4月7日 23:28 天宮家(U17アジアカップ二戦目)

 U17アジアカップ。二試合目も22時30分スタートである。


 日中から夕方にかけて、藤沖からの県サッカー関係の話に追われていた陽人は、この時間になって端末を開いて、試合の映像を開く。


「ウチの選手をあまりこき使わないでほしいわよね~」


 という結菜の声が届いたかどうかは分からないが、二試合目のヴェトナム戦はGKの水田と神沢の2人しか起用されていない。


「やっているサッカーは変わるのかしら?」

「一試合目はちょっと後ろ過ぎた感じだからな……」


 北朝鮮相手ということを考えれば、ラフプレー対策で良かったとも言えるが、毎試合あれだけ低いラインだと選手は大変そうである。



 しかし、試合が始まってみると、この試合もラインは低い。


「うーん……」


 この試合のディフェンスラインは神沢に武州総合の井上に、北日本短大付属の譽田、浪速FCの神尾。


 まともな大会で組むのは初めてというラインであるので、連携面には不安がありそうだ。


 連携面に不安があるので、ラインを高く上げるとズレが生じて突破されるという危険もあるから、安全策をとっているのだろう。


「これで世界相手に戦えるのかな……」

「功志郎はアジアだと充分通用するとは思うけれども……」


 少なくともヴェトナムが相手である限りでは明らかにフィジカルアドバンテージがある。


「……そういえば、何で神沢だけ名前呼びなんだ?」


 ふとプレーと関係のないことが気になった。


 同級生の中で、名前で呼んでいるのは浅川光琴と神沢の2人である。しかも結菜だけでなく、彼女の親友でもある我妻も同じ呼び方をしている。


 浅川に関しては、辻佳彰ともども小学生まで一緒のグループだったため、理解できる。


 ただ、神沢はそういう関係ではないはずだ。陽人の後輩である神田にしても「神田君」と言っているから、神沢だけ「功志郎」なのは違和感がある。


「あ、クラスに上に澤と書く上澤って子もいるから、上の名前だとどっちか分からないからってだけ」

「なるほど」



 今回のメンバーには高踏から5人選ばれており、他に高校勢としては北日本短大付属から2人、武州総合から2人が呼ばれている。


 この試合の先制点を叩きだしたのは武州総合のFW竹洞黒桂だった。小柄だが、俊敏な動きを武器としており見た目に反して強力な左足を持つ。


 中盤の前でボールを受けた後、すぐに向き直って1人をかわして、ゴール右隅に叩き込んだ。


「高幡さん、楠原さんにディエゴ・モラレスのいる中盤から、古郡さんと竹洞が飛び出す展開は厄介そうね」

「あとはユースからの転籍組がFWに2人いるって高幡さんが言っていたな」


 陽人は昼間に貰った資料を取り出した。


 地元のさいたまと、東京から1人ずつFWが転籍しているらしい。ただ、名前だけでどういう選手かは分からない。



 北日本から選ばれているのは溝山光と譽田翔太。


 溝山は初めて見る存在だが、昨年までの4バックが完成されていた存在だから出番がなかったのは仕方ないだろう。前の試合は右サイドバックで出場していたが、この試合は神田ともども休みである。


 このチームはラインが低いため、サイドバックが上がる距離が長い。そのため、負担も大きく、連戦には耐えられないだろう。


 代わりにこの試合で右サイドバックを務めているのは譽田翔太だ。


 北日本短大付属には左サイドバックから左ウィングまでこなせる佃浩平というエース格の選手がいるが、その右バージョンという印象だ。テクニックも高く、個人の勝負で抜くことができる。


 中盤より前は第一戦と同じく海外組5人が出ている。全員、実力は確かなようだが、今のところまだ連携面がおぼつかない印象だ。


「これだけスペースがあると、光琴は本来のスペース走り回る動きがやりやすそうね~」

「確かに……。でも、そんなことを言うと河野さんが本当に呼びかねないから」

「うん、そうだね……」


 5人呼ばれるだけでも大変なのに、更に増やされると大変である。


「これなら浅川の方が……」なんていうことは思っていても、言ってはいけない。


 ただ、浅川のような推進力がある選手がいないのは事実である。


 海外でプレーしている小本と戸沢は揃ってスピードはあるが、ペナルティエリア付近からの仕掛でかわして、シュートを打つ。あるいは一瞬の動きでマーカーを外すタイプである。


 浅川のように、ハーフラインからそのままトップスピードで独走して自分で決めてしまうタイプではないようだ。



 前半は1-0で折り返した。


 連携面と連戦ということもあるのか、海外組にややキレがない。シュートは撃てているが、「これぞ海外組」という唸るようなシーンはなく、漫然と攻めている印象だ。


 守備面に関しては、フィジカルアドバンテージをそのまま活かしている印象で、危険なシーンは全くない。特に井上の強さが目立っている。


「功志郎は北朝鮮みたいな相手の方が良さを活かせるし、こういう試合なら神津君の方が……」


 結菜がぼんやりと感想を漏らす。全く同感だ。


 ただ、水田や神田、神津と比べると神沢は選手権でほとんど出番がなかった。


 それにも関わらず、河野は「高踏の3人のバックラインと水田は必ず招集する」と言っていたので、神沢に対する評価が高いのだろう。


 現役時代の河野は恵まれたフィジカルや華麗な技術などを持ち合わせていたわけではない、色々考えてプレーする、汚れ役だった。


 似たタイプの神沢に親近感があるのかもしれない。

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