所では別になんでもないただの盆地なのだが、町を囲む山の頂上付近はいつもなぜか雲で隠れていて、春夏秋冬どの季節でも、台風が直撃しても、大雪が降っても、何があっても決して山頂の雲がなくなることはない。



 そのことから、地元の小学生の子達から聞いた都市伝説オトギバナシで、

“青と回る塔の絶景”

 という話が昔からあるそうだ。



 そしてその絶景を見ようと山を登った者は、死にたくなるほど辛い困難を受けなければならない。その代わりとして、自分が昔失くした大切な何かと、“青と回る塔”の絶景が手に入るそうだ。そしてその景色は写真に残すことはできない。



 そんな話は聞いたことがなかったのでもう少し詳しく聞いてみると、この町を横切っている川を辿って登っていくと、叶えられるそうだ。どうやらただ単に山を登ればいいわけではないようだ。



 これはなかなかに疲れそうだ。



「青と回る塔……行ってみたいな。」


「え?おねーさん行くの?」


「うん。行ってみようかな。……叶えたいこともあるし」


「何か言った〜?」


「ううん、なんでもないよ。ありがとうね」


「うん!」



 そんなのはただの都市伝説と言えばそれまでだ。当然、ただ自然現象がうまいこと作用してたまたま動かないだけかもしれない。



 だが、山頂付近がいつも雲に隠れているのは本当なので笑って済ますにはもったいない話だ。オトギバナシと言えど、気になるもんは気になるのだ。



 と、いうことで、特にやりたいことがあるわけでもないので明日あたりから行ってみよう。お母さんの実家に、登山用のリュックとかの装備が置いてあったので、それを使う。靴はサイズの合うやつがないので、適当に今履いている運動靴を使うことにする。明日が楽しみだ。




 そこへ行ったら、大切な何かが手に入る。





 私にとって大切な何かって何?友達?お金?それとも、才能?もしかしたらそれ以外の何かかもしれない。だとしたらなんだろう?あ、もしかしたら、




 私の昔失くした大切なもの……




『お兄ちゃん待って〜!追いつけない〜!』


『へへっ俺は待ってやんないぞ〜?』


『え〜お兄ちゃんのいじわる〜!』


『いじわるじゃないも〜ん!』





 私には2歳年上の兄がいた。




 すごく優しくて、かっこよくて、自慢のお兄ちゃんだった。



 小さい時は外で一緒に遊んでくれたり、雷で私が怖がってる時に大丈夫だよって守ってくれたり、風邪になった時は両親の代わりに看病してくれたり。本当に優しかった。




 でも、そんな自慢のお兄ちゃんは私が小学校3年生の時、死んでしまった。




 いや、ただの行方不明、であってほしい。



 私が3年生の時、つまりお兄ちゃんが小学5年生の時。お兄ちゃんは、ここの盆地に、林間学校に来ていた。林間学校で受け入れるための施設があるのだ。登山や川の散策などができるので、私とお兄ちゃんの学校でもここを選んでいた。



 でも、その時の山の散策で、風が吹き下ろして山頂の雲が降りてきたせいで、お兄ちゃんだけ、濃い霧に阻まれてしまった。班のみんなとはぐれてしまい、行方不明となった。レスキュー隊による捜索も虚しく、捜索開始から何ヶ月かした頃、打ち切られてしまった。



 これ以上常に視界が悪い山を捜索し続けるのはレスキュー隊だとしても厳しいのだそうだ。


 その知らせを聞いた時の記憶は、私にはほぼ残っていない。知らせを聞いた所までは鮮明に覚えている。当時お兄ちゃんが大好きだった私はその知らせを今でも一言一句覚えている。




『大変申し訳ございません。捜索の件なのですが、雲の中をこれ以上捜索し続けるのはこちらも危険に晒されてしまうという理由により、打ち切らせていただきます』




 それを聞いた後からは全く記憶がない。当時小3の私でも、言葉の端々と雰囲気から大体の内容は察したのだろう。両親曰く大泣きした後泣き疲れて寝てしまったそうだ。


 それからは、お兄ちゃんがいないという虚しさがしばらく私を襲った。

 部屋を見てもいない。校庭を見てもいない。いつも家族でご飯を食べる部屋にもいない。





 もう、どこにもいない。





 ブラコンという人もいるかもしれないが、お兄ちゃんがいなくなったというのは本当に当時の私にとっては辛いことだった。



 5年生の廊下を通っても、誰かと話して笑う姿は見えない。5年1組を覗くと、たくさんある席の中に1つだけ机の上に教科書が山積みにされていた。同じ家族だからと、お兄ちゃんの荷物と私の荷物を合わせて、何日かかけて持ち帰った。持ち帰る度、何か寂しさを感じていつも泣いてしまっていた。



 それから何年も経ち、私は中学2年生になった。



 勉強は一層難しくなり、夏休みが近くなると周りのみんなは、何日に何部の大会があるとか、自分の部活のなんて先輩がかっこいいとか、そういう話をよくするようになった。私は無所属なので、そういう話には入れないためずっと本を読んでいた。



 小学4年とかその頃にはさすがに喪失感とかは無くなっていたが、外で遊ぶこととかは減った。まあ中学に上がったら塾にも通いだしたのでそもそも遊ぶ時間というのが減ったのだが、友達とチャットや通話をしたりソシャゲをしたりとかはしていた。



 まあ、友達とどこか出かける、と言うのはほとんど無くなったが。そして、夏休み。今に繋がる。





「おはよー」


「おはよう。朝ご飯は作ってあるから食べちゃいな」


「はーい」



 はぁ。久しぶりに夢で泣いてしまった。枕が湿っていた。私の顔自体も涙が流れた跡が残っていた。もうお兄ちゃんがいなくても一人で寝れるようになったと思ったんだけどなあ。実際に行動できていても心は違うみたいだ。




「あ、ちょっと、やばいなこれ」



 そんなことを頭の中で考えていたらまた泣きそうになってしまった。なんか恥ずかしくなったし寝てた部屋に持ってって食べてしまおう。



「……っ」



 なんでこうも考えないようにしても小さい時の想い出が浮かんでくるんだろう。公園で一緒にかくれんぼとか鬼ごっことかををしたり、お母さんの家事を二人で手伝ったり、お父さんにたかいたかいをしてもらった、り……。あとは、えっと……えっと……



 思い出そうとしても思い出せない。頭が強制的に思い出させないようにしているのかもしれない。



 食べ始める頃にはすでに朝ご飯はだいぶ冷めていた。白米だけはなぜかいつもより甘い味がした。



 それから食休みを取って、しっかり準備をして、私は川が下る山の麓へ来た。



「……来てしまった」




 私は盆地の1番高い山、その麓に来ていた。近くにある川は、不思議といつもより陽の光を反射して白く輝いている。



 アウトドア好きのお父さんから借りたリュックに軽めのご飯と飲み水を入れてきた。登山で一泊するとかではないので寝袋やテントはない。ご飯は適当な場所で適当に食べる。



「行こう」



 そう呟いて山を登り始めた。



 山は自分の想像よりも険しく、時々手を支えにして登る必要まであった。



 最初は川の音が大きく聞こえ、土の地面に木々が生い茂っていたが、次第に土の地面は減り、木の密度も少しだけ低くなった。恐らく岩の地面が増えたからだろう。



 登山靴は、あるはあるがやっぱり履けなかった。成人男性であるお父さんと女子中学生である私とのサイズなんて合うはずもないので体育の時に使う運動靴を履いてきた。



 運動用とはいえ登山専用のものと比べると流石に劣るのか、時々滑る。一応私の住む家には家族でキャンプしたりするように私の足に合うサイズの登山靴があるのだが、山に登るなんて用事はなかったので持ってきていない。



 しばらく木を掴み枝を掻い潜り登っていくと、少し開けた場所に出た。そこで私は昼食を取ることにした。



 レジャーシートを広げリュックを置き、靴を脱いで座る。ファスナーを開きお弁当を手に取ると、蓋を開けた。



 中に入っていたのはおにぎり2つと唐揚げにミニトマトだった。よくわからない変なものは入っていなかったので安心した。



 まず手を拭いてからおにぎりを食べ始める。2つのうち一つは中に鮭が入っていて、一つは海苔のふりかけが混ぜてあった。しっかり私好みのものが入っていて、さすがは私のお母さんといったところだ。



 鮭の方は、いい感じに塩が効いていてご飯とよく合っている。多分たまに夜ご飯で出される鮭の切り身の塩焼きをバラして混ぜている。海苔のふりかけの方も、ご飯と混ざっているために食べやすくて美味しい。



 そんな感じで見てる人もいないのに勝手に頭の中で食レポしながらお弁当の昼食を終えた。



 山登りの続きだ。お弁当箱をリュックに突っ込んでレジャーシートも畳んで入れて、またリュックを背負い山道を登り始める。



 だんだん獣道っぽくなっていく道をしばらく歩いたら、適当な石に座って水を飲む。そして補給が終わったらまた歩く。



 またしばらくすると、ついに目の前に白い雲が見え始めた。その雲は私達が盆地の中から遠目に見ているよりずっと白っぽくて、まるで雪のようだ。



 私は足元に気をつけながら、さっきより速度を落としてゆっくり歩き始めた。



 周囲の視界が利くのは私を中心に直径2メートルくらいで、もちろん最悪。雲の中にいるので当然と言えば当然だが。ここはまだ木が残っているので、枝を掴み登山道のロープを辿り進む。山に登るのは本当に久々で、少し息も切れ始めていた。



 近くに平たい座りやすそうな石があったので、


「疲れたし座ろ」


 そう呟いて石に座った。



「うわっ!?」



「うっ!」


 座った直後、石から強い風が吹き上がって強制的に立ち上げさせられ、勢いでそのまま前に倒れ込んだ。


 そこで私は、「オトギバナシは本当だった」ということを悟った。ただの石から風が噴き出すなんてありえない。



 重い水が入ったリュックが背中にのしかかり、顔が地面に打ち付けられる。



 幸い倒れたのは草のある所だったので大怪我はせずに済んだ。でも、10センチくらい右を見ると、ゴツゴツした石が何個もある場所があった。あと少しずれると顔が傷だらけになっていた。



 しかしそんな私を残念がるように、低い風の音が私の耳を吹き付けた。



「……帰ろうかな」



 ロープを伝って降りよう。



「ひゃっ!?」


「うぐっ!」



 すると、また一瞬だけ強い風が吹きつけて私を後ろに転ばせた。リュックがクッションになって頭を打ちつけることはなかったが、今度は代わりにお弁当箱の角が背中に来ていて一瞬鈍い痛みが走った。



 ヨロヨロしながら立ち上がり、私は“”ということを知った。疲れても座ってはいけない。戻ってはいけない。



 私はただ単純に、“辛い”と感じた。こんなことになるなら来る前に体力作りでもしておくんだった。体育の授業で多少は体力はあるものの、あまり家から出ないのは変わらないし、今回の山は進めば進むほどちょっとずつ険しくなっていく。



 息を切らしながら普通の速さくらいで山を登る。



 こんなに登山ってキツかったっけ?



 なんでこんな山に登ったの?



 そもそも本当に願い再会は叶えられるの?



 どんどん頭の中がマイナス思考で埋まっていく。そしてそれに反比例してプラス思考はどこかへ消えていく。家族お兄ちゃんとまた会うためにという強い想いは少しずつマイナスの風で色褪いろあせていく。



 そのうちたまに来るとてつもなく強い自己嫌悪の言葉すら浮かんできた。




 私がいることで何かこの世が変わるの?



 私が他の人より優れてることは?思いつかない。



 私はなんデこんナ世界にいるノ?



 どこカ静かなところデ消えたイ



 死ンデシマイタイ




 でも私は山を登るのをやめない。いや、やめさせてくれない。どうしてか?疲れても休めないから。



 座ろうとしたら吹き飛ばされ、戻ろうとしても戻してくれない。



 本当は都市伝説なんてものは嘘で、本当は嵐でも来ていて、そのせいでこうなっているんじゃないか?そう思ってスマホを開いて天気予報を開いても、快晴とのこと。



 しかもしばらくして圏外になって電源が勝手に切れた。そもそも本当に嵐とか台風とかが来ているのならば、私は暴風雨の中。無数の雨粒がものすごい勢いで私の体を打ちつけていただろう。



 スマホを持つ手が震える。



 どうやら天気予報は間違っていたようだ。



 私の近くだけ雨が降ってる。



 見て。スマホの画面が濡れてる。



 すぐにその余計な考えを切り捨ててスマホをリュックの中に突っ込んだ。また少しずつ歩き出した。



 足が痛い。



 例えるなら、体育の授業の持久走で走り続けたような。いつまで走っても同じ景色が見えるあの感じ。



 雪の中のような真っ白の視界は、グラウンドで走っているよりも変わり映えのしない、地味なものだ。



 そんな感じでどれだけ歩いたかわからないくらい私は歩き続けた。



 ちょっとずつ慣れてきて、痛みは変わらないが目が慣れて歩きやすくなった。だが、雲の色は少しずつ黒色になっていく。



 すると今度は慣れた目も意味がなくなるので、スマホのライトを起動する。そうしないと突き立てられた柱に結ばれた登山ロープすら見えなくなる。



 私はしばらく歩き続けた。



 黒の強い雨雲のような色だった雲の色がだんだん明るい灰色に、そして白色になった。



 少しずつ、マイナス思考が減っていく。でも、プラス思考は反比例しない。するものではないだろう。



 でも、歩くごとに、一歩踏み出すごとに、少しずつ増えていく。だんだん気持ちが明るくなってきた。



 そして少しずつ視界が晴れてきて、ゴツゴツした岩も減って草しか無くなった。雪の雲しか見えない視界はだんだん遠くが見えるようになっていく。



 ついに視界が晴れて、広い場所に出た。明るい光が降り注ぎ、目を少し細める。少しずつ見れるようになってきた。明るい世界に目を向ける。そこに広がっていたのは、“青と回る塔の絶景”だった。



 空は息を呑むような美しい蒼空で、その彼方にあるであろう星々がかすかに見えた。不思議なことに天の川も見える。



 頂上の地面は一面黄緑色の草の草原で、白い砂の道が遠くまで伸びている。そして周りの雲は、盆地から見ると少ししかなかったが、ここで見るとどこまでも広がる白い雲海となっていた。



 草原には、ところどころ、見渡せる範囲では3つだけ、明るい灰色の石でできている、崩壊した遺跡のような建物が建っている。



 1番近くにあるその遺跡に近づいて壁を見てみると、いわゆるレリーフ?という石を削って描く絵のようなものが刻まれているのがわかる。そのレリーフは、この雲海と草原を映しているものと、おもちゃのような四つ羽の風車が刻まれていた。



 そして、「“青と回る塔の絶景”」は、草原と雲海と遺跡だけではなかった。雲海や山から、何基も何基も風力発電の風車が立っていて、その巨大な三枚羽のプロペラをゆっくり回していた。



 回る塔とは何かと気になっていたのだが、どうやらそれは風力発電機だったようだ。


 よく見ると少しだけ白色に輝いていて、そこの周りだけ少し空の色が明るくなっている。



 それに、白い半透明の魚のようなものが何十匹も北の方へ空を泳いでいた。その魚のようなものは一体なんなのか、それは見るだけではわからない。




 この世界の様子は、まとめて一言で言うなら、『異世界』だろう。



 もう見れないであろう景色はとても綺麗で。蒼空も風車も草原も雲海も、言葉で表現しがたい綺麗さがあるのだ。



 私はしばらくその絶景を目に焼き付けようと、ただずっと眺めていた。




 目から涙が溢れてくる。でも、さっきとはまるで違う。



 ここに登ってよかった


 本当に綺麗


 ずっと見ていたい。





 いつの間にか私の右手には薄く輝くおもちゃの風車が握られていた。




 さっきの遺跡のレリーフにあったような、四つ羽のものだ。その風車は少し風が当たっただけでとてもよく回る。なぜかその風車は少しだけ白く輝いていて、回るたびに風鈴のような音が鳴る。





 なんとなく、その風車を高く掲げる。

 するととても強い風が吹いて、私の視界は白い光に包まれた。




「おい、レイ」(??


「レイ?」(??


「……ん?」(レイ


「レイ?まさか忘れたなんて言わないよな?」(??


「……え?」(レイ


「おい?まさか忘れたのか?」(??


「……」(レイ


「なんで泣いてるんだ?」(??


「うわぁぁぁんおにいいいちゃーーん!!!!」(レイ


「おうどうしたどうした?」(レイの兄


「どうしたじゃないよ!!林間学校の時からは何してたの!?」(レイ


「どこかも全くわからんからずっとサバイバル生活みたいなのしてた。色々あって面白かったぞ」(レイの兄


「私は全然面白そうに感じない!お兄ちゃんのそんな傷だらけでボロボロの姿なんか見たくない!」(レイ


「ありがとうな。心配してくれて」(レイの兄


「どれだけ心配したと思ってるの!?お兄ちゃんが死んでたりしないかとか、本当にすごい怖かったんだよ!」(レイ


「よしよし、レイはよく長い間頑張ったな。もうお兄ちゃんはここにいるんだぞ」(レイの兄


「もう!ほんっとうにお兄ちゃんのバカ!」(レイ


「まったく。中学生になってもそういう口調は変わらないんだな」(レイの兄


「あーもう!なんでそんな状態でバカにするのぉ!」(レイ


「はいはいわかったわかった。んで俺はどうすればいいんだ?」(レイの兄


「とりあえず病院とか行くから山降りる!絶対に手離さないでね!」(レイ


「わかった。降りればいいんだな?」(レイの兄


「そうだよ!今度はぜっっったいに私の手を離さないでね!」(レイ


「そうだな。もう面白かったからといってもあんなサバイバル生活はやりたくないな」(レイの兄






「なんで面白かったのに嫌かって、今の俺にはもう、家族と、何より夏音レイ何よりも愛する妹がいるからな」(レイの兄






 それから私は、お兄ちゃんの腕をしっかり握りながらゆっくり来た道を戻っていった。



 行く時は辛かったけど、帰る時は通り道だけ雲が晴れて、ゆっくり降りることができた。そして雲のある山を降り、両親のいる家に戻った。



 当然両親はとても驚き、泣いていた。流石のお兄ちゃんも少しきたようで、お兄ちゃんも泣いていた。



 それからが忙しくて、警察にお兄ちゃんが見つかったことを連絡したり、病院で怪我を診てもらってと、大変だった。



 ニュースの報道陣も来て、そこで、しっかり私はあの世で再会したわけじゃないことを知った。



 私は、『自分のお兄さんと再会した気持ちを教えてください』という質問に、こう答えた。



「もう再会した時は、嬉しすぎて、『勝手にいなくなんないでよ、お兄ちゃんのバカ!』って言って泣いてしまいました。そして、“青と回る塔の絶景”が本当なんだということも知りました」




 お兄ちゃんにも、『自分の妹さんと再会した気持ちを教えてください』と質問していた。



「そうですね……最愛の妹は、やっぱり昔と変わってなくて、とても安心しました。行方不明になっていた間にしていたサバイバル生活はもう、レイを一人にはできないのでやりたくないですね」




 そして時は流れ、八月に入った。




「母さん、父さん、連れて来てくれてありがと」



「全然大丈夫よ。伊馬いまが帰ってきたんだもの」



「そうだ。お前が帰ってきたんだから、これくらいどうってことない」



 私達家族4人は、お兄ちゃんが見つかった盆地で開かれる夏祭り『盛夏祭せいかさい』に昼間から来ていた。



 4日間に渡って開かれるこの祭りはとても大規模で、町中全体が祭り会場のようになるほどだ。そのため毎年とても賑わい、県内外から大勢の客が来る。


 宿屋やホテルはどの店もキャンセル待ち、駅には臨時の列車が走る。



 さらに最後の2日、そのうち1日目は吹奏楽部のマーチングがある。そして4日目、それと三日目は山車や神輿の行列が町中を通る。



 やりすぎといってもいいほどのこの『盛夏祭』はまさに日本一の夏祭りだろう。



 そんな夏祭りを全力で我々家族は楽しんでいた。屋台を周り、山車や神輿を見て、会話を楽しんで、そして、あっという間に夕暮れとなった。夜は、これまた大規模な花火大会が4日間開かれる。



 花火が何百発も打ち上がる。



 火の花が空に咲き、一瞬で消えていく。大きな一輪の花もあれば、小さなたくさんの花をつけるものもある。



 両親は、2人で久々のデートを楽しむそうだ。何かあったらすぐに連絡するので大丈夫。犯罪なんか人が多すぎてそもそもできないので心配はない。



 そして、私とお兄ちゃんは人が少ない川沿いに行ってふたりで話していた。大きな花火が開くたびに、体にその大きな音が響く。そんな花火たちを眺めながら、私は言う。




伊馬お兄ちゃん。これからも、よろしくね」



 そしてお兄ちゃんも答える。



「もちろん。こちらこそ、よろしくな」




 その次の日、私たち夏音兄妹は、実に5年振りに外で一緒に遊んだ。あの川の河川敷に二人で歩いていく。



 あの川は山を下ると割とすぐ川幅が広くなるので、中流域でもそこそこ広い遊び場が作れるため、河川敷にはところどころ海の家ならぬ川の家がある。



 盛夏祭は4日間しか開催されないが、実はその後も、有志によって屋台を開き祭りを開くことがこの町によって許されている。



 なので、この川の近くでも屋台が数個やっていて、その影響で川の家を使う人は割といるようだ。私たちもそこで、持ってきた水着に着替えて更衣室を飛び出す。



「おーい遅いぞ〜!」


「ちょっとは待ってよ!」



 もちろんお兄ちゃんが帰って来てくれたことはとても嬉しいが、帰って数日もした

 らこれである。全くブレない人だ。こういうところだけは変わらないもんだから困

 る。



 川は水難事故の起こったりする場所なので、しっかりライフジャケットを装着する。



「もうこんなの要らないだろ。俺もレイも泳げないわけじゃないし」


「今度こそ本当にいなくなっちゃったら私自殺しちゃうかもよ?」


「ずいぶん愛が重いこと。こんなに愛されて幸せだな」


「それくらいまた会えたのが嬉しかったの!今度はいなくならないでよ?」


「はいはい。俺だけじゃなくてレイまで死なれたら困るから着けるよ」


「それでよし」


「着けた途端なんなんだ」


「ちゃんとお兄ちゃんのこと考えて言ってるからね?」


「人はそういうやつのことを『ブラコン』って言うらしいぞ」


「なっ!?」


「ほら、やっぱそうじゃん」


「んなことないしっ!」



 そんな私たちのやりとりを周囲は温かい目で見守る。



 正直なんか恥ずかしくなってきたのでここまでにして、早速川で遊び始める。



 せっかくなのでシュノーケルとゴーグルもつけて、。流されてもライフジャケットで浮くので安心だ。



 ゴーグルをしっかりはめて、シュノーケルも加えて、海みたいな格好で川の中を見る。



 思いの外綺麗で、しっかり川の底の丸い石も見えた。魚もそこそこいる。大きいやつから小さいやつまで、様々だ。お兄ちゃんは、河岸の方でたまたま遭遇した友達と遊んでいるみたいだ。めちゃくちゃ話し声が聞こえてくる。



 川底には大小色々な石が敷き詰められている。大きな赤っぽい石とか、小さい灰色の石とか。不思議なことに、底にある石にはあの絶景にあった遺跡のような石もあった。その石にもレリーフがあって、文字も刻まれていた。水の中だが、はっきり読み取れる。




『今度は、失わないように』




 そしてレリーフは、私があの四つ羽風車を上にかざしている物だった。まるで、わたしをずっと空から見下ろしていたようだった。



 もしかしたら、この石も私が山に登らなかったらなかったかもしれない。本当にあのオトギバナシはあったんだ、本当に再会できたんだ、ということを改めて実感した。



 あの景色は本当に絶景だった。だが、もう見たくない。



 もうあんな思いをしてまで叶えたいと思うような強い願いは、私にはない。



 それにたとえ強い願いがあったとして、また行ったら登る途中で、今度は本当に死んでしまうような気がする。お兄ちゃんは帰ってきてくれて私を安心させてくれたけど、今度は私が二度と会えないのにいなくなってしまったら、今度こそ本当にまずいし。まだこんな年では死にたくない。



 またしばらく水の中を観察しよう。


「……うわぁぁぁぁぁぁああ!!!」


「う、うっっぐ、ゲホッ!!」


「!?おい!レイ!」


「たすけ……ゲホッ!」



 流されてしまった。



 一応浮いたままだけど、いきなりで呼吸が安定しない。水底の渦に巻き込まれて水の中に一瞬潜ってしまった。



 シュノーケルのパイプを通って、水の力で剥がされたゴーグルにできることはなく、口と鼻から水が大量に入り込んできた。


 そんなことを悠長に考えてるうちも咳がひどい。急いでゴーグルを付け直して……。



 え?



「レイ!大丈夫か!?」


「……お兄ちゃん!?」


「なんであんな川のど真ん中に行くんだよ!危ないだろ!」


「いや……ライフジャケット着けてるから大丈夫かなって」


「安全を第一に俺に着けさせた奴が安全無視して中央に行くな!」


「あはは……ごめん」


 お兄ちゃんに助けられた。まだちょっと喉が痛くて咳がする。でも少し休めば大丈夫。



「って、なんでお姫様抱っこしてんの!?」



「被害者は大人しくしてような」


「っ!ちょっと!ゲホッ」


「ほら咳もあるんだから」


「〜〜〜!あとで覚えておくことね!」


「はいはーい。わかりましたよお嬢様」



 本当に、ほんっっとうに困るお兄ちゃんだ。それでも助けてくれたことはとても助かったし嬉しかった。




 やっぱりお兄ちゃんは、すごくかっこよくて優しい、私の自慢のお兄ちゃんだ。




「はい。ここで休んどけ」


「…………ありがとね!」


「どういたしまして」


「じゃあ俺は戻るからな」


「中学生になってちょっとは良くなったと思ったが、やっぱりまだまだ俺がいないと

 ダメだな」



 そう言い残してお兄ちゃんはまた友達の元へ行ってしまった。







「そういえば、最後にゴーグルを付けて見た水の中に、白い半透明の、あの星の海で見た魚が1匹だけいたなあ。

 あと、あの四つ羽風車とおんなじおもちゃの風車もあった。

 そうだ。

 オトギバナシを聞いたあたりから、物語みたいな感じで、ここまでのことを全部ノートにまとめよう」



 タイトルは……そうだなあ



 あ、思いついた



 <夏の私と夢幻の空 —雲幻うんげんの山と引き剥がされた二人—>

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