4月15日 12:20 サウジアラビア・ジッダ(U17ホテル)
サウジアラビア第二の都市ジッダ。
U17日本代表はこの街に拠点を構えて、アジアカップを戦っている。
日本代表は冴えない戦いぶりながらも、トーナメントで韓国、イラクに勝ち上がり、あとは決勝戦のウズベキスタン戦を残すのみとなっていた。
ホテルの入り口が騒々しい。
その原因はフロントにいる3人の外国人だ。長身の三人組を見て、周囲がヒソヒソと話をしている。
陽気な顔で、「キョウはいるか?」とフロントに話しかけており、フロントは「キョウ?」と首を傾げている。
「日本代表のキョウだ」
「あー、日本代表……キョウ?」
名簿で確認するが、キョウという名前の選手は近い名前でもいない。
「おー、ロビー! ハロー!」
そこに神田響太が出て来て、走っていく。
「オー、キョウ! コングラチュレーション!」
ロビーでコーヒーを飲んでいた監督の河野和一郎が、フロントを見て、ぎょっと目を見張る。
デカい外国風の男3人と話をしている神田が、近くのチームメイトに「行こうぜ」と言っているのだ。
この日はオフになっているが、代表チームの選手がほいほいと街を出歩いて、トラブルでも起こしたら大変なことになる。
「お、おい、神田」
高踏のメンバーに加えて、高校生組をも連れ出そうとする神田に声をかける。
「あ、監督。これからアル・サヒフの練習に行ってきますんで」
河野の目が点になる。
「アル・サヒフ……?」
「知らないんですか? サウジアラビアリーグのチームですよ。ほら、彼、元リヴァプールのフェノメーノ」
そう言われて河野が男を見た。
携帯で検索して確認する。確かに元リヴァプールのブラジル人FWフェノメーノに、ウェストミンスターにいたセネガル人GKのエディアル・ゲッティである。
神田が何か話をして、2人が「おー」と笑顔で河野に話しかける。
「決勝進出おめでとう。是非アジアチャンピオンになってくれ」
英語で話され、河野が「あ、はぁ、どうも」と握手をして、神田に尋ねる。
「神田、どうしてこの2人と知り合いなんだ?」
「あれ、大会前にジッダの日本語学校を表敬訪問したじゃないですか? その帰りにショッピングしていたところを見たので」
声をかけて、自分がU17の日本代表選手だと説明したらしい。
サウジアラビアリーグは高額で選手を引き抜いているが、熱狂的なファンがいるわけでもなく、レベルもそう高くはなく、選手達はやや退屈しているとも言われている。
そうした中で突然話しかけてきた日本の選手に興味をもったようで、暇つぶしも兼ねて、日本の試合を見ていたらしい。
約束をしていたのかどうかは知らないが、決勝進出したことで、「練習に来いよ」となったらしい。
「いや、勝手に練習参加は……」
河野は止めようとしたが、コーチの木下が入ってきた。
「監督、いいんじゃないですか? もう決勝進出のノルマは達成していますし、ホテルにいるより世界的選手と練習ができる方が今後のためにもなるでしょう」
「うむ。まあ、そうか……」
確かに、長期的観点で見れば、海外選手との経験はあるに越したことはないだろう。
スケジュールにないことなので、戸惑いはあるが、次の一言で河野もあっさり翻意する。
「ゲッティが、夕方にはカイム・ベルゼンも連れてくるって」
「……分かった。チームで行動した方が良いな」
同じジッダに拠点を構えるイテハド・サウディアの元フランス代表でキングス・マドリーの主砲だったカイム・ベルゼンの名前を聞いて、スペインサッカー好きの河野は態度を変えたようである。
急に予定変更となり、バスも用意しなければならなくなった。
その間、神田は日本語と英語の中間のような言葉で、フェノメーノと話している。
「……あいつ、あんな特技があったのか」
「ポジションも同じ長本を彷彿させますね」
木下は元日本代表でイタリアの名門でキャプテンを任された他、トルコ、フランスでプレーしたベテラン選手を引き合いに出す。
「全くだ。上山や高の方が引いているぞ……」
パリ・サンジェルマンに所属している上山麟人と高修治をはじめ、オランダとドイツでプレーしている選手が合計6人いるが、神田のように相手に負けない勢いで話す選手はいない。日本語でもまあまあ会話の多い選手であるが、別の言語になると火がつくタイプのようだ。
その神田、今は彼らの知る選手のモノマネをしているのだろう、大袈裟に転んでファウルをアピールしつつ取ってもらえなくて不満そうな仕草をしていて、それを見た3人がゲラゲラと笑っている。
10分ほどでバスの手配ができ、行くことになった。
3人は誰かの車で来ているらしい。ゲッティが運転手に場所の説明をしている。
ということは案内するつもりはなく、自分達の車は相当に飛ばすのだろう。
偉いことになった、と思いつつも河野はサインを貰えそうなものをすぐに取り出せるよう、バッグの中身の位置を変えていた。
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