4月19日 19:15 樫谷高校
樫谷高校では、早くも新一年も交えて実戦的な練習を増やしてきている。
高踏と異なり、樫谷はインターハイ予選を初戦から出ないといけないうえ。
「選手権までではまた何か新しいものを完成させてくるかもしれない。現実的なことを考えると、樫谷が高踏相手に良い試合が出来る可能性は総体予選の方が高い」
という、藤沖の判断によるものである。
そのためには高踏のチェックも欠かせない。
Aチームはもちろんだが、Bチームのリーグ戦もアップされているので、その第二節・松葉商業との対戦をチェックする。
「うーん……」
その前に各試合の再生回数をチェックする。
先週掲載されている試合のうち、高踏のAチームの試合は1600回ほどでBチームは300回だ。深戸学院は400回で、樫谷は68回である。歴然とした差が存在している。
「……ま、仕方ないけどさ……」
世代別日本代表が複数いて、天宮陽人や颯田五樹のように海外に行く者もいるチームと、県内のトップ5を狙うところとでは、関心差が大きいのはどうしても仕方がない。
とはいえ、さすがにBチームともなると前日アップとはいえまだ二桁だ。
佐久間サラもさすがにBチームまで実況を入れる時間はないようで、試合前に両チームのスターティングメンバーのテロップが出た後、実況も解説も無く試合映像に入る。
「中々寂しい感じですね」
一緒に見ているコーチの桜塚が溜息交じりに言う。
「わざわざチェックする意味があるんですか?」
「もちろんだ」
藤沖は即答する。
「1年の動きを見ておきたいということはあるし、Bチームということで試験的に変なことを試してくる可能性も否定できない」
天宮陽人はいきなり思い切った手を打ってくる監督である。
しかし、より試験的なことならまずはBチームの妹・結菜が試してみるという可能性もある。仮に負けたとしても痛くないからだ。
ただ、試合が始まると、戦術的な部分では特筆すべきことがないことが理解できる。
2年が5人に1年が6人という編成。2年も加藤と弦本はともかく、残りのGK真榊、DF田中、MF末松は選手権の登録から漏れていたメンバーだ。
まだまだチームが未完成で、個々が勝手が分からないまま思い思いに動くシーンも多い。
「これを見ると、高踏の選手も我々とそんなに変わらないということが分かると同時に、戦術の恐ろしさも感じますね」
桜塚の言葉に藤沖も頷く。
「変わらないとはいっても、この1年達は樫谷に入った面々よりは評価が高い子達だからな」
実際、県内中堅の松葉商業Aチーム相手に、戦術が機能しないながら押し込んでいる。
特にこのチームでは8番をつけており、昨年選手権メンバーにも登録されていた加藤が目立つ。
「判断が更に良くなっているな」
これまではボールを受けてから判断するか、受ける前に次のプレーを決め込んでいるという選手であったが、この試合を見る限り判断が円滑になり、シンプルに捌くところと、ドリブルで切れ込むところを判断できるようになっている。
その加藤がエリア内に切れ込んで中央に短い浮き球のパスを送った。このあたりのパスを咄嗟に出すことも昨年はほとんどなかった印象だ。
「おおっ!?」
左からの浮き球のボールを万丈が左足で豪快に蹴り込んで先制点をあげた。
頭に近い高さのボールだ。これをダイレクトで蹴り込むのは相当な技術である。
「空手でもやっていたのかな?」
シュートしたというよりはボールに蹴りを食らわせたというようなキックである。
「普通はトラップするか、頭で行くものだけど、自信があるんだろうな」
10分後には万丈が追加点をあげる。今度はエリア内で弦本からスルーパスを受けて、反転してのシュートだ。
「純然たるフィニッシャーって感じの選手ですね」
桜塚の言葉を受けて、確かに、と藤沖は思った。
瑞江や戸狩、司城は全部出来るタイプであるし、篠倉は前線で柱となるプレーが軸だ。浅川はスペースへの飛び出しが得意で、シュートはその次である。強いて言うなら櫛木だろうが、櫛木もサッカー部以外から入っていることもありチーム内の動きはしっかりこなす。
「他の動きはどうなんだろう?」
と、様子を見るが、エリアから出ていくシーンは皆無である。ボールを受けて絡むという様子もない。
「今のところ、あくまでチャンスを作ってもらって、最後に決めるというタイプか」
そこから更に試合を見ているが、松葉商業のオフェンスに対しては個々人の反応で防いでいる印象だ。
「このあたりは全員、基本的な能力が高いなぁ」
「万丈はもちろんですが、矢島に李に、松川兄弟も地元でトレセン入っているメンバーですよね」
「前言は撤回だな。そんなに変わらないなんてことはない。やっぱり1ランク2ランク上の選手達が入っているな」
「……そうですね」
1年段階では高踏の選手も、樫谷とそんなに変わらない。
残念ながらこの2年でそこでも差がついてしまったようだ。
試合は3-0で高踏Bチームが勝利した。
「総体に関して言えば、この試合に出ていた1年は間に合わないだろうな」
昨年は司城や戎がメンバー入りを伺っていたが、そこまでのメンバーはいないようだ。唯一、Aチームで出ている草山は例外であるが。
「あとは加藤と弦本、末松がAに入ってどういうパフォーマンスをしてくるか……、特に加藤だな。パッサーに加えて、高踏戦術にプラスアルファをもたらすドリブラーが増えたら、更に面倒なことになりそうだ」
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