1月26日 17:55 愛知東部・旅館 

 試合が終わると、陽人は簡単な報告を結菜に入れて駅へと向かう。


 豊橋から飯田方面の電車に乗り継ぐ。



 立神翔馬が今日から1泊2日でバランス強化に向けたトレーニングをするという。ここに稲城と陸平、鈴原、林崎、曽根本、道明寺、櫛木の7人が参加することになっていて、陽人も合流する。


 泊まる宿は安易に高校生が泊まれる値段ではないが、幸か不幸か小遣いを使うことがほとんどないので資金的な余裕はある。


 トレーニングをする必要がないといえばないが、全く走れない、バランスがとれないでは、監督として情けないので参加することにしたのだ。



 目的駅に着くと、既に立神が大きな袋を抱えて準備していた。


「おー、陽人。まずこれ履いてくれ」


 と、渡されたのは一本足の下駄である。


「すげえフラフラするんだが、これがいいのかね?」


 既に履いている道明寺がふらつきながら言う。


 履いてみると確かにバランスが難しい。大溝ジムなどでバランスボールなどを使った特殊なトレーニングもやっているが、それとはまた違うものがある。


「これで半日過ごせば、いつも使わない筋肉が使われていいと思うぞ」


 言いながら、立神はスタスタと歩いている。その横では稲城が片足で跳んでいた。


「……あの2人はやっぱり化け物だわ」


 道明寺は呆れかえるしかない。



「ケガをすることは避けられないことも多いですが、一方で身体が予期していないがためにケガをするということもありえます」


 宿へ歩きながら、稲城が説明を始める。


「ですので、日頃使わない筋肉を使ったり、いつものトレーニングでしないようなバランスを経験したりすることはパフォーマンス向上にも役に立ちますし、とっさの時に予想外の動きをすることもできますし、ケガの予防にもつながります」

「確かにそうかもしれないな。宿に行く前に転んでケガするかもしれないが」


 林崎がそう言って苦笑する。


「小さいケガならした方がいいぞ。身体が覚えるから」


 立神が本気か冗談か分からないことを言って笑う。


「で、日頃使わない筋肉を使ったところで、明日は県民の森で30キロ走る」


 アップダウンの多い森の山道を走ることで、これまた日常と違った筋力やスタミナが鍛えられる。


「更に全員で行き来するということで、絆も深められるということだ」

「絆という点では、陽人はピッチに立たないから遅れるようなら置いて行っても良さそうだね」

「おい、ちょっと待て」


 陸平の物騒な言葉に陽人が突っ込む。


 実際、選手としてプレーしている8人に比べると遅れてしまいそうなだけに、無視できない発言だ。


「その場合、電波は通じるはずだから、携帯で助けを呼べばいいんじゃないか?」


 立神も続いた。



 1時間以上かけて2キロほど歩いて宿に入ると、ようやく人心地つく。


「樫谷はどんな感じだったの?」


 陽人が樫谷の試合を偵察に行くということは陸平も知っていたらしい。我妻あたりに聞いたのだろう。


「高踏の時も同じかどうかは分からないが、今日の試合を見る限りは北日本と似たような感じだったな」


 ニンジャシステムも含めた高踏のポジションチェンジには中々対応できない。


 だから、完全に対応しようというのは捨ててしまい、核となる陣形を決めておき、そのポジションを維持する形でチームを維持する。


「で、北日本と違って相良が中央に陣取って差配していた感じだ。キープ力もあったし、うまく決まればある程度厄介な形ではある」

「今後の対戦相手はそういう形が増えるんだろうね……」


 陸平の言葉に全員が頷く。


「そうなると思う。これまでは思考の速さを磨いて、ポジショニングの速さで勝負してきたけれども、異なる方向にも考えを早くする必要がある」

「……というと?」

「北日本相手の決勝ゴールは、組み立てまではシンプルだったが、真治のクロスに対して、達樹はシュートと見せかけてスルーパスを通した。更にスルーパスに反応した戎は反応が見え見えだったけれどポジション的にはシュートも打てる位置で反対サイドに折り返した。で、浅川が決めた。当たり前だけど、相手に複数の選択肢を準備させるプレーを続ければ、それだけ陣形が崩れるということだ」

「……その点では、戎が関与したという点に価値があるわけだね」


 陸平が言う。


 これまで、高踏はスピードとパニックで崩す以外では瑞江と戸狩が中心であった。この2人のみ複数の選択肢を持ち続けてプレーができ、残りの選手は割とそのシチュエーションではシンプルなプレーに終始していた。


 決勝点では戸狩と瑞江も関与したが、更に戎がアクセントになったことで点になった。


「ポジショニングで頭を使ううえに、更に選択肢を増やすようなイメージも持つのだから大変だとは思うけれど、それを磨かないとトップには苦労するはずだ」

「そうだね」



「……そういえば、その2人はジムでトレーニングしているのか?」


 道明寺の言葉に稲城が「えっ」と声をあげた。


「あれ、聞いてなかったんですか? 自転車で琵琶湖一周するとか言って、5人くらいで移動していたと思いますが」

「え、そうなの? 全然知らんかったわ。陽人は知っていたのか?」

「それはまあ、遠出するスケジュールくらいは」

「そうなのか。でも、真治は琵琶湖一周するくらいに自転車漕げるのか?」

「そこまでは知らん……月曜日に聞けばいいんじゃないか?」


 トレーニングは別々にしても、学校には来るはずである。

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