4月7日 8:23 グラウンド
翌日曜日。
朝、陽人がグラウンドに行くと駐車場に一台の車が止まっていた。
「こんな朝から誰か取材に……?」
独り言をつぶやいて近づいた陽人は、グラウンドの外で話をしている男女を見て足を止める。
一人は草山だ。その隣にはほぼ同じくらいの背丈のスーツ姿の女性が立っている。
女性が何者であるかを確認した陽人は溜息をついた。
ただ、普通に考えればありうることだ。
明日は入学式。
草山紫月は半年以上前からサッカー部に出入りしているが、正式な高踏高校の一員となるのは明日からだ。そこに姉が来たとしても不思議はないだろう。
草山の姉、佐久間サラが。
向こうも陽人に気付いて近づいてくる。
「お久しぶり、天宮君。今や世界一の監督、すっかり雲の上の存在になってしまったわね」
含み笑いを浮かべた挨拶に、陽人は渋い顔をする。
「偶々ですよ……。佐久間さんはどうなんです?」
サッカーの試合しか見ていないので、テレビもドラマもほとんど見ない。
佐久間サラに限らず、今、どんな女優やアイドルがいるのか、陽人にはほとんど分からない。
「昨日までは大阪の方で取材していたわ。稲城君の中学生時代のライバルに」
「稲城のライバル?」
中学時代の稲城のライバルということはボクシングだろうか。予想外の切り出され方に目を丸くする。
「もっとも、稲城君が彼をライバルと意識していたかどうかは疑問だけど」
「あぁ……」
中学時代負け知らずというから、相手がライバル視していたとしても、稲城が覚えているかどうかは定かではない。
「取材するくらいには強いんですか?」
「ちょうど先月末の高校選抜を取材していたけれど、見事に優勝。今のところ高校四冠、いや、五冠か」
「それはすごいですね」
と言っているところに、ちょうど稲城が自転車でやってきた。
「おーい、希仁」
呼び寄せると、稲城も佐久間に気付く。
「あ、これは草山君のお姉さん。お久しぶりです」
「今、希仁の昔のライバルを取材しているんだって、さ」
「次のオリンピック代表候補の法上京一君の取材をしているんだけど、覚えている?」
稲城は一瞬目線を上に向けて、「あぁ」と手を叩いた。
「もちろん覚えていますよ。そうですねぇ、ライバルというか一番拮抗していたとなると彼になるんですかねぇ……」
首を傾げながら話しているあたりに、稲城の認識が現れている。
「今日、高踏に行くことを話したら、『勝ち逃げすんなや! はよボクシング戻ってこい』と伝えてくれと頼まれたから、伝えておくわね」
「アハハ……」
これは稲城も苦笑いするしかない。
「ボクシングに戻るとなると、足の筋肉の質を変えないといけませんので、半年くらいはかかりそうですねぇ」
「そんなに変わるのか?」
「はい。ボクシングでは地面はともかく、ものを蹴ることがないですからね。足の筋肉の半分くらいは多分不要になると思います」
稲城は中学時代、ボクシングでは61キロを下回る程度だったらしい。そこから身長は2、3センチ程度の伸びで73キロまで増えているというから、かなり増量していることになる。ただ、無理につけたわけではなく、サッカーをやるうえでは自然な部分でついた結果らしい。
「なるほど、確かにマラソンランナーは細いしね……」
色々な筋肉や鍛え方の質があるものだと、改めて考えることになる。
「法上君に限らず、次のオリンピックを狙う学生アスリートを取材する仕事がメインなのよ。高踏高校からもサッカーでオリンピックを狙う選手がいれば、仕事で来ることもできるのだけど」
「……高踏に限らずサッカーは難しいのでは」
オリンピック競技の中でも、サッカーはかなり特殊な部類にあるといっていい。
23歳までの年齢制限があるし、代表への拘束という点でも弱い。
オリンピックにこだわりのある日本はその中では頑張ろうとしている部類だろうが、ヨーロッパのトップ国の間では「主力は出したくない大会」というようなイメージもある。
「天宮君も日本をあっという間に飛び越えて、チャンピオンズリーグとか狙うチームに行くことになってしまったものね。正直、去年全部勝ってしまったわけだし、今年に向けたモチベーションってあるの? U20の指揮とらせろとか思わなかったの?」
「思う訳ないですよ」
「でも、去年のメンバー総残りで、選手層が更に厚くなるわけで、勝って当たり前、負けたらどうしたの? って、感じになるレベルでしょ?」
ずけずけと言ってくるが、ある面事実ではある。
選手権優勝したメンバーが丸々残って、更にJFAの人達をして「トップクラスが10人入った」という新人たちがいるとなると、世間的には「高踏は今年も勝って当たり前」くらいに思うだろう。
逆に負けたら、「慢心した」とか「もう天宮は日本に関心もやる気もないのだろう」などと言われかねない。
※稲城と法上の外伝みたいなものはそのうち……と考えています(予定は未定)
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