5月19日 11:48 グラウンド

 後半開始とともに、3年側のバランスの悪さが改善された。


 陸平が後ろ側にいることで数的不利が解消され、相手のポゼッションに対する反応が良くなる。


 ただし、そこからの攻め手はまだ改善とまでは行かない。相手のギャップを突きたいところであるが、2年側の中央は非常に密度が高い。後半からやや下げたこともあって、瑞江といえども突破するのは簡単ではない。



 更にもう一つ。


「洋典! もう少し左! 功志郎は動くな!」


 GKの水田がこまめにポジションを動かしつつ、3バックを中心に指示を出し続けている。


 これには後田も目を丸くしている。


「水田が自陣側全体の守備に指示を出すようになってきたな」

「……前半はそうでもなかったよな?」


 陽人は首を傾げる。


 前半にはこうした挙動はなかったように思える。瑞江が入ってきたから、するようになったのか。あるいはプレー中に何かが見えるようになったのか。


「これが続くと中々面白いことになりそうだな」

「3年側コーチとしては面白くないけどね」


 後田の言葉に「確かに」と苦笑する。



 15分までは一進一退。


 ここで後田が思い切った交代に出る。


 芦ケ原に替えて戸狩は当然だろうが、更に石狩に替えて道明寺、久村に替えて曽根本を投入する。


 園口も前にあげることで、中盤より前の技巧派の人数を増やした。


(このあたりから2年中央は疲れが出て来るだろうから)


 そこに一気に総攻撃ということなのだろう。


(2年にもう1人、優秀なバックアッパーがいれば、この手は使えないんだろうけれど)


 まずは聖恵が厳しくなってきた。


 そこを戸狩と瑞江が突いてワンツーで抜け、神津と神沢が対応しようとしたところで園口が前に抜け、そこにスルーパスが出る。これは水田が1対1を防いだものの、そこから稲城も交えて裏を狙う動きが増えて、鈴原、園口、瑞江、道明寺といったあたりが狙う。


 中央を意識したところで。


「あっ!」


 右サイドの立神が斜めに入ってきたところに園口からスルーパスが出た。そのまま決めて1点を返す。



 ここで2年側は戎と聖恵に替えて、田中と栗畑が出て来る。


 動きの質や個人能力では劣る2人であるが、なすべきことははっきりしている。残り20分ちょっとに全力を出し尽くすということだ。


 ひたすらフルパワーで走り、カバーしようとするが、これまでのような奔放さの中に決まり事があるという変幻自在の中央はなくなった。


 そのため、鈴原や園口がトラップをして前を確認する時間も出来て来る。



 終盤の布陣:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093091700938944



 2年は更に下がって対応することになるが、ここからが強い。


「うわっ!」


 瑞江が神沢に当たられて吹っ飛んだ。


 僅かなズレで半歩余分な動きがあると、3バックがものすごい勢いで詰めてくる。


「ファウル辞さず、って感じだな」

「ファウルになっても、コーナーよりちょっとヤバいくらいの認識だろうから、な」


 仮にPKを取られても、水田なら止めてくれる可能性が大いにある。


 だから、自陣ペナルティエリア内でも思い切ったプレーができる。迷いや不安がない分、かえってプレーが鋭くなり、結果としてファウルにならない範囲で止めている。



 それでも、そこは瑞江と戸狩である。


 33分に、狭いエリアのパス回しから瑞江が完璧なトラップで神沢をかわしてシュートを撃って2点目を奪った。


 41分には瑞江が末松の股を抜くパスを戸狩に通して、ついに同点に追いつく。



 更に44分。


 2年側エリアを受け持つ高梨が笛を吹いた。


 立神のクロスに対して、エリア内で神田が手で止めたという判定。PKである。


「いやいや、手に当たったけど手がなくても体に当たっていますよ!」


 という神田の抗議の通り、手は体の前にあるように見え、偶々当たっただけとも見えた。


「ただ、PKでないとも言えないから、主審の判定が優先だろう」


 陽人がピッチの中に向かってそう説明する。


 その思いがあるのはもちろん、陽人としては水田と立神のPK対決を見てみたいという思いもあった。


 水田は超速の反応を見せるが、立神のキック力は図抜けている。


 他の面々より多少コースが甘くても、立神なら決められるのではないか。


 もちろん、キッカーを決めるのは陽人ではないが、ここは立神が出て来るだろうと思ったし、事実立神がスポットに立った。高梨からボールを受け取り、セットして数歩下がり、ゴールから背中を向ける。



 立神が助走して右足を振り抜いた。


 水田は飛ばないし、キック音もしない。


 ボールはチョンと横に出された。そこにまっしぐらに突っ込んでくるのは曽根本である。水田が曽根本との距離を詰めようとするが、その曽根本は反対サイドに浮き球をあげた。


 そこに篠倉が飛び込んできて、ヘディングでネットに突き刺す。


「うわー、PKからトリックプレーか……」


 まさかの展開での逆転だが、今度は神田が曽根本を指さして抗議する。


「今、立神さんが蹴る前に曽根本さんがエリア内に入っていましたよ! 蹴り直しですよ! VAR! VAR!」


 触発されたのか、何人かがVARと言いながら、ジェスチャーを示している。



「陽人、正直英司の方を全く見ていなかったが、どう見えた?」


 後田が苦笑交じりに聞いてきた。


「分からん。俺も全く想像外だったし」


 陽人と後田がそうなのである。高梨も明らかに見ていなさそうだ。彼女はあくまでマネージャーなので、さすがにPKでのトリックプレーを想定していなかっただろうし、エリアへの侵入を細かく見てはいなかっただろう。


「辻君が撮っているかどうか」


 陽人は辻佳彰のところまで走って、確認してみるが、その辻も苦笑いだった。


「いや、立神さんと水田の勝負だろうと思っていましたので」


 蹴る瞬間の曽根本は映っていない。



 誰も分からない以上、これまた主審の判定が優先だろう。その主審が見ていなかったとしても。


「結果はどうあれ、お互いの良い部分と課題の部分が分かったという点で意味のある紅白戦だったと思う。まあ、最後のプレーはさすがに予想外だったから、そのうち似たような機会は設けるよ」


 そう言って神田を宥めて、午前の紅白戦は終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る