1月28日 12:40 食堂

 月曜日、正式に日本代表から招集要請を受けたため、立神は火曜朝に北京に向けて飛び立つべく東京・品川へと向かうこととなった。


 土曜か休日であれば、陽人もついていくところであったが、さすがに授業もあるのでそこまで抜けて、とはならない。



 一方、颯田とキングス・スペインの契約交渉も順調に進んでいるようである。


 何分スペイン語の契約交渉となるため、語学に契約に問題がないかチェックする必要があるが。


「県協会にもスペイン留学してくれた人がいるから、翻訳してもらったうえで弁護士にチェックしてもらっている」


 颯田の家は母子家庭であるため、契約金がもらえるかどうかという部分など、経済面に関する要求は切実である。高踏高校にとっても初めてのケースであるため、様々な方面に働きかけているようだ。



 昼休み、経過報告がてら、陸平や瑞江を交えて話をする。


 瑞江はここまでのところ態度を保留している。そのまま選手になるということももちろん考えているが、アメリカで大学進学ということも頭にあるらしい。「選手になってもすぐに大怪我するかもしれないし」というのが念頭にあるようだが、さすがにこれから海外に行くと燃えている颯田の前ではそんなことは言わない。


「海外組のサッカー選手だと、マネジメント会社に所属するケースもあるけどどうなん?」

「あ~、確かに電話とかメールは来ている。ただ、日本人はドイツやオランダ、ベルギーが多いから、スペイン語がどこまで通用するかが分からないんだよな」


 颯田は携帯電話を取り出し、電話で話を受けたという、あるマネジメント会社のホームページを開いた。確かに所属している選手はブンデスリーガかオーストリアリーグの選手が多い。他は日本国内でプレーしている選手であり、スペインでプレーしている選手はいない。


「そもそもスペインで成功した選手は少ないからな。九田選手くらい?」

「はっきり成功って言えるのはそんなものだろうな。若くして行っている人は多いけど、それでもドイツやイングランドの方が多いかもしれない」

「あいつには聞いたのか?」

「あいつ?」

「我らが王様。タイヨウ・ホシナ」


 瑞江がおどけると、颯田は苦笑する。


「いや、あいつもイングランドじゃん。それにあいつの事務所に入ったら、動画でリフティングとかやらされるだけで、交渉は手伝ってくれなさそう」

「確かに……」


 星名は年末年始の忙しい時期に3試合ほど出場したが、その後はまたリザーブチームでの試合が増えているようだ。ただ、その間の活躍はインパクトがあったようで、他チームが狙っているという話もある。



 颯田の前途が開けそうなのは有難い。


 ただし、春以降のことを考えると、陽人にはまた考えることが増える。


(颯田がいなくなると、誰をあてたものか……)


 高踏がうまく行った一端として、まず颯田と稲城の馬力のある守備があったことは間違いない。


 ポジションに関してはニンジャシステムをはじめうまくいっているので、颯田不在が直ちに弱点となるわけではないが、サイドから縦の突破も、横に来てシュートという選択肢を併せ持つ選手はあまりいない。


 もちろん、その不在で直ちにダメージを受けるとまではいかないが、色々影響があるだろう。



「でも、翔馬もしばらく不在ということを考えると、この時期チーム練習をあまりしないというのは良いのかもね。全員がリフレッシュして横一線でチームを争うというのも面白そうだ」


 陸平の言葉に、颯田が笑う。


「そりゃ達樹と怜喜は余裕だろうけど、他は冷や冷やしているんじゃないか?」

「余裕ということはないよ。来春以降、戦術遂行のキープレイヤーは僕じゃなく戎になりそうだし」

「まあ、そうだな」

「車懸り構想も、戎を中央に置いて残りの4人か5人が回るような形ならすぐに出来る気がする」


 戎を中央に置いて回りはそれに合わせる動きをする。


 確かに戎の視野とポジショニング、予測能力ならできそうだ。颯田がなるほど、と頷くと、瑞江が苦笑する。


「いや、ただ回転するだけなら意味がないだろ。結局、ここぞというスペースを見極めて、その瞬間だけポジション関係なく車懸りで攻め込むような感じで人を集中させることができるかという話で、回ることが主題になると本末転倒だろ」

「達樹の言う通りだ」


 陽人も頷く。


「……とはいえ、本題を果たすうえでも戎のセンスは必要不可欠だから、あいつがキーになるという点は同感だ。というより、戎がいないとさすがに理論倒れになるんじゃないかくらい無茶だという感はある」

「もう1人、あのクラスのニュータイプが入れば出来るかも」

「いや~」


 陸平の言葉に陽人は首を横に振る。


「高踏も結果が出て有名になったけれど、それで我の強い『俺こそが10番だ』って感じの選手が増えるんじゃないかという不安がある」


 二年前、つまり自分達が入学した頃は、「大学に行けるし、実績ある藤沖監督だからまあまあ楽しく、そこそこ強くなれるかもしれない」というくらいだった。昨年は結果を残したことで「ここなら変わったサッカーができるかもしれない」という司城のような選手が入ってきた。


 更に結果を残した今年はトップ選手が来るかもしれない。それは有難いことである反面、技術がある代わりにチームの和を乱しうるお山の大将タイプが大勢やってくる可能性もある。


「あ~、まあ、ありうるかもね」

「とはいえ、高踏に来る以上、サッカーしかしないってことはないだろうし、ある程度の分別はついているんじゃないか?」


 颯田が言う。


「……そこからドロップアウト寸前の人間も出て来ているけどな」

「いや、俺は就職するからドロップアウトじゃないし」


 瑞江が茶化すと、颯田は開き直るように言った。

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