4月15日 13:30 サウジアラビア・ジッダ(アル・サヒフ練習施設)

 物凄い勢いで飛ばすので、さぞや遠いところにあるのかと思いきや、アル・サヒフの練習施設には数分もかからなかった。


「ここがサウジアラビアのプロチームの練習施設?」


 市街地の中にあることもそうだが、随分と狭い。


 全員が不思議そうに先に着いていたフェノメーノやゲッティを見ると、楽しそうに笑い、「アカデミー」とだけ口にした。


「アカデミーの施設か」


 確かにプレーしているのは子供達が多い。よくよく見ると英語でサッカーセンター・アカデミーとも書いてある。


「そういえば、サウジアラビアはサッカーなんだな」


 フランスでプレーしている上山が言う。


 日本ではサッカーだが、ヨーロッパでは一般的にフットボールと呼ばれている。


 フットボールには数多くの種類があり、ラグビーやアメリカンフットボールも源流をたどれば同じ競技である。


 サッカーは正確には協会式を意味するアソシエーション(Association)のsocの部分に人を加えてsoccerとなったものである。


 ヨーロッパではこちらが一般的になりすぎてこれをフットボールと総称しているが、日本やサウジアラビア、アメリカのように他のフットボールと同時に伝わった地域はその他フットボールと比較するためにサッカーを一般的に使うようだ。



「こっちだ」と3人が歩き出し、一行はついていく。


 200メートルほど離れたところに小さなスタジアムがあり、そこに併設したスポーツ施設がある。ここで練習しているようだ。


「ピッチは二面か~」


 神田の言葉にコートジボワール代表のファン・エシエが「君達のハイスクールの方がデカいな」と笑い声をあげる。


 近づくと、職員らしい者達が近づいてきた。河野に対して、通訳を交えて話を始める。


「日本のU17チームが表敬訪問ということで、一緒に練習することを歓迎します」

「……ひ、表敬? は、はぁ……」


 そういうことになったようだ。


 施設が開放され、選手達が中に入る。


 そこに監督と思しき者達もやってきて、にこやかに挨拶をしてきた。


「お偉方の相手ばかりで、ね。純粋なスポーツ的交流なんて中々ないから本当有難いですよ」


 なんてことも口にする。


 河野はコーチの木下と顔を見合わせる。


「日本代表もスポンサー活動も多いけれど、こっちはそれ以上ぽいな」

「そうですね」



 フィールドプレイヤーの選手達はドイツ人監督の招集の下で、練習を始める。


 一方、ゴールキーパーの3人はゲッティ他、キーパー達との練習となる。


 その中でもやはりゲッティである。ほんの数年前にはプレミアのトップチームで普通に活躍しており、チャンピオンズリーグも優勝した選手である。


 水田、大沢、重畠、このチームにいるGKにとっては雲の上の存在とも言っていい。


 もっとも、若い頃にはプレーするチームを探すにも苦労し、職業安定所に通ったほどの苦労人でもあるので自分を大きく飾り立てることはない。


「君達はあまり苦労をせずにプレーできる環境にある。それは素晴らしいことだ。ただ、世界にはかつての僕のようにプレーできるかどうか不安を抱え、常に何かを証明しなければならない立場の者も多くいる。そうした者達と戦う時に、気持ちで負けないためには何かをしなければならないね」


 と、まず心の在り方から話を始める。



 水田は自分の課題として常に言われていることを尋ねた。


「もっと前に出ろと言われるのですが、どうしても確実に防げるポジションに留まってしまいたい思いがあります」


 ゲッティは身体能力の高さもあるが、高いポジションまで出ていってタックルでボールを奪うことも辞さないキーパーだ。足元の技術への評価からポジションを奪われたものの、水田が目指すスタイルとしては近いところにある。


 しばらく考えて、答える。


「キーパーに求められる最大の任務は失点しないことだ。失点を完全に防ぐようにするためにはどうすればいいか。ハーフラインのこちら側でキーパーが主導権を取るということだ。そこからゴールキーパーが必要なポジションを逆算するようにすればいいかもしれない」

「ハーフラインのこちら側」


 水田のみならず全員が驚くが、高いラインを敷くチームが多い現代サッカーでは、ハーフラインを超えたあたりから相手FWの独走が始まるということも普通にありうる。


「大きなポジションをカバーできれば、その分、ディフェンダーがより楽になる。『ここから後ろはゲッティがいるから大丈夫だ』と安心できるし、僕は『おいおい、君達、狭いスペースをもっとしっかり守ってくれよ』とより厳しく注文できるようになる」

「なるほど……」

「そのためには相手の攻めをよく理解することも必要だろう」


 と言いつつも前向きに締めくくる。


「まあ、君達はナショナルチームに選ばれるGKだ。今後経験を増やしていけば理解できるようになるだろう。ところで、キョウは君がA代表を含めても日本で一番のPKストッパーだと言っていたが、ちょっと見せてもらえないか?」

「えっ!?」


 ゲッティが「PK練習だ」と言い始めた。既に知らされていたようで何人かが「待ってました」とばかりに笑いながら近づいてくる。


 予想外の展開に、水田だけでなく残りの2人も、ピッチの向こう側にいる神田に恨めし気な視線を向けた。




※練習施設、調べた感じだと思ったより狭かったのですが、郊外にもっと大きな練習施設があるかもしれません。

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