5月4日 16:00 高踏高校グラウンド(東海PL第4節)

 甲崎と別れた後、東京駅から新幹線で戻ってから4日が経った。



 この日から代表に行っていた5人も練習に復帰してくることになる。


 一方で、2日後には名古屋に出向いての東海プリンスリーグの試合ドルフィンズU18との試合がある。


 そのメンバーも考えなければいけない。戻ってきたばかりの5人をいきなり起用するかどうか。


 昼休み、そんなことを考えていると意外な人物が教室に来た。


「天宮先輩、いますか?」


 と、入り口で聞いているのはチームの映像担当である辻佳彰だ。


「どうしたの?」


 彼が直接に訪ねてくるのは珍しい。大抵は結菜を交えてくるはずだが。



 辻はメモリーカードを持っていた。


「昨日の紅白戦映像を見ていて気付いたんですけれど、須貝先輩、どこかプロからでも声がかかったんですか?」

「……? いや、特に聞いていないけど? どうしてそんなことを」

「ちょっと見てもらえます?」

「あぁ、分かった」


 辻が見てくれというからには、相当気になることがあるのだろう。



 帰宅した後に映像を見ることにした。居間で見ていると結菜も気づいてやってくる。


「お? 須貝さん、今までより攻撃的になっている?」


 試合開始してしばらく、結菜が疑問を出す頃までには陽人もそのことに気づいていた。


「今までより2歩ほど前に出ているな」


 須貝は鹿海と比べたら堅実なタイプである。


 とはいっても、最初からプレーしているので水田よりは明らかに前だし、攻撃に支障をきたすことはない。鹿海と比較するとどうしても数歩後ろにいてスピードも遅いのだが、これは鹿海が例外的な存在と言える部分もあり、須貝を責めるのは酷である。


 しかし、この紅白戦では今までより明らかに前にいる。


「……実際に紅白戦をしている時には気づかなかったな……」

「私も。でも、特に話とかもなかったのに、何だろう?」

「話はなかったけれど……」


 東京から戻ってきた後、後田から聞いた話を思い出した。


「慶耀を目指したいから、夏以降は水田を優先してくれということを言っていたらしい」


 ということは、逆に夏までは全力でやるということだし、悔いを残さないためにも今まで以上に前に向かうスタイルで行こうと決めたのかもしれない。


「ドルフィンズとの試合は康太でいってみようか」



 ゴールキーパー3人のうち、最も前に出られるのが鹿海であるが、ゴールを守るという能力は決して高くない。


 一方、水田はゴールを守る能力は高いが、まだ前に出る力が弱い。


 その中間といえるのが須貝だ。



 陽人はゴールキーパーの前に出る能力を重視している。その方がチーム戦略上有用だと思うからだ。


 といってキーパー的な能力を全く無視しているわけでもない。須貝がより前に出るようになった場合、仮に鹿海ほどでなかったとしても、どこかの場面で「トータルとしては須貝の方が良い」となるはずだ。


 それがどこかは分からないが、試してみる価値はある。


 また、水田に対しても「鹿海は無理でも本人の限界まで前に出れば良い」と思わせることができるかもしれない。



 次の日、朝の練習中に陽人は鹿海にその旨を説明した。


「現時点ではファーストGKは優貴というつもりではある。ただ、絶対というわけではないし、夏での引退を見据えて全力で練習している康太を無視するわけにもいかない。英司や隆義、駆や護にも良い刺激になると思うので、今週と来週は康太を使ってみようと思う。その後はポジション争いを経て決めたいと思う」

「……分かった」


 鹿海も同意した。



 その週末に行われた東海プリンスリーグ第3節・高踏対ドルフィンズU18とのリーグ戦は一部で少し話題となった。


 まだ2試合しかしていないが共に2戦2勝。得失点+6で首位のドルフィンズU18と+4で2位の高踏という首位攻防戦であることももちろん話題の要素ではある。


 それ以上に話題となったのは高踏のゴールキーパーだった。


 前代のU17代表キーパー鹿海と、現役U17のレギュラーキーパー水田を抱えている高踏高校が2人を揃って外して第3ゴールキーパーと思われていた須貝康太を起用したからである。


 更にその須貝を筆頭とした高踏守備陣は、ここまで7ゴールをあげている名古屋攻撃陣を完封してしまった。


 翌週の曳馬城北戦にもキーパーは須貝のままで、この試合も2-0と勝利した。


 この試合でも曳馬城北のシュートは僅かに1本。須貝の持ち味であるシュートストップ以前の部分……鹿海の長所と思われていた部分で守備を機能させていた。



 高踏高校の3年目、有識者の多くは「代表で勝ち抜いた3年生の主力に、素質豊かな下級生がポジション争いを挑むだろう」と考えていた。


 しかし、インターハイに向けての展開はその予想の正反対へと進むことになる。今後は三番手以下に転落するだろうと予想されていた選手達が主力を脅かしていくことになっていった。


 それがより鮮明になるのは大型連休明けのプリンスリーグ第5節。


 今年も県内最大のライバルとなるだろう・深戸学院との試合である。

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