高校三年編

2年不在の新チーム

4月6日 1:00 天宮家

 サウジアラビアで開催されているU17アジアカップ。


 4月4日、日本の初戦の対戦相手は北朝鮮である。



 テレビの前にいる陽人と結菜は揃って不安げな表情だ。


「勝てるとは思うけど、荒っぽいことにならないといいんだけど」


 外交関係で日本を敵視している国であるだけに、負けそうになってくるとラフプレーに走ってくる可能性がある。


 それだけでも面白くないが、高踏からは、司城、神田、神津、神沢、水田の5人が選ばれているから実害もありうる。


 チーム事情を考えれば軽傷で戻ってくるなら、それでも良いという気持ちはあるが、そんなことを考えていて大怪我をされてはたまらない。負傷はないに越したことがない。



 日本代表のスターティングメンバーは以下の通り。

 GK:水田明楽

 DF:神田響太、神津洋典、神沢功志郎、溝山光

 MF:上山麟人うえやま りんと三島潔みしま すぐる高修治こう おさむ

 FW:司城蒼佑、小本剛流こもと ごーる戸沢遼太郎とざわ りょうたろう


 高踏から選ばれた選手は全員出ている一方、中盤から前は司城を除くと海外組だ。


 結果として優勝したものの、前年のメンバーは途中まで「谷間の世代」と言われていた。


 そのチームで海外チームに所属していたのは星名太陽ただ1人である。前後世代の方が華はあると見られたのは、ある程度仕方ない話だったのだろう。


 ただし、監督の河野和一郎は「去年のチームと異なり、ディフェンシブに戦うチームを作る」とはっきりと発言している。


 その象徴がGKの水田明楽であろう。


 世間も含めて、そのPKストップに対する期待は雪だるま式に膨れ上がっている。


「これで水田がPKを止められなかったら、ちょっと怖いよなぁ」


 そんな危惧を抱くほどだ。


 もちろん、陽人も水田のPKストップには優れたものがあると考えているが、実戦で披露したのは昨年のリーグ戦での数回と、選手権県予選決勝の深戸学院戦だけである。


 果たして、代表でそれが通じるのかという疑問はぬぐえない。



 試合が始まった。


「ライン低っ!」


 開始とともに結菜が叫ぶ。


 陽人も思わず苦笑した。ある程度守備的に振る舞うと聞いていたが、想像以上に最終ラインが後ろにいる。


「これはまずいわ。水田の成長に邪魔になるかも」

「そこまで言わなくても……」


 と思うが、これだけ低いラインに構えていると、高踏の高いラインのやり方を忘れてしまいそうである。


 ここまでラインが低いと、当然北朝鮮が前に出てくる。ボールキープは北朝鮮の方が長くなり、ファウルを受ける心配は低くなる。ボールを保持する側がラフプレーを行うのは難しい。


「ラフプレー対策なのかな?」


 結菜が首を傾げるうちに、神田がボールを奪った。


「おおぉ」


 そこから日本の縦への早い攻撃が始まる。


 前に来させているだけにスペースは広がっている。その空いたスペースに選手が走り込み、ロングパスを繋ぎながら前に出ていく。


 左サイドでパスを受けた司城が斜めに突っ切り、シュートと見せかけてラストパス、中央にいる小本が決めて鮮やかに先制点が入った。


「うーん、ナイスゴールだけど」


 結菜はあまり喜んでいない。陽人も妹と同じ心境だ。


「北朝鮮ならともかく、世界のトップにここまで見事にロングパスが繋がるかな……」


 仮に相手チームに陸平がいたのなら、どこかでパスを読んでカットに来るだろう。そこから逆カウンターを食らうことになるかもしれない。


 世界の強豪相手に個人技術と走力で戦い抜くということができるだろうか。



「まあ、この戦い方ならラフプレー受けることはなさそうだけど」

「確かに……」


 とはいえ、ケガをしないための戦いをしているとすれば、発展性に不安がある。



 それでも前半のうちに小本が2点目をあげて試合を更に優位づけて折り返し、後半10分には司城もゴールをあげ3-0となった。


 ここから、河野は選手をどんどん変えていき、25分には海外組5人を引っ込めた。


 この様子だけを見ると、チーム力をあげるというより、安全に結果を求めていると見て取れなくもない。


 ただし、それでも安全とも言い切れない。北朝鮮がロングボール主体の攻撃に切り替えてきて、時々肘を立てるようなシーンが見られる。



「あぁ、やっぱり試合が荒れてきた。ウチの選手は全員残されているのが面白くないなぁ」

「確かに、な」


 海外組の選手は呼ぶ際に色々複雑な条件もついているのだろうが、大勢呼ばれて特別配慮もされないとなると、面白くないのは仕方ない。


「ただ、神沢は残しておいた方が良いかもしれないけど」

「まあ、功志郎は……」


 神沢功志郎は「やられたらやり返す」という訳ではないが、高踏のメンバーの中では唯一「ここ止めるにはファウルでも良くない?」という発想ができるタイプである。また、ファウルなどを受けている時にも直接やり返したりはしないが、相手をカッとさせるようなやり返しなどもできる存在だ。



 2人の期待? は、33分に現実のものとなる。


 北朝鮮の選手が神津と競り合い、ひと悶着ついたところに神沢が何かを言った。


 途端に激高した相手が神沢を突き飛ばして猛反論をする。


 当然、突き飛ばした側にレッドカードが提示され、神沢にもイエローカードが出された。


 テレビで観ている2人も苦笑するしかない。


「功志郎、何を言ったんだろう?」

「日本語じゃあんなに怒らんよな……」


 ともあれ、退場者が出てしまったことで、北朝鮮のラフプレーも鳴りを潜めた。


 日本はそのまま初戦を3-0で勝利し、グループステージ突破に前進したことになる。

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