第10話 危険なのは内部だったってことらしい
橋津がついてきて、テントに着いた。
「………………ホントに一緒に寝るのか?新しいテント作っちゃダメ?」
「…………そしたら、柚右がいる方のテントで寝る」
「なんでそんなに執着する事があんの…?まぁいいや。入れ入れ」
「…ん。お邪魔します」
テントの中は火のついたランプでぼんやりと明るい。
「ああ、腹減ったな。明日は食糧問題を解決しないと」
そういえば朝から食ってない。腹も減るわけだ。
「んっ」
ことある度に橋津は嬉しそうな顔をする。何がそんなに嬉しいんだか…。
「もう寝るつもりだけど、それでいいよな?みんなに言い忘れたけど、明日は結構忙しいからさ。やっべ、言っとくべきだったかな…というか残りの奴らも少しは心配だし…」
「柚右、優しい」
………。そうか…??
「そこまでだろ、本当に優しい奴なら全員見捨ててないよ」
「……むぅ」
「もう寝るぞ。灯り消すけど、いいよな?」
返事を待たずに消す。別にもう高校生だし、暗くて寝れない、なんてことは――――
ぎゅっ。
当然ながら外側を向いて橋津から離れて寝ようとした俺の背中に、柔らかい感触。抱きつかれた!?
「はっ、橋津?ちょっ、」
声が裏返る。なんとでも言え!俺はチキンなんだよ!
「……」
橋津は黙りこくっている。そして俺の心臓はもう既に壊れて無くなっている!と錯覚するくらいにばっくばく鳴っている。
き、聞こえるな…橋津に聞かれるのはなんか嫌だ。恥ずすぎて死ぬ。
「ちょ、ちょ〜っと離れね?ち、近いって…。な?」
「嫌なら、振りほどいて」
っ。なんつー奴だ…。これ、振りほどかれないと確信して言ってるな…。
すぅ。ふ〜〜。一旦落ち着こう。無理だけど。
深呼吸をしたせいか、ざわついていた感情に収拾がつき、とく、とく、と橋津の心音が.........って、うがぁぁぁ!!
首をブンブン横に振り、煩悩を退散させようと試みる。
「橋津?離れろって…な?このままだと….........えっと…」
ふぅっ。
ぞくぞくっ。
「ひゃっ」
耳元で息を吹きかけられた…!!俺、ASMRが大好きだったから毎日聞いてたけど本物がこんなにヤバいなんて聞いてないぞ!?ぶっちゃけ比べ物にならんレベル。
「このままだと、どうなるの?」
ぞくぞくっ。
耳元で囁かれると…こそばゆくて…
「ま、まずその耳元で喋るのやめない?」
「これ、だめだった?」
「ひっ、い、いや、だめとかじゃなくて…そ、その…えっと…」
『話術』どこ行ったんだよ!帰ってこいよマジで!!異世界来て1番困ってるんだけど!!
「…心細いから…こうして寝させて、欲しい」
目が覚める、ような感覚を覚えた。青天の霹靂って言うのかな、これ。….........そりゃそうだ。俺が前向きに異世界で生き抜こうとする思考回路になれているだけで、地球での生活を想って心細くなったりする人だっているんだ…。何を今更…と思うかもしてないが、これまでそう思ってこなかったんだ、仕方ないと割り切って改善していくしかない。
「わ、悪かった。お前の気持ちに気づけなくて…」
振り返りながら謝ろうとすると――――。
「やっと、こっち向いてくれた」
――――――――唇に、柔らかいものが、触れた。
……!?!?何だ、これ、えっと、唇…?だ、誰の…って、橋津しかいない…っ!!
き、キス……された、のか?
「んっ、ふぅ」
灯りを消したテントの中は当然ぼんやりと薄暗く、異世界ならではの星と月(恐らく)の明るさしかないからか、同じくぼんやりとしか見えないはずの橋津の表情は、はっきりと見えなくても分かるほどに、妖艶に感じられた。
「えっ、はっ、?は、橋津…何を……?」
『話術』って俺持ってなかったのかなぁ!?おっかしいなぁもう!!こういう時に1番欲しいんだけどさぁ!?
パニクってて何一つとしてまともな思考が出来ないんだけど!?
心細いってのも演出か!?そうなのか!?
「もう一回…する?」
「い、いいです…」
「んっ」
「んっ!?んっ、っぷはっ」
ちゅっ、んっ、んちゅっ。
視界と思考がぼんやりとしてきて、俺は……
――お母さん、それでも本物は違ぇわ…。
ある時、母親に言われたことを、思い出していた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
◇◇
母は、言った。
「キスしたら唇に柔らかい感触、って当たり前やん、そんなん自分の唇触ったら分かるやろ?」
と。
母は、言った。
「キスの味は甘い?何言ってんの、唾液の味に決まってるやん」
と。
確かに、と思っていた。その時の、俺は。
彼女を作る気は更々無かった。結婚するつもりも、無かった。
親戚の集まりで祖母が「あんたの子供を見るまで死ねん」と言った時でさえ、
――じゃあ、ばぁばは死なないね、 と、返した。
嫌いだった訳では無いよ?ラノベによくある、女性恐怖症、じゃない。
だけど、好きではなかった。
この際ぶっちゃけると、現実の女子は、「ぎゃははは」と笑うイメージがあって、変な話ばっかりして、裏で集まって陰口叩いてると思っていた。別に男子だって馬鹿みたいな話はするのに。
二次元の女子は、お淑やかなタイプに限って、同級生に敬語を使ったり、彼氏に敬語を使ったり、「〜なのだけれど」とか、絶対使わないような言い回しをするキャラクターが多かった。それを見る度、俺は萎えたものだった。
まぁ、二次元に、現実を求めるつもりはそこまでない。むしろ、現実に興味が無い分二次元は現実逃避するにあたって最適な、心地の良い自分の世界だった。
確かに、橋津は、可愛い。容姿が整っているのはもちろんのこと、話し方も刺さる奴には刺さるだろうし。
キスされて、惚れるって、なんか…かっこ悪い気がして、自分でそれを否定しようとしてる。
初めてのキスは――
――――柔らかくて、甘くて、とにかく幸せだったのだから。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
◇
「.........……っは」
意識がある程度まで覚醒した。
「橋津、は、離れてくれ……というか、別のテント行くわ、俺……」
このままだと、俺が俺じゃなくなる気がして、それが凄く、嫌だった。
経緯はさておき、橋津は何故か、俺を好いてくれてる、みたいだ。これで違ったら恥ずかしさで100回死ねる。
よくあるよね、現実でも二次元でも。小学生の時とかに噂を信じて告って振られたりとかってさ。胸が苦しくなるわ…。
好いてくれてる、だからこそ、理性を失った自分を見られたくなかった。現状、お互い顔を合わせて抱きしめられてるから、柔らかさとか、ふわっと香る匂いとか、そういうので流されてしまいそうで.........。
シャンプーも無いはずなのに何でいい匂いがするんだろう、と考えたところで、
あ、俺.........体拭いてすらないじゃん。
汗をかいたままなのに、抱きしめられている、ということに気づいて、俺は更に別の汗が出るのを感じた。
「はっ、橋津っ!ごめん、俺、汗、拭いてなくて!臭い、よなっ、ごめんな?は、離れるからっ」
もうスキルうんぬん関係無しに、話術がない。
テンパっているから、仕方ないじゃんか。
「……?柚右は、いい匂い」
「い、いや、汗、かいてるから!」
「好き」
「っっ!?」
「柚右のこと、大好き」
「え?はっ?ん、んなバカな……」
「信じられない?」
「ひ、ひとまず離れて……いたたまれない、からっ」
強引に、外に出ようとすると、
視界が回転する。押し倒、された?
橋津に馬乗りにされて、身動きが取れない.........。
見事としか言いようがない。体重も、非力とは言え筋肉量も、そしてステータスでも勝っているはずなんだ。それでも、押し倒されたということは――
「『魅惑の所作』、すっご」
……パッシブスキル、か。
と、考察する暇なんてない。とにかく、ここから離れてテントを作らないといけないんだ。
「お、おい橋津…。ど、どいてくれ」
「いつから好きなの、って聞きたいの?」
「え、あ、ああ。そうだ、な」
「んっ。この世界に来てから柚右が皆の前で話し始めた時」
ん???どこに惚れる要素があった??いやないな。ないよな?
「え、いや、そんなことで……」
「…………恥ずかしい」
「そんなの、吊り橋効果だ。こんな状況だから心に余裕がなくて、それでそう思ってるだけだって。だって……そうじゃないと……俺のことがす、好きになる、なんて有り、得ないだろ」
「ねえ」
「うおっ」
橋津の顔がすぐそこまで近づいてくる。馬乗りでただでさえ距離が近いって言うのに、これ以上近づかれてる本気で困るだけなんだ.........。
「なんで、私が好きって言ってるのに、否定するの?」
「え、いや、そんなつもりじゃ」
「好き。好き。好き。」
押し倒され、上から見上げる橋津の顔は、少しむっとしていて、怒っているのが感じられた。少しむっとした彼女の表情は、背景のぼんやり白く光る月と相まって、言葉に表せないほど綺麗に映って――――。
「お仕置き」
異世界に来たその日。俺は――――――
「えっ、お仕置き?……アッ」
――同級生の女子に、食べられた.........。
◇
(……いね)
(すごいね)
(……聞こえてるの?)
(今反応してたよ)
(何してるんだろうね〜。楽しそうだね〜。)
(あの子に伝えてあげてるの?)
(うん。ばっちりだよ)
(私もこの子と…………)
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