4月21日 11:45 進路指導室

 4月20日。


 この日曜日、進路指導室に大稲田大学のサッカー部関係者が訪れていた。


 ここに参加しているのは須貝、曽根本、園口、陸平、林崎、武根、石狩、芦ケ原、久村、鈴原、後田、道明寺、篠倉、櫛木といった面々、3年のほぼ全員だ。


「サッカー部としては、他学部との兼ね合いもあるので確約はできないのですが、4人ないし5人を迎え入れたいと思っています」


 大稲田のようにあらゆるスポーツで強豪であり、かつ、人気も高い大学となると競技間の争奪戦が激しい。とはいえ、進学校として知られているうえに抜群の実績をあげている高踏サッカー部への評価は高いようで、「枠を確保できるだけ取りたい」ということがあるようだ。


 推薦の条件は低いものではないのだが、幸いにして高踏高校は選手権でベスト4、優勝という結果を残しており、個々の試合実績でも後田を除く全員がベスト8以上の試合に一度は出場している。


 ただし、後田については汎用ルールでは資格を満たさないが、「選手権優勝チームの実質的なヘッドコーチ」であり、「U17ワールドカップで日本を優勝に導いた実質的なコーチの1人」である。そのため、この部分を推薦材料としてスポーツ教員養成コースで優遇措置を受けられるという条件を提示されていた。


 そのため、ハードルとしては代表選手に次ぐ者となっているし、スポーツ推薦と異なり学部も異なるから、枠が別となっている。


 実は一番競争を避けやすい立場とも言えた。



 残りの面々にとっては、味方がライバルともなりうる状況であるが、当然、実績にも個人差がある。


 分かりやすいのは代表歴の有無だ。U17に選ばれた園口、陸平、林崎が希望すれば当然優先されるだろう。


 もっとも、陸平についてはまだ大学にするか、その他にするかということも含めてはっきりさせていない。5月以降はプロの面談も受けることになっており、その中で進路自体が変わる可能性もある。これはもちろん園口や林崎も同様で、2人は現時点では大学9:プロ1くらいの意識だが、変わってくる可能性もある。



 大稲田と並ぶ名門大学としては慶耀私塾大のソッカー部からもほぼ同じ条件で誘いがあるが、こちらはスポーツ系学部がない分、若干成績で上のものが求められる。


 成績に自信がある……となると、この中では林崎くらいで、残りは学内で中間前後である。


 大稲田であれば無理しなくても良いが、慶耀私塾に行く場合は勉強への比重を増やす必要がありそうだ。



 最初の1時間で大学と入試システムの説明、次の1時間でサッカー部の説明を行い、進路説明は終了した。陸平を除く全員が志願書を提出し、学校に持ち帰って話をするという。


 そのうえで解散となった。


 午後の練習に参加しようとしたところで、須貝が後田に「雄大」と声をかける。


「とりあえず6月までは頑張ってやってみるけれども、その時点で仮に水田より上だとしても夏以降は水田を優先してくれないか?」


 後田が目を丸くする。


「夏で引退するってことか?」

「登録のこともあるから、引退まではしないけど、現実もあるからな。大稲田には新条さんが入っているから仮に入ってもレギュラーにはなれないだろうし」


 北日本短大付属で高校ナンバーワンキーパーとも言われた新条功が今年、大稲田に入っている。


 須貝はタイプ的にはキーパーとしては新条と似たタイプであるため、評価的にはどうしても不利となる。大稲田に進んでも3年間控えに回る可能性が高い。


「できれば慶耀に行きたいとなると、勉強時間を増やす必要がありそうだ」

「……分かった。陽人に言っておく」


 道明寺と石狩も「自分達もその方がいいかな」と続く。


「U17で神沢も評価をあげたからな。俺達の優先順も下がっていそうだし……」


 林崎、神津の次に武根、神沢となるとCチームになってしまう。


 2人はそう言ったのだが、後田が少し考えて返事をする。


「はっきり言うと尚はそうだと思う。ただ、駆と神沢はどちらも長身タイプで共通しているから、この2人の順番が入れ替わることはあるけれども、徹平は今のままならBチームから落ちることはないと思う」

「あ、俺の方がヤバいのか」


 武根が苦笑した。そこに曽根本が続く。


「左サイドバックという点では、耀太がいて、神田がいる俺も三番手かな。そもそも希仁も下がる時があるし」

「どうだろうなぁ。響太はまず右サイドの二番手という点が優先しているし、それに」

「それに?」

「陽人に『サウジから3年450万ドルのオファー貰いました』とか言っていたらしいから、あいつはサウジに行くかもしれん」

「マジで!?」


 一斉に驚きの声をあげる。後田は「さぁ」と肩をすくめる。


「響太の言うことだから、どこまで本当かは分からん。ちなみに水田と神津にはもうちょっといい提示があったという話もある。サウジでは21歳以下が別の枠になるらしいから、大学に行ったと考えてまず高収入を得た後、21歳の枠が外れたらヨーロッパへの移籍を目指す手もあるのかもしれない」

「サウジから移籍できるのか?」


 曽根本の問い掛けに後田は首を左右に振る。


「そこがJリーグと比べてどういう評価になるのかは分からんが、サウジは有名選手が多いから彼らから元チームに推薦もありそうだしな。大物代理人と契約できるかもしれないし」

「……ということは、水田と神津もそっちに行くかもしれないわけか」

「いや、あくまでそんな可能性もあるというだけ」


 後田の言葉に、道明寺が溜息交じりに言った。


「いや~、転校してきた時、ここからプロ行く選手が何人も出てくるなんて思いもよらんかったなぁ……」

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