4月8日 12:22 高踏高校体育館(入学式)

「ふわぁ……」


 翌朝、学校に着くなり陽人は大きな欠伸をした。


 U17のヴェトナム戦を最後まで見たため、寝たのは1時半くらいである。それで6時に起きたので睡眠時間としてはかなり短い。


 そのヴェトナム戦の後半は、完全な消化ゲームという様相で面白いシーンは全くなく、淡々と時間が進んで1-0の勝利を得た。


 U17の試合なのでそこまで関心が高くはないだろうが、格下と思われるヴェトナム相手に冴えない内容で辛勝となると、評価としては高くないだろう。



「おう、天宮、おはよう」


 校門の前で真田と鉢合わせになった。


「おはようございます。入学式は8時半からですよね?」

「そうだな。ちゃんと準備しているか?」

「もちろん、していますよ……」


 陽人は大きな溜息をつく。


 入学式を迎える生徒達に最上級生として挨拶をする、その代表に選ばれている。


 何といっても高踏高校で一番有名な生徒であるだろうから、だ。


 もっとも、準備していると言っても、自分で文章を作ったわけではない。


 マネージャーの中でもっとも優秀、ほぼ毎回、学内三位以内に入っている卯月亜衣に作ってもらった文章をただ読むだけだ。


「新入生を迎える、という天宮の素直な気持ちを伝えればいいだけなのに」


 真田はこんなことを言うが。


「そういう先生も、サッカー部のコメントは全部卯月さんに頼んでいたじゃないですか」


 と、反論する。


 とはいえ、卯月の作った文章は古典からの引用も多く格調が高すぎる印象がある。


 陽人が考えた文章とはとても思えないだろうし、もうちょっと砕けたものにした方がいいんじゃないかとも思うのも確かだ。



 昼が近くなった。


 入学式の挨拶を無事に終えた陽人は、今度は新入生の勧誘ということで体育館前に集まっている。


「よっ、陽人」


 声をかけてきたのは今年から野球部の監督になった南羽聡太である。


「サッカー部は酷いところだよなぁ。黙っていても新入生は集まるのに、我々弱小部に入部してくれそうな子まで奪っていく気とは」


 冗談めかして言う。陽人は肩をすくめて答えた。


「……いなければいないで、サッカー部はお高く留まっているとか言うんじゃないのか?」

「多分、そうなる」


 南羽は悪びれる風もなく笑い、設置したテーブルに腰掛ける。


「ちょっと監督として聞きたいことがあるんだが」

「野球のことは分からんぞ」


 もちろん、ルールは分かっているが、練習法も作戦面もほとんど分からない。


「さすがに野球独自のことは聞かないよ。そうじゃなくて、去年まで監督やっていた先生の練習メニューがあったんだが、これが結構スパルタだったんだよ」

「へえ……」

「休みの日は投げ込み150球とかそんな感じ。サッカーで喩えるならシュート50本とかそんな感じかな。どう思う?」

「どう思うと言われてもなぁ。シュート練習とか決まった形の練習をひたすらやるっていうのは俺の好みではないけれど、それはサッカーには局面が無数にあるからだ。野球はどんな局面であっても、まずピッチャーがボールを投げるわけだから……」


 ピッチャーがきちんとボールを投げられないことには話にならない。だから、きちんと投げられるようにするための練習を強化するのはやむをえないように感じる。


「ピッチャーの練習として投げ込みがいいのかどうかは俺には分からないけど、サッカー部でやるような練習をしても、通用しないと思う」

「そうだよなぁ……」

「でも、やっぱりどういうチームにしたいか、じゃないかな。野球でも打ち勝つチームとか、守り勝つ野球とかそういうのはあるわけだろ? 方針を決めて、そこからどうやってそういうチームを作っていくかを考えれば、必要な練習も見えてくるような気はする」

「正直に言うと、そこに関しては選択の余地がない……」


 南羽は入部届の紙を並べて、一枚を裏返しにする。


「何といっても、高踏にはとんでもないサッカー部がある。華々しい上に強いサッカー部がある以上、実力はともかくとして、野球部もある程度楽しい志向を向かないといけない」


 強豪校ならともかく、高踏は普通の学校だ。


 高い目的意識をもって野球部に来る者はそう多くない。


 となると、まずは「面白い、楽しい」という方向性を目指す必要がある。そうでないと「面白い、楽しい」サッカー部に向かれてしまう。



「もちろん、楽しいと楽を取り違えてはいけないわけだけど、さ。守り勝つとか泥臭い野球というのは効率的かもしれないが、高踏野球部がそれをやったらみんなサッカー部に取られてしまう。必然、打ち勝つ方向性を目指すことにはなる」

「確かに、打つ方が楽しそうではあるからな」

「打てるようになれば、今度は勝てるようになりたいとなって、守備や投げる方も目を向ける。そういう方向性で行きたいと思う」

「いいんじゃないか? まあ、負けて元々だし」

「いや~」


 南羽は渋い顔をした。


「おまえがハードルをこれでもか、と上げてしまったからな……」


 同級生の監督の下、サッカー部で優勝を経験し、野球部監督になった。


 その話題からして、期待されるものは大きく膨れ上がるはずだ。


「ま、分かってこっちの道を選んだんだから、今更どうこう言っても仕方ない。やれるだけやるしかないけどな」


 南羽はそう言って、肩をすくめる。



 そうこう話していると、体育館の方が騒々しくなってきた。式が終わり、新入生たちが出て来るようだ。


 ここからが、2人の、いや、この場にいるクラブ全ての出番である。

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