1月27日 15:31 愛知山中・県民施設

 日曜日。


 午前から山の中を走り回っていた9人は、風呂に入った後、休憩室で転がっていた。


「いや~、きつかったぁ……」


 道明寺が天井を向いて言葉を漏らせば、林崎は途中で何回か転倒したところに絆創膏を貼っている。


「こんな感じで一季節に一回走ったりしたら良いと思う」


 そんな中、当然ながら慣れている立神と、何をやらせてもケロッとしている稲城は全く平気な様子だ。やれと言われればもう一周くらいしそうなほど平気な様子である。


「帰りは16時過ぎだっけ……」


 スケジュールを確認しようと携帯電話に手を伸ばした陽人は、気づいていない着信があることに気付いた。


「うわ、河野さんだ」


 相手を見て、陽人がげんなりとなった。


 U17の河野が電話をかけてくるということは、何かしらU17の話があるに違いない。


 新人戦を1年に任せると決めている以上、そこから引き抜きがあるのは勘弁してほしい。



 とはいえ、無視するわけにもいかないので、陽人からかけ直す。


「もしもし、天宮です」

『あぁ、どうもどうも』


 向こうも乗り気でないことを頼むと承知しているようで、少し微妙なトーンの挨拶だ。


『中国の伊吹さんから連絡があって、さ。あとで公式に連絡が行くと思うんだけど』

「……何のことです?」

『来月のU20のアジアカップメンバー、DFが2人離脱したんで、立神君を追加招集したいって』

「えっ?」


 いきなりすぎる話である。


 そもそも来月にU20のアジアカップがあったこと自体、初耳である。


 大会そのものがこの時期にあるらしいということは結菜か我妻あたりから聞いていたが、日程その他まで把握していない。誰か呼ぶというような話もなかったはずだ。


『あれ? 3人はありうるかもって連絡はしていたって聞いたけど……』


 電話の向こうで河野が不思議そうな様子だ。


「いえ、聞いていませんよ」

『あっ! もしかしたら、真田さんに渡していたかも』

「あぁ……それならありえるかも」



 河野か県協会かJFAの職員かは分からないが、真田にポンと資料を渡す。


 真田がそれを無造作に置いてしまい、誰の目にもつかないまま放置されるということはありうる。


 今や高踏高校の動向は県サッカーの中心である。


 仮に真田の放置で大会の登録漏れなどがあれば県協会の方から慌てて電話をしてくるだろう。


 しかし、代表選手招集の打診などはそのまま放置されてしまう可能性があった。



(方針を発表したことも裏目に出たか……)


 既に一週間前に、滝原を通じて三尾日報に「新人戦に2年生は出さない」と宣言してしまったこともある。「新人戦に出さないのなら追加招集しても良いのではないか」という印象を与えてしまったのかもしれない。


「とりあえず本人には言っておいて、正式な要請があったらその時には回答できるようにしておきます」

『了解。申し訳ないけどよろしく頼むよ』

「はい。分かりました」

『あ、ちなみに来月終盤には17の方もメンバー発表の予定だけど』

「……そっちは分かっています」


 U17のアジアカップは4月にある。


 そこには現1年の水田に守備陣、司城といったメンバーが引き抜かれるということだ。


『申し訳ない。繰り返しになるけど、U20の方は、今晩正式決定して、明日朝に連絡があると思う』

「そうですか……」


 ようやく電話が終わり、立神の方を向いた。



「翔馬、U20呼ばれるってよ」

「は?」

「……まだ本決まりじゃないけど、DFが2人ケガしたから来てくれって」

「いつの話?」

「2月10日くらいのスタートだから、多分すぐじゃないか? また中国」

「勘弁してくれよ~。俺、次の世代なんだぞ」


 確かに今の2年世代は今年18であり、次回のU20でも参加資格がある。


 いわゆる飛び級と言っても良い。


「まあ、故障者が出た追加招集だし、そんなに出番はないと思うよ。2つ上だと相当差があるだろうし、刺激としてはいいんじゃないか?」


 新人戦はあるとしても、三月期期間は次の年に向けてのある種の準備期間のような雰囲気がある。


 突然の招集はびっくりしたが、それが新しい刺激になるのなら、悪くはないだろう。もちろん、その結果としてアジアを勝ち抜き、秋口の本大会まで呼ばれるとなると話は変わってくるが。



「いいよな~、俺も一度くらい代表に呼ばれたいよ」


 道明寺が羨まし気に言う。


「尚は悪くはないんだけど、代表で使いたいとなる武器がないからな。だから、三月までに何か一つ、二つブレイクスルーを起こしてほしい感はある」

「うおっ、そういえばここにはU17の前代表監督がいたんだった」


 陽人の言葉に道明寺が大袈裟に驚くふりをし、稲城と曽根本が笑った。



 そんな一同をよそに、立神は「面倒くさいな~」と溜息をついていた。

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