4月15日 14:00 サウジアラビア・ジッダ(アル・サヒフ練習施設)
U17日本代表監督・河野和一郎とコーチの木下健三は、呆気にとられた様子でグラウンドの方を見ていた。
いつの間にかゴール周囲に何人も集まり、PK戦の練習を始め出した。
近くにいるアル・サヒフのスタッフらしい人物に通訳を交えて大丈夫なのかと尋ねる。
「問題ありません。むしろ興味があります」
そう返事が返ってきた。
問題がないのは安心だが、興味があるというのはどういうことなのか。
サウジアラビアのリーグは金にモノを言わせて有名選手を集めているが、多分にピークを過ぎたベテラン選手が多い。それではリーグの発展性という点で疑問が出て来るので、外国人枠を8から10に拡大した代わりに拡大した2枠は21歳以下の選手を使わなければならないというルールを設けることとなった。
そうした枠の多くはヨーロッパやブラジルに向けられると思われてはいるが、アジアの他地域を全く考慮していないわけではない。
「さすがにこの日本代表の全員を網羅しているわけではありませんが、ヨーロッパでプレーしている5人はもちろん、ヨウスケ・コウヅとアキラ・ミズタのデータはこちらにもあります。実際にデータと比較できる点で、我々も非常に興味があります」
「……」
河野は思わずゾクッと身を震わせた。木下に小声でつぶやく。
「……怖いなぁ、情報化社会というやつは……」
木下も無言で頷いた。
ビッグゲームのPK戦となると、一つ一つの間が長くなり、緊張感も高くなるが今回はあくまで練習である。全員、さっさとボールをセットしてすぐに蹴るので進行が早い。
フェノメーノ、エシエに残りの3人が蹴っていくという形で、大沢と重畠は1本も止められず、ゲッティは1つを止めて、1人が外した。
最後に水田がついて、フェノメーノとエシエが決める。方向は合っているが、ボールの速さが上回る。
「やはり世界レベルのプロ相手だと簡単には行かないか」
3人目のシュートには届いたが、指先のみでボールはゴールネットに吸い込まれた。
4人目、5人目のシュートはそれぞれ外してしまう。
「おー、それでも2本失敗させたか」
直接止めたわけではないが、5人中3人成功にとどめたというのは、「現チーム最高のPKストッパー」という名前に恥じない結果ではある。
スタッフ達の評価も高いようだ。
「どう反応しているのかは分からないが、シュートを打った瞬間にはどちらに打つかが分かっているようだ。後から反応する分、若干遅れるはずだが反射神経の良さと手の長さでいいコースでないと決められない。それが分かってくるから、後に打つ者ほどプレッシャーがかかる」
「確かに、逆方向に飛ぶとか、完全にアテが外れたというシーンは見たことがないな……」
河野も頷く。
「この感覚を維持したまま、今後蹴り足が更に強くなればよりスピードがついて、世界トップクラスのシューターでも精緻なコントロールが要求されることになる。他は何とも言えないが、PKに関して世界一を狙いうるというのは大袈裟な話ではなさそうだ」
そのうえで、しばらくスタッフ同士で話をしている。
河野と木下も小声で話し合う。
「ウチらのチームより、何時間も時差があるサウジアラビアの方が、データを沢山持っていそうだな」
「日本もA代表はスタッフも多いですが……」
予算が青天井のサウジアラビアと異なり、日本には予算の制約がある。
アンダー世代にまで無尽蔵の予算を使うわけにはいかない。こればかりはどうしようもない現実である。
またアル・サヒフのスタッフが戻ってきた。
「……仮に、高校生の選手を獲得したいと思った場合、我々はどこに話を持っていけば良いのでしょうか?」
「そ、それはまあ、該当の高校ではないかと……」
河野はひきつった笑みを浮かべて答える。
また、スタッフ達が話を始める。
「もしかして、水田を獲得……?」
「この場だけでは決められませんが、今後そういうことはありえます」
「……そうですか」
河野は呆気に取られて、木下と小声で話す。
「高卒選手に対して、どのくらい出すんだろうな?」
トップ選手には日本円換算で数百億円が支払われているというリーグである。
とはいえ、それは知名度も加味してのことだ。日本のU17であれば知名度は皆無に等しい。
「いくら何でも、まだ17ですし、行っても数千万では」
「ただ、天宮のこともあるからなぁ」
陽人がプレミアリーグのチームと契約したことで、コウトウ・ハイスクールは日本でもっとも有名な高校の一つとなっている。
そこの選手ということで、プレミアムがつく可能性は否定できない。
それにサウジアラビアリーグは年金リーグというイメージも強いので、日本の選手は中々来てくれないこともある。そうした状況を打破するためにボーナスを出す可能性も否定できない。
「……まあ、何にせよ、所属選手の評価が上がるのなら代表にとっては悪くないことだ」
河野はそう考えることにしたが、以降、このことが気になって、本人が楽しみにしていたカイム・ベルゼンらの顔合わせのこともすっかり上の空となってしまった。
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