5月19日 19:12 北日本短大付属高校周辺

 宮城県・北日本短大付属高校。


 サッカー部の練習場はここ一週間ほど静かな雰囲気で練習している。


 鳴り響くのは鈴の音と、プレーしている数人の声。指示を出す声のみである。



 練習場に入ると、一様に違和感を覚えるだろう。


 選手達全員がアイマスクをつけてプレーしているからだ。


「いやいや、本当にやっているんだね」


 久しぶりに練習場に訪れた峰木もびっくりした様子で夏木に話しかけている。


 6月に入って以降、北日本短大付属では定期的にブラインドサッカー形式での練習を取り入れていた。


 

 ブラインドサッカーというと目の不自由な者がプレーするというイメージが強いが、アイマスクをつけてプレーすることで誰でもプレーができる。


 ボールの音を含めた、周囲の音だけを頼りにプレーすることで、今までとは異なる感覚を得ることができるし、周囲や味方がより頼りになるということで絆も強くなる。


「総体や選手権で、またも風変りなことをやってくるかもしれませんからね。目が見えないくらいでちょうど良いかなと思いまして」


 夏木は苦笑交じりにそう答える。


 天宮陽人は昨年、世代別とはいえワールドカップ準々決勝という舞台で、初めての布陣をいきなり試してみた。さすがにそこから選手権にかけて新しいことを作ってくることはなかったが、今年は代表選手を抜かれる可能性があるとはいえ、夏休みから秋にかけて代表に拘泥されることはないだろう。


 となると、総体や選手権でこれまで見たことがないようなことをいきなりやってくる可能性がある。



「確かに、やるとなると北日本か武州となるだろうからねぇ」


 現状、高踏にとってライバルとなりそうなチームは北日本短大付属か武州総合である。


 陽人が何かしら新しいことをできるようになったと確信を持てば、この両校のいずれかまで取っている可能性が高い。


 ニンジャシステムに対してある程度対抗できたのは、そのやり方が分かっていたからである。


 初見で対応できるようにするためには、これまでとは違った感性を選手達に植え付ける必要があり、そのためのブラインドサッカーである。


 ただ、これもいきなりの思いつきというわけではない。


 二年前の選手権の途中、合間の日程では寺で座禅を行って精神集中をしていた。瞑想的要素に加えてプレーの要素も加えてみた、という形である。


「あと、1年も3年も一緒にできるというメリットもありますね」

「なるほどね。確かにチームの絆という部分でも有意義そうだ」



 練習終了後、峰木は夏木と五十嵐を連れて近くのレストランに入った。


「今年のチーム状況はどうだい?」

「東北全体から優秀な生徒が来たとは思いますが、ジュニアユースからの転籍といった超目玉はいないようなイメージですね」

「そうだね。超目玉選手はどうしても大学併用のところか、逆に中高一貫に行くか、もっと金を入れているところはいくらでもあるからね。そんな中で昨年の成績は凄かったというよりほかない」


 峰木が監督をしていた最後の大会で選手権優勝を果たした北日本短大付属であるが、それまでは9年全国の舞台から遠ざかっていた。高踏高校のことを偶々知っていたという偶然の要素も加わっての優勝といってもいい。


 昨年は違う。


 選手権のディフェンディングチャンピオンとして警戒されつつも、インターハイ、選手権共に準優勝である。しかも、高踏ほどではないにしても、代表選手に数名出しながら、だ。


「確実なプラス要素として一年生は全員、高踏に勝つという意識があるということです。ですので、こういう練習をしてもそこに意味を見出してプレーしてくれますね」

「そのあたりが夏木君は本当にうまいよ」



 トレーニングの意図を理解するという過程は非常に大きい。


 その意図をくみとってきちんと練習するのと、ただ言われるがままに練習するだけでは成果が全く異なっている。


 高踏高校は変幻自在のことをやってくる。


 そこに勝つためには、それこそブラインドサッカーの感覚も併せ持つくらいのことが必要だ、という認識に立ってやるか、ただ何となくやるかとでは全く違ってくる。


「先生はもうどこかで復帰することはないのですか?」


 夏木が峰木に尋ねた。


「何度も言っているけれども、高校の監督としては選手権優勝で終わり、代表監督としても優勝を経験した。これ以上の終わり方がないから、ね」

「でも、協会の役員にもなっていないですよね?」


 五十嵐が続いて質問してきた。


「そういう柄でもないんだよね。もう少ししたら、もっと下の世代を教えてみたいかな。峰木はこんな結果を残したなんてことが分からないくらいの世代の子達だね」


 そう言って、目を細める。


「この年齢になると夏木君や天宮君のような柔軟な発想は出てこないだろうけれど、子供達に楽しくプレーさせること、何ならサッカーという競技だけでなく何でもできるような子供を育てるような取り組みに参加してみたいね」

「……稲城君みたいな選手ですか」

「そうだね。ああいう選手は中々出てこないだろうけれど」

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