5月14日 クラブハウス(代表日程)
5月に入ると総体の県予選の足音が聞こえてくる。
高踏は新人戦に優勝したので、準決勝からの登場、すなわち6月まで気にしなくてもいいが、トーナメント発表の時点で準決勝に出てきそうなチームは分かる。
また、今年度は特例的に総体と選手権で優勝校の出た都道府県は出場校が増える方式が取られることになった。
選手権では愛知が増えるが、その前に前年度の総体優勝校である武州総合のいる埼玉県のフォーマットがどうなるかが気になるところだ。
放課後に入ると、高幡舞が早速プリントアウトされた紙を持ってきた。
「まず、我が県ですが、こうなっています!」
「樫谷と珊内実業が四強枠から外れているか」
その樫谷が鉢花と同じグループに入っている。順当にいけばその勝者が高踏と準決勝で当たることになるだろう。
反対サイドは珊内実業と鳴峰館が同じグループに入り、準決勝で深戸学院に当たる予定だ。
ここまでは昨年と同じだが、昨年より厄介なのが6月に代表日程が組まれているということだ。
世代別ワールドカップ前の実戦演習ということでU20は6月1日から15日までの間ポーランドへ、U17は6月10日から25日までの間にメキシコへの海外遠征を行う。
ここにU20からは瑞江、立神、陸平の3人が招集されることになってしまった。
更にU17は4月に引き続いて神田、水田、神津、神沢、司城の5人が呼ばれて出て行くことになる。
U17は6月1日の総体県決勝に出てから代表に行くことができるが、U20の3人はその日に出発する関係で決勝に出られないことが確定している。
「とはいえ、選手権予選よりはまだマシよねぇ」
結菜がぼやく。
選手権予選は10月から11月の頭にかけて開催されるが、その前月の9月にU20ワールドカップがある一方、11月にU17のワールドカップが開催される。
U20に呼ばれた選手達は代表ボケで満足に期待できないし、U17のメンバーは準備期間もあるので途中で離脱することになる。
飛車角に金銀くらいまで落として挑む必要があることになる。
とはいえ、止めるわけにもいかない。
立神はできればヨーロッパに行きたいと考えているので、海外にアピールできるチャンスを逃すわけにはいかない。陸平も現時点ではプロと大学を天秤にかけていて、やはりよりアピールできる機会が欲しい。
瑞江は基本路線として大学、それもアメリカの大学に行きたいという希望をもっている。そのため、推薦の要件や奨学金の関係でできるだけ世界大会での実績が欲しい。
U17に選ばれている者達にとっても、現状の園口や林崎が推薦入試でかなり優遇されそうな状況を見るとなるべく、その道に行かせてやりたい。
「とはいえ、兄さんもそうしたおかげで進学どころか就職できるようになったわけだし、仕方ないところかしらね」
結菜の言う通りである。
「そういえば代表といえばもう1個ある」
「何だっけ?」
「8月にU19の女子代表が合宿する」
「あ~、来年ワールドカップ出るのに備えて、高踏で練習するんだっけ。面倒くさいわね~、本当に」
話している兄妹のところに、1人近づいてくる者がいた。1年生の李漢如だ。
「すみません……監督、コーチ……」
表情を見て大方のことを察した結菜が顔を覆う。
「ああ1年生、おまえもか!」
「やめい」
妹の額を軽く叩いて、李の話を聞くが、やはり韓国のU16代表に選ばれたというものだった。
もちろん、高踏1年には引き抜かれてしかるべき者が他にもいる。ただし、「U20と17でこれだけ引き抜いているのだから、世界大会のない世代は免除したい」という配慮をしてもらい、1年生の召集は免れている。
しかし、日本以外のところには関係ない。
「もちろんいいよ。行ってくるといい」
「すみません」
「謝ることじゃないよ。頑張ってきて。あ、東韓の選手とかいたら、名前だけ覚えてきてくれるかな」
プレースタイルまで事細かにチェックする必要はない。
それは高幡がやってくれるだろう。
李がいなくなった後、結菜が呆れたように両手を開く。
「こんな調子だと、来年にはアンダー世代のアメリカ代表とかナイジェリア代表とかベトナム代表とかタイ代表が入学してくるかもしれないわね」
日本国内で生活している外国人の子供達は多い。
サッカーがうまくて、勉強もできるのならば「高踏高校に行きたい」と思う可能性は否定できない。
それはサッカーのこともあるし、顧問の真田が「全員が第一希望に行けば、凄いことになるな」というように、進学実績も多士済済だ。
陽人はオックスフォードだし、瑞江は希望が叶えばアメリカの有名大学、成績優秀の稲城と卯月は東京大学や京都大学を狙うというし、他の部員達も有名私大に推薦で行けそうな状況だ。
それなりに自信がある者にとっては、サッカーでも今後のことでも魅力的である。
「でも、再来年以降は監督がいないぞ。留年して監督続ける気か?」
学生スポーツについては当然だが留年などで出場回数を増やすことはできない。
しかし、役員についてはそうした決まりがない。延々と留年するなり、あるいは卒業後そのままコーチとして高踏に居続けることも可能ではある。
「そこまでは、さすがに……」
結菜が渋い顔をして答えた。
「さすがに監督のいないところには来ないんじゃないか。サッカー協会が誰か連れてくるかもしれないけど」
実際、昨年も河野を連れてきたということがある。
来年以降、再来年の監督不在を見据えて協会から監督候補の人材が派遣されてくるということは普通にありそうだし、高踏高校もここまで来るとそれを認めるかもしれない。
「ただ、協会の人が普通のサッカーやるようになると弱くなっちゃいそうな気もするけどね……」
「そうかもしれないな」
とはいえ、そこまで先のことに責任が持てないのもまた事実である。
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