1月26日 12:25 新人戦1回戦会場
名古屋市内・伊良川公園競技場。
10時30分から始まる樫谷高校対糸織高校の試合会場に、陽人は訪れていた。
結菜に「どうせどこも行くところがないなら、樫谷の新人戦見に行ってよ」と頼まれたからだ。
その目的は1人、中学生サッカーの事情を誰よりも詳しい高幡舞が知らなかったという、相良蓮をチェックしに来たのだ。
「お~、天宮君」
ベンチの後ろにいると、藤沖が目ざとく気づいた。
「いつもこちらから見に行っていたけれど、まさか君の方から来てくれるとはね」
「いや、大溝さんから相良君のことを聞きましたので」
「そうなんだよ、彼は凄いんだよ。公式戦初戦なのであるいは緊張するかもしれないが、ウチでは図抜けたポテンシャルの持ち主だ」
楽しそうに語るところを見ると、相当な期待をかけているようだ。
発表された樫谷の布陣は4-5-1。
GK:①折舘
DF:③鈴木、④十森、⑤藤原、⑫谷
MF:⑥三賀、⑨藤井、⑪毛利、⑭ダニー、⑯相良
FW:⑩野市
練習中に目立つのは14番のダニー・ミツルだ。背が高い。
相良はそれほど大きくはない。フィジカルがついてきたから楽しみ、という藤沖の言葉からすれば技術か頭脳で勝負するタイプなのだろう。
「ふむ」
試合開始とともに、樫谷の中盤の布陣が特徴的であることに気付く。
サイコロの「五」の形に布陣しており、その中央に相良がいる。1トップの野市が少し高めに残っているが、中央に分厚い布陣だ。イメージとしては北日本短大付属のクリスマスツリーに近い。
そして戦い方もそれに近いようだ。選手が人やボールを追ってポジションが変わった場合、自らのポジションではなく、4-5-1の陣形維持を優先して、移動した場所に留まるやり方である。
しかし、相良の場所だけは変わらない。中央に位置して、かなり密集した中で狭いスペースを探してそこでボールを受ける。
ボールを引き出すと、2人くらいに囲まれても何とかキープをして外に出す。
相手が中央に集まった分、フリーの味方ができる。ボールがそこに素早く繋げばチャンスになる。
ボールを取られても中央なので対処はしやすい。
相手のレベルもあるので、相良の中央配置はうまくいっているように見える。
確かにキープ力は高い。また、密集した中でもそこから出せるようなパスも出せている。
(うちのチームで言うなら、ドリブルよりパス専門になった加藤という感じか……)
難点はそこでボールをキープする時間が長く、チャンスが消えてしまうことである。
現代サッカーではボールを奪取した際、相手が陣形を立て直す前に攻め落とすことが求められる。
技術レベルはともかく、ドリブルの攻め上がりが遅い加藤がもう一つ決定機に絡めないのはそのためだ。
また、チーム自体が取り組み始めたのが最近のように見えるため、肝心の陣形維持もやや心もとない。
ただし、これは新チーム移行前ということを考えれば仕方ないのかもしれない。
(これは藤沖さん、新人戦で勝つということは考えていなさそうだな)
樫谷がある程度形を見ることができそうなのはインターハイ予選か。
あるいは選手権予選までじっくり作り上げるつもりなのかもしれない。
試合は2-0で樫谷が勝利した。
公園のスタンドなので、特に入場も規制されていない。
終了後、ベンチ近くまで近づいて藤沖に挨拶しようとしたところ。
「あ、天宮さんだ!」
樫谷の選手が気づいて、そこから一気に輪になる。
樫谷だけではない。負けた糸織高校の選手達も近づいてきた。
「こらこら、一気に集まるな。天宮君が迷惑するぞ」
藤沖が制止し、糸織の監督も慌てて寄ってきて離れるように指示を出す。
「とはいえ、将来のプレミア指揮官だから、ね。せっかくだから、何か我々のチームにコメントでもしてくれると助かる」
「こ、コメントですか……」
予想しない展開に面食らったが、両チームの選手達は期待している。
何も言わずに帰るのは難しい雰囲気になってきた。
(参ったな)
感想そのものとしては、いかにも新人戦だな~、というものである。
高踏も一年(と南羽)で臨むことになるが、完全なテストモードで、実戦のようなテンションや迫力はない。
とはいえ、そんな感想ではダメだろう。大人の感想、今後を前向きにさせるようなものが求められる。
「中々他チームの試合を観ることがないので、今日は非常に新鮮な思いで見ました。まだまだ新人戦ということで積み上げていくものがあると思いますし、それは高踏も同じです。今度対戦する時を楽しみにしています」
そう話すと、全員から拍手で何人かからサインも求められる。
「こらこら、サインはダメだ。君らを疑っているわけではないが、転売なんかも話題になるんだからな」
藤沖が止めてくれたが、代わりに。
「全員で写真撮影には入ってくれないか?」
と、なった。
結局、樫谷のメンバー全員、糸織のメンバー全員と写真に写ることになる。
余程の事がない限り、サッカーの会場の中に入るのはやめておいた方が良いようだ。
それを理解したことが、この日の一番の収穫となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます