1月15日 18:23 クラブハウス
愛知県サッカー協会の岩本が帰った後も、陽人と後田の雑用が続く。
18時に、U17日本代表の新監督・河野和一郎がやってきた。
今年の7月に予定されているU17アジアカップとその後11月に予定されているワールドカップに向けたチーム方針の話し合いだ。
チーム方針と言っても、それは監督である河野が決めていることである。「方針に沿って、こういう選手を呼びたい」という打ち合わせだ。
とはいえ、いきなり本題から入るわけではない。
「結局、直接プロ入りしたいという選手は颯田君と鹿海君くらいなのか」
これは相当に意外だったらしい。
「そうですね。元からプロに行きたいなら高踏には来ないでしょうからねぇ」
「あの3人は国内か国外かは別にしてプロに行きたいものだと思っていたけれど」
あの3人というのはもちろん、瑞江、立神、陸平のことである。
現状では、瑞江はアメリカの大学への進学が第一希望で、それが難しい場合には考えるということである。残りの2人はまだ白紙の状態で今後様々な方面から考えてみるということだ。
「それもそうか。ただ、決めないと決めないで周囲が騒々しくなりそうだけどね」
「全くです」
監督という立場からすれば、夏までに進学組以外が決まって、落ち着いてインターハイや選手権に臨める環境である方が有難いのは確かだ。
とはいえ、本人の人生でもある。チームの要望を押し付けるわけにもいかない。
「さて、それでは本題なんだけれど……」
河野がチーム方針について話を始める。
「これがスタッフの内訳だ。と言っても、名前を知らないとは思うけど」
確かに「この人だ」と分かる者はいない。聞いたことがあるような、ないような、という名前ばかりだ。
「基本的にはJ2でやってきた選手ばかりで、代表経験も4人合わせて0。招集経験だけは大内が一度あるけれども」
「選手として凄いから監督やコーチとして優秀なわけでもないですしね」
「そうであれば良いんだけれども、ね。残念ながら昨年のような斬新極まりない戦術というのはできそうにない」
河野はそう言って腕組みをする。
「いや、正直言うと結構真面目に去年の峰木さんのようにやろうかとも思った。さすがに天宮にはリスクしかないけれど、妹さんとか我妻さんとかね」
陽人にはリスクしかない、というのは既に優勝しているからである。もう一度指揮したとして優勝が当たり前で準優勝でも株が下がる。これほど割に合わないことはない。
そのリスクは結菜や我妻にはあまりあてはまらないが。
「それでも去年と比べてプレッシャーは強いし、何より開催地がイスラムの国だからね」
「ああ、そうですね」
今年からの開催地はカタールである。
イスラム諸国の中では割合自由な方と言うが、それでも女子が幹部だと色々面倒なことになるかもしれない。
「ということで、たたき上げ系のJ2組が指揮するので、どうしても戦術はやや下がり気味になる。理想としては高踏というよりは北日本に近いかもしれない」
「なるほど」
「で、幸か不幸か高踏高校の現1年、U17該当世代には守備のポジションで優れた選手が多い」
河野が名前を書いていく。
水田、神津、神田を躊躇なく書いていき。
「大きな試合での出番は少なかったけれど、神沢も優れた選手だということは分かっている」
と、神沢功志郎の名前も加えた。
「この4人を中心に据えるつもりで、攻撃面では司城は呼ぶと思う」
「戎は?」
「今年の高踏でもっとも重要な選手になりそうなことは理解しているし、もちろん興味はある。ただ、残念ながら僕が指揮をとる以上では、彼のストロングポイントを引き出すことはできないだろう」
戎の長所は戦術眼とポジショニングであり、戦術が高度であればあるほど、その重要性は高まる。
反面、フィジカルは高校レベルでも並以下であり、技術も少なくとも代表クラスでは特に見るべきものはない。
戦術がある程度普通である以上使いづらい、という河野の結論はもっともなところである。
「加藤や弦本も今年は成長するだろうし、興味はある。ただ、あまり呼びすぎると君達が困るだろうから、絶対的な存在になるという確信がない限りは呼ばないようにしたい」
「まあ、そうですね……」
陽人も後田も苦笑した。
代表に呼ばれることが大変だということは昨年からこの選手権を経て、身が染みている。
「とはいえ、本人にとっては名誉なことですし、成長できる部分もあるので呼ばれた場合に快く送り出しますよ」
「そう言ってもらえると助かるよ。こういう方針で7月と11月は行くつもりなので留意してほしい。ただ」
「ただ?」
2人の問いかけに、河野はニヤッと笑う。
「去年みたいに本選進出は決めたけど、7月の時点で僕は解任ということもあるかもしれない。その場合はもちろん、全く違うことになるかもしれないね」
「勘弁してくださいよ」
2人そろって再度苦笑いを浮かべた。
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