4月6日 9:32 グラウンド

 この日、陽人も結菜も1時過ぎの試合終了を見届けた後、就寝した。


 結果、起床は7時過ぎとなり、グラウンドに行くのは朝の9時近くになる。


 もちろん、春期休暇中の学校には部活動の者以外、全く姿はない。


 もっとも、サッカー部のグラウンドは活発だ。


 既に加入することが決まっている新一年生8人を含めて、20人以上が練習をしている。



「おう、陽人、結菜ちゃん、おはよう」


 園口が2人に気付いて挨拶をした。


「おはよう。試合を最後まで見ていたからこのくらいの時間になったよ」

「あ~、俺は前半だけ見ていて『勝てそう』って思ったから、そこでやめたよ」


 確かに前半の2-0で、ある程度安全圏であったのは事実だ。


 ただ、監督である以上は、怪我人の有無なども含めてできるだけ最後まで見たいという思いもある。翌日に授業があるのならともかく、そうでもないのだから。


「試合も面白くなかったし。河野さんももうちょっと前から行くサッカーをしてほしいよな~」

「北朝鮮だとラフプレーも多いから、あまり積極的にやらなかったのかもしれん」

「あぁ、そんな考え方もあるのか。でも、試合ごとにやり方変えて勝てるほど日本は強くないだろ。まあ、アジアなら勝てるかもしれんけど」

「勝てるのか、勝てないのかどっちなんだ」


 陽人のツッコミに園口が笑う。



 部室に入り、まず今日の出席を確認する。


 篠倉と鈴原は昨日から関東に出向いている。三つほどの大学を見学しているらしい。


 3年のうち、颯田と南羽はそれぞれ海外移籍、野球部に転籍という形でサッカー部を離れた。


 また、陽人はコールズヒルと契約し、イギリスに渡ることが決まっている。


 残る19人のうち、はっきりとプロを希望しているのは立神ただ1人で、両面で天秤にかけているのが、瑞江、陸平、戸狩、篠倉の4人。他競技も含めて天秤にかけているのが稲城。他の13人は基本的には進学という方向で考えている。


 これは多くのプロ関係者にも意外な結果だったようである。その代表例が園口だろう。


「俺の場合はね……一回、挫折したから念のためって考えが働くんだよなぁ」


 小学校にして天才と謳われた園口だったが、中学時代はジュニアユースで伸び悩んでドロップアウトした。高踏高校で復活して、再度評価が高まったものの、本人としてみると一度地獄を見ているだけに大学卒業という肩書が欲しいようだ。


 現在の彼はチームの大エースというわけではなく、瑞江、立神、陸平の三人の例外的存在に続く二番手クラスという立場であることも、そうした考えに拍車をかけているのだろう。


 ただ、園口の評価は実際にはかなり高い。


 もちろん、個人技術としてはエースクラスとは言いづらいが、それでも及第点の技術はある。センターバックと右サイドバック以外はどこでもこなせるうえに、メンタルやスタミナ面でも高評価を受けており、後方のポジションが手薄なJクラブ何チームかは準レギュラーの即戦力として考えているとも言う。


 陽人は「一応、練習参加くらいしてみてもいいんじゃないか?」とは言っているが、それは本人次第である。



 園口に対するJクラブからの要請も多いが、それ以上に引きが多いのは稲城希仁であろう。


 日本代表としてU17ワールドカップ優勝メンバーともなったが、特筆すべきは運動能力と頭脳面であり、サッカー技術という点では未だ代表レベルというにはほど遠い。


 そんな存在であるので、「他競技でも行けるんじゃないか」という声も高い。元々中学時代にはボクシングで日本一になっていたこともあるから、ボクシング界から復帰を求める声は多いし、野球やバスケットなども「一度やってみてはどうか」という声がある。


 例えばアメリカだと、大学まで複数の競技をやっている選手も少なくない。四大スポーツの複数競技から同時にドラフト指名を受けた選手もいるほどだ。


 一方で成績も学内三番以内であり、超難関大学に進む道も考えられる。


 彼ばかりはどういう道を選ぶのか、神のみぞ知るところであろう。



 いずれにしても、春先でまずある程度決まる選手が多くなる。


 そこまでの選手起用が一番大変だ。


 幸い、新人戦に優勝できたことにより、総体県予選は今年も準決勝からの登場となる。


 プリンスリーグの日程をどうにかこなして、春先までに進路が決まった者から、サッカー部の活動をどうするか決めてもらい、その頃までに新一年をある程度形にして、チームを融合していくことになるだろう。



「2年、ちょっと~」


 と、一つのグラウンドでミニゲームをやっている2年達を呼び寄せた。


 もちろん、未明までサウジアラビアで試合をしていた5人はいないが、逆に言うと、代表に呼ばれないだろう、この2年組がこの春、離脱を気にすることなく安心して使える戦力ということになる。


「……ということで、春先のリーグ戦は君達が基幹戦力となる。もちろん、レギュラーというわけではなくて、3年や代表組が入ってくることもあるだろうけれど、一番期待しているのが君達であることには変わりがない。そこで君達の中からキャプテンを選びたいと思うけれど」


 2年の中で、一番キャプテンに色気を持っているのは神田響太である。


 多少お調子者であることは気になるが、神田でダメということはない。ただ、本人が代表に行っている以上、安定したキャプテンにはしづらい。


 居残り組の中で選ぶ必要がある。


「光琴じゃないか?」


 という声も飛ぶが、その浅川は。


「聖恵が良くないですかね?」


 と言ってくる。


「去年1年、結構頑張っていましたし」


 プレーできない期間がほとんどながら、地道な治療を続けて、最終的には試合に出場するまでに至った。その部分を評価しているようだ。


 浅川の言葉に、全員が「確かに」と頷いている。


 似たような立場の末松もいるが、こちらはフロントの一員という認識でピッチのキャプテンという感じではないようだ。


「じゃあ、聖恵に頑張ってもらおう」

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