1月20日 11:30 グラウンド
大溝夫妻が高踏高校に来るのは半年ぶりであった。
夏以前は時々、土日に来ることもあったが、それ以降はサッカー部全体のスケジュールが忙しく、地元に全員いないことも多かったため、ネット会議の形でトレーニング指導をすることはあっても、来るだけの意味がなかったのである。
しかし、この土曜日は久しぶりに多くの選手をじっくりと見る機会となった。
陽人が2年については完全にオフにしたが、多くの選手は筋力系・瞬発系の強化を考えたのである。
2年とは別に、1年は新人戦に向けて練習を続けている。
この日はセットプレー練習をメインに行っていた。
「おー、やっているな」
そこに大溝がやってくる。
「あれ、先輩達を見なくていいんですか?」
結菜の質問に、大溝はニヤリと笑う。
「一通りやって、今は休憩中だ。全員横になって休んでいる」
相当きついトレーニングをしていたことが伺える表情である。結菜達も苦笑するしかない。
大溝は2人の横に座り、セットプレー練習を見物している。
「うん、何か見慣れない大きいのがいるな?」
長身の選手がヘッドを決めた。
それが大溝にとっては見慣れない選手のようだ。半年ぶりとはいえ、全員分かるはずだが、と首を傾げている。
結菜と我妻はクスッと笑った。
「聖恵君ですよ」
「聖恵君!?」
大溝は思わず立ち上がるくらいに驚いた。
「あぁ、言われてみれば……デカくなったなぁ」
半年前は170に届かないくらいだったはずだ。
今は180は超えている。浅川や神津あたりと遜色ない。
「まだ完全に強さがついてきていないですけれど、高さとヘディングのタイミングは光琴の次くらいにうまいんですよ。立神さんや瑞江さんのようなスペシャルなフリーキッカーはいませんが、セットプレーはかなり強いですよ」
1年陣のFKは左なら神田か末松、右は司城か弦本である。
確かに立神や瑞江と比べると物足りないが、受ける側は浅川、神沢、神津の3人に聖恵もうまい。
「ぶっちゃけた話をするならば、勝つだけならドン引きでセットプレーだけでも勝てるかもしれません」
「確かに、ラインをあげなければ水田君の守備能力も活きそうだ」
試合出場は少ないが、水田明楽の評価はうなぎ上りと言って良いほど上がっている。
深戸学院戦のPK戦ストップはもちろん、僅かな時間であわやの同点弾を止めた選手権決勝で更に評価が上がったといってよい。
高踏のリーグ戦もしっかり見ているU17の新監督・河野和一郎は彼をレギュラーで使うつもりだ、と公言しているほどだ。
PKはもちろん、通常のシュートストップも高踏では一番だろう。課題となりそうなのは高さとポジショニングで、特に後者は非常に問題である。
「世間ではキックが下手なのでは、って話もありますけど、鹿海さんほどではないですが十分うまいですよ。ただ、ポジショニングと攻撃の起点となる覚悟がまだまだ足りないですね」
期待ゆえに厳しい評価も飛んでしまうが、仮に高踏が引き気味に戦うのであれば、そうした問題も解決する。
「でも、そうはしないんだろう?」
「当然ですよ。さすがに鹿海さんは例外的存在ですけれど、今年の夏以降は須貝さんに並ぶくらいまではなってもらいたいものです」
話をしていると、良子も別のスタッフとともにやってきた。結菜達と挨拶をした後。
「そういえば、樫谷高校のことは話したの?」
と、大溝に問いかける。「あ、忘れていた」と頭を軽くたたく。
「実は夏から樫谷高校の面々もうちのジムで見ているんだ」
「それは良いんじゃないですか? 別に専属契約なんて結んでないですし」
結菜が答えれば、我妻も「そもそも出張費も払ってないですし」と応じる。
「……そう言ってもらうと助かるが、入口に『高踏高校の選手達のトレーニングを見ています』と大きく出している手前、どうかなというのはある。まあ、それは良いんだが、藤沖が特別目をかけている1年生がいる」
「へえ、藤沖さんが?」
「そうなんだ。最初の頃は高踏で言うなら戎君クラスの数値で、これはまずいなという感じだったが、ここに来て並くらいの数字を示すようにはなっている。新人戦には出すつもりで、天宮君にも言っておいてくれと言っていた」
「おおぉ? そんな挑戦的なことを言っちゃいます? 藤沖先生」
期待の表れは確かなのだろうが、相手チームに教えるというのは相当なものだ。
あるいは心理戦かもしれないが、新人戦で相手のことを必死に調べるつもりもない。言わなければこちらをびっくりさせられるかもしれないのに、敢えて言うということは本人にとって負担になるのではないか。
「まあ、高踏がマークしてどのくらい出来るか見たいんだろ?
大溝の話を聞いて、我妻が対戦を確認する。
「えーっと、あぁ、準決勝まで行かないと対戦しないですね」
「そうなると、そこに行くまでにある程度分かりそうですね。高踏戦までベンチに隠すなんてことをしない限りは」
「ああ、そうか。話を聞いたのは12月だったから、組合せの前だったかもしれないな。おっと、もうこんな時間か。そろそろ、トレーニング再開だな」
よいしょと立ち上がると、再びトレーニングルームの方に歩いていった。
結菜と我妻が顔を見合わせる。
「相良蓮、か……。高幡さんなら知っているかな?」
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