1月16日 19:17 体育館・記者会見
19時、高踏高校の体育館で記者会見が開かれた。
その場にいるのは、高踏高校からは校長の篠田、顧問の真田、陽人に颯田である。
海外から来た者としては、コールズヒルSDのマリアーノ・ロッジとRCDリュブラガードのアジアスカウトである。
集まった記者15人に対して、篠田がコメントする。
「本日、高踏高校サッカー部所属の天宮陽人がイングランドプレミアリーグのコールズヒルFCと契約を交わしたことを発表いたします。彼の契約は卒業後から効力を発揮するものですので、来年の卒業までは本校に在籍いたします。また、同じく颯田五樹がスペイン・ラ・リーガのRCDリュブラガードと契約交渉中であることも発表いたします」
陽人の方は予想されていたので、あまり大きな反応はなかったが、颯田は完全に予想外だったようだ。発表とともに大きくざわめきが起きる。
篠田はそんな雰囲気を制するように釘を刺す。
「颯田に関しては交渉していることを発表するだけで、まだ確定したわけではありません。従いまして現時点で話ができることはないということをご留意ください」
釘を刺されたので、質問は陽人関係のものとなる。
『契約したということですが、待遇はどのようなものに?』
「来年の秋からオックスフォード大学に入学し、卒業までは同大学でコーチングに必要な勉強をすることになります。そのうえで、卒業後にチームスタッフとして当面はアジア人選手やチームの強化、最終的にはトップチームの監督候補として所属することになります」
またもどよめきが起こる中、記者が質問に立つ。
『高校生や、場合によってはもっと年少の選手が海外チームと契約をして出ていくというケースは最近増えています。しかし、監督やコーチとしての契約をするということは非常に珍しいと思いますが、どうなのでしょうか?』
質問が通訳されて伝わり、ロッジがマイクを取った。
そのままスペイン語で話をし、通訳が訳すことになる。
「確かに、チームが知る限りでも、こうした形で人材を確保するというケースは初めてだろうと思います。少なくともコールズヒルの歴史のうえでは初めてですね」
『そこまでして、天宮君を獲得することになったのはどのような理由があるのでしょうか?』
「多くの競技がそうであるように、フットボールという競技もデータ化の波が押し寄せてきています。今や選手としての経験はないものの、データの専門家というスタッフも数多くおります。ただ一方で行き過ぎたデータ化がサッカーの本質を変えてしまうのではないかという危惧も抱かれております。データに支配されてしまうことは望ましくありません」
データ会社の情報などの映像を背後の壁にプロジェクターで映し出す。
上位チームほどデータ会社に多大なコンサルティング費用を支払い、データ収集に励んでいる状況が伺えて来るが、それだけ金をかけている以上、データに頼る比率も大きくなっているのだろう。
「今後求められるのはデータをデータとして生かしつつも、感性も無視しないハイブリッド型の人材であると考えますが、現代がデータ化への過渡期である以上、そんな人材が数多くいるわけではありません」
『それが天宮陽人である、と?』
「少なくとも我々はそのように期待しております。彼が高踏高校でなしえていることや、ワールドカップで見せたものは感性の更新とも言うべきものでした。彼は非常に高度な戦術を使いましたが、それはデータを意識したものではなく、感性を重視したものです。少なくとも我々が見た中で、こうした人材は彼が最初と言って良いでしょう。年齢も考えて、契約しない理由はありません」
アジアという観点からの質問も飛ぶ。
『先ほど、アジア人選手の話が出来ましたが、アジア・マーケットへの意識という点は?』
「ないといえば嘘となります。アジアのマーケットへの期待はこれからますます増していきますので。優秀な若者であり、アジア人であるという点も重視しています。しかし、それは副次的なものとなってきています。主たる部分はやはりデータと感性の高いレベルの競争を求めたものですね」
質問は陽人の方にも向けられる。
『天宮君はどのような理由でコールズヒルを選んだのでしょうか?』
「正直言いますと、日本人ですので特にコールズヒルの大ファンだとかそういうことはありませんでした。そこは申し訳ないのですが」
と言うと、ロッジも「私もそうだったよ」と笑って答える。
「ただ、大学からチームに入るというプランまで提示してもらい、これだけ大きなチャンスをくれるチームはないだろうと思いました。高校二年という段階で、チーム指揮も一年ちょっとしかない自分にそこまで賭けてくれたことも有難く思っています」
『契約することを決めたのはいつですか?』
「八月の段階で仮契約はしておりました。ただ、ワールドカップも選手権もあったので発表はこのタイミングにしようとなっておりました」
その回答を受けて、再度ロッジに質問が向いた。
『ということは、ワールドカップ中には正式契約はしていなかったと思いますが、ワールドカップ中の日本はどのように見ていたのでしょうか?』
「中々ひやひやしていましたね。有名なチームがもっと良い条件を引き出してきたらどうしようと思っていました」
本人も笑い、記者席も笑う。
「ただ、それは仕方がないとも思っていました。この世界はそういうものですから。彼のところに他チームから打診があったのかは分かりませんが、彼が今回きちんと契約をかわしてくれたことには非常に感謝しています」
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