1月16日 12:33 食堂
翌水曜日の朝、イングランドの記者の投稿が世界に広がった。
『昨日、コールズヒルのSD、マリアーノ・ロッジがロンドンから日本へ行くという話があり、チームに問い合わせたところ真実だと認めた。日本人選手視察もあるかもしれないが、主目的はハルト・アマミヤのようだ』
すぐに日本にも情報が伝わる。
サッカー界ではどこまで根拠があるのか分からないようなガセネタも多い。
ただ、責任者が日本に行く以上は、相当な信ぴょう性がある。以前にも話題になっていたことでもあるので、どうやら本物のようだ。
そうなると、どのような立場になるのか。
トップチームはないだろう。ユースチームになるのだろうか。
海外に行くことは普通となった時代だが、現役学生が、選手としてではなくマネージャーやコーチとして契約するというのは初である。多くのサッカーファンにとっても想像がつかないことだ。
高踏高校の部室も慌ただしくなる。
仮契約は既にかわしているが、本契約にしたいという連絡が来たのは昨日の深夜だ。
「その方が色々な憶測が打ち切られていいのではないかね?」
というような理由で、陽人としても特に異論はない。
進んでいるのかいないのか分からない颯田のことも聞くチャンスでもある。
そう思っていると、昼休みにその颯田が「話がしたい」と教室にやって来た。
ちょうどいい機会なので陽人も応じ、2人で食堂の隅に移動し、周囲を気にしつつ座る。
「実は、スペインに来ないかと言われているんだ」
最初はそう切り出してきた。
コールズヒルの監督に関係あるチームが二部にあり、そのチームが颯田を狙っていること自体は知っていることである。
「うん、聞いているよ」
問題は、すぐ行くのか、卒業していくのか、ということだ。
すぐ行くことには18歳未満の選手の国外移籍を禁止するFIFA規定に抵触する。ただ、家族そのものが移るなどすれば、認められることもあるという。
自分に対しても、オックスフォード大学への進学に協力するという対応をしてきたロッジであるから、颯田にもそうした配慮がなされている可能性がある。
「挑戦するなら、早い方がいいと思うし、できれば春には行きたいと思っている」
「……ということはお母さんも行くのか?」
颯田の家は母親1人、本人である。
そのため、当初は公務員などの確実な仕事を目指しているという話だったが、仮に契約金が入ってくるとなると話が変わっているだろう。
「あぁ、バルセロナは住みやすいって言うし、日本人も多いらしいから」
「えっ、ちょっと待て」
話が変わってきた。
当初聞いていた話では、そのチームは正確な場所こそ知らないがバスク地方にあるという話である。バルセロナではありえない。
「えっ、おまえ、もしかして……」
あの世界的なチームと契約するのだろうか。とんでもない話である。
颯田は「違う、違う」と手を振った。
「あんな超ビッグクラブが俺を誘うわけない。もう1チームの方だよ」
「もう1チーム? あぁ、そういえばもう1チームあったな」
「そう。最近は中国系資本が入っているが、その少し前までは日本人選手も取っていたし、1部と2部を行き来しているところだから、俺みたいなダッと抜けてすぐ点を取るタイプは使えそうって話なわけ」
元々興味を持っていたのは、コールズヒル監督コアル・メナイがかつて保持しており、コールズヒルと運営母体が同じであったバスクのチーム・キングス・イルンらしい。
ただ、U17ワールドカップの活躍で他チームも興味をもった。メナイと親しい人間が聞いてくるにつれて、何チームかに情報が共有されたようだ。
その中で、バルセロナに本拠地を持つキングス・スペインが最大の関心を寄せ、これからのスケジュールや契約金の提示なども受けているという。
「交渉とか大丈夫なのか?」
「いや、今回、俺の件も来て、改めて説明を受けることにはなっている。多分、春休みにスペインに行って、トレーニングに参加してから契約するかどうか決まるってことになるはずだ」
「なるほど……、五樹の件は俺の方が隠れ蓑になっていると」
「分からん。以前、誰かが言っていたけれど、こういう話を持ってきている詐欺かもしれないし」
「さすがにコールズヒルの人達も入っているし、詐欺はないだろう」
もちろん、実際に契約するまでは何が起こるか分からないというのは確かだ。直前で破談になったというケースも記事などで見る。
行くというのなら、そうならないことを願うしかない。
「俺が仮に抜けたら、陽人的にはどうなんだ?」
「うーん……」
陽人は首を左右に振る。
戦力的なことを考えるともちろん、颯田が抜けるのは痛い。
来年度は1年がU17世代となり、抜けることも多くなりそうだ。その分を2年組にカバーしてもらいたいところであり、タフな颯田は頼りになるべき存在である。
とはいえ、本人が行くと決めているのなら、それを止めても不毛なだけである。
「それはまあ、チーム的には痛いは痛いよ。けど、おまえの人生だから、おまえが決めればいい。スペインに行った選手がいるなんてなれば、後輩には励みになるだろうし。ただ、英語の成績も良くないのに、スペイン語は大丈夫なのか?」
「そっちは大分勉強している」
「そっちは……って」
話が出て来てから、スペイン語学習をしていたらしい。本来課題などを解くべき時間に。
だから、課題がまだ終わっていないのか。
納得すると同時に呆れもした。
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