4月21日 12:00 成田空港
高踏で進路指導の話が行われている頃、陽人は成田空港の国際線ターミナルにいた。
ジッダからムンバイ経由で戻ってきたU17日本代表を乗せた飛行機は既に到着している。あとは手続が終わり、戻ってくるのを待つだけである。
その姿に気づいたのだろう。カメラをもつ30過ぎの男が話しかけてきた。
「サッカーハイライトの石井です。よろしく」
そう言って、名刺を差し出してきた。
「あ、どうも。僕は名刺がありませんので」
陽人の返事に「まだ学生さんだからね」と石井は笑った。
「今回の代表の試合は見ましたか?」
「まあ、一応自分のチームの選手がいますので、全部見ましたよ」
「内容についてはどう思いました? 正直、優勝したものの守備的過ぎて面白くないところも感じられましたが」
「……そういう部分は内部にいないので何とも言えませんね」
「感想としてもないですか?」
「ないですね。負傷とかしないでほしいと思って観ていたわけですので」
もちろん、大会だけを見ると守備的で「面白い」という試合ではなかった。
ただ、それは世界も見据えた考えかもしれないし、何らかのアクシデントかもしれない。
それに前回優勝をした自分が何かを言うと、河野はもちろん、選手達にもプレッシャーになりかねない。
余計なことは言わないに越したことがない。
そうした陽人の意図がある程度分かったのだろう。石井も「そうですか」と引き下がった。
9時30分を過ぎて、まず司城の姿が見えた。
「おーい」
声をかけると、残りのメンバーもこちらを向く。
高踏のメンバーだけ呼び集めるつもりだったが、それ以外のメンバーも集まってきた。彼らにとっても前回の優勝監督にしてプレミアリーグのチームと契約をした存在というのは大きいものらしい。
何故か全員と集合写真を撮る羽目になってしまい、そこからバラバラになってくる。
「お疲れさん」
河野と木下が現れた。
「いや~、お蔭様で優勝できたよ。また秋もよろしくお願いします」
2人とも真顔で頭を下げてきた。親のような2人から頭を下げられると答えに困る。
「はい。まあ、なるべく協力できるよう頑張ります」
「あと、今後動きがあるかもしれないけれど、現地のプロチームとも接触してしまって、ね。チーム関係者は水田と神津が気に入ったみたいだし、そこの選手は神田のことを気に入ったようだ」
「……はい、響太から聞いています」
日本円相当で数億の提示というのだから空いた口がふさがらないが、そこは神田のことだ、多少オーバーに言っているのかもしれない。
ひとしきり2人と話を終えた後、陽人は司城を呼び寄せた。
ジュニアユースにもいたし、ユース昇格も見据えつつ、高踏に来たという彼ならば、事態を冷静に見ているだろう。
「……額までは見ていないですけれど、条件提示みたいな話はしていましたね~」
期待通り、司城は淡々とした様子で振り返っている。
「ということは、そのうち話が来るかもしれないと」
「いきなりは来ないんじゃないですかね。ワールドカップが開催されるのも近くのカタールですから、関心が続いていれば11月にそっちで言ってくるでしょう。前線には海外組も多いですし」
「確かに……」
去年はオーストラリアの開催だった。さすがにメインステージから離れすぎていることもあり、将来の移籍を見据えた関係者の集いなどはなかったように思えた。
今回はカタールである。中東も盛んだし、ヨーロッパとの距離も格段に近い。
昨年以上に、ショーウィンドウとしての価値がある大会となりそうだ。
「……実際、フェノメーノやゲッティに代理人の連絡先も教えてもらいましたし。試合はともかく、自分のキャリアの今後のためにも響太には11月も来てほしいって感じですね」
神田が有名選手と仲良くなり、その選手達が自分の代理人も紹介してくれたらしい。
もちろん、仲良しだから代理人と契約できるという保証はないが、トップ選手も扱う代理人を知ることができれば今後の選択肢が広がることは間違いないだろう。
そういう点で窓口を広げてくれそうな神田には11月もいてほしいと思われているようだ。
「……あいつにそういう特技があったとは……」
確かに中学の時は一年下のまとめ役として活躍していたし、三年時にはキャプテンとして頑張っていたという。しかし、海外で謎のコミュ力全開でチームの求心力となるなんてことは想像していなかった。
海外のことをひとしきり聞いたので、チームのことも確認してみた。
「結構大変だったんじゃないか?」
司城は肩をすくめた。
「今回のチームだったら、俺より翔輝の方が良かったでしょうね」
と、ジュニアユースの同僚・戎の名前を出す。
「高と上山は強度の強い選手ですから、翔輝の弱い部分を補えるでしょうし。小本と戸沢は何か互いに考えていることがズレていますし。高校から来ている面子も含めて、能力は高いですけれど、ちょっと周囲を見ていない感はありますね」
司城の感じ方からすると、後ろが下がっているのは正解だったという。
「前の選手が多いとはいえ、前から仕掛けて齟齬が出た時にカバーできる選手が俺くらいで、俺は当然陸平さんや稲城さんみたいなことはできないです。そうなると相手がスピードに乗って攻めてくるわけで洋典や明楽でも無理ですよ。あのチームに関しては低いラインで戦うしかないですね」
司城は仕方がないとばかりに両手を広げているが、この調子だと11月に選ばれたとしても労多くして報われないことになりそうだ。
その後、空港でチームの解散式と簡単な記者会見を行う。
終わった時にはちょうど昼時となっていた。
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