1月15日 16:15 クラブハウス

 激闘となった決勝戦の翌日。


 愛知県サッカー協会本部から、職員の岩本学が高踏高校のグラウンドにやってきていた。



 高踏高校は過去にサッカー選手を出したことがないし、サッカー部選手への本格的な推薦も受けたことがない。


 どのように受付をしたら良いかも分からないし交渉の仕方も分からない。


 そのため、最初の窓口は愛知県サッカー協会に任せて、そこでまとめてもらうことにしたのである。



 この日の部活は完全にオフである。


 いつもはオフでも出て来る選手が何人かいるが、さすがに選手権の激闘翌日、相当な疲れがあるのだろう。この日は誰も出てこない。


 浅川と颯田は病院に行くため、そちらに付き添っている者もいるのだろう。


 結果として、部室にいるのは陽人と真田、後田の3人だけだ。


「練習に来てもらいたいというチームはこれだけあります」

「結構ありますね」


 陽人も後田も目を丸くした。


 練習参加は、相手チームが交通費などを負担して練習に来てほしいということである。実際に費用も出すのだから、獲得に向けてかなり本腰を入れているということだ。



「純が結構人気があるなぁ……」


 J2が中心であるが、6チームから打診がある。


 後田がまとめているのは鹿海への打診だ。こちらも5チームから打診がある。


「やっぱり190くらいの背丈があって、戦術眼も高い存在は貴重なんだろうな」

「お、雄大。おまえへの打診もあるぞ」

「俺に?」


 地元のJ2チームが幹部候補として声をかけたいということだが。


「うーん……」


 後田はあまり乗り気ではない。


「正直、コーチになるなら大学に行ってからにしたいなぁ」

「そうだよな」


 専門的な勉強もできるし、学生選手を相手に経験も積める。


 いきなりプロでコーチになると言っても、雑用などをやらされて勉強にもならないだろう。大学に行く方が賢明なように見える。



 代表選手達の中では、当然、瑞江、立神、陸平が人気だ。J1上位も含めて多くのチームから打診があるし、練習参加要請も多く来ている。


「ま、これは後で本人に任せよう」


 戸狩と稲城、颯田についてもJ1を含む数チームから打診が来ている。


 林崎と園口についてはJ2の3チームずつであるが。


「どっちも進学希望だからな」


 園口と林崎は大学進学を希望している。


 林崎は高校に来るまではまあまあうまい選手くらいの評価で強豪校からは全く声がかからなかった。園口に関しては元々評価が高かったが、そこからどん底に落ちた経験がある。共にいきなりプロに挑むのは時期尚早と考えているのだろう。


「希仁も基本的には進学希望だけれど」


 稲城の場合は成績も学内トップ3に入るレベルで東大・京大でも行けるのではないかという評価だ。推薦入学の勧めは何校かあるが、彼には無意味かもしれない。



 プロに関しては他に久村と武根に2チームから打診があるだけで、それ以外のメンバーについては大学からの誘いが主となる。


「あ、陽人。おまえにも2チームから来ているぞ」

「そうか」


 陽人は無関心に応じた。


 既にイギリスに留学するという話でコールズヒルと話がついている。仮に話があったとしても、丁重に断るということで話が決まっている。


「地元の名古屋は……まあ、地元だからとりあえずって感じかな。あとは、港エンパイアでこっちは話題性狙いかねぇ」

「……」


 通常、サッカー部が強い場合は代表的な選手で語られることが多いが、高踏高校の場合は現役高校生が監督ということ、更にワールドカップも制覇してしまったことで天宮陽人が代表的存在になってしまっている。


 その陽人に声をかけるというだけで、スポーツ紙などの記事になるだろう。


 地元の名古屋に関しては、声をかけないと後々「あの時どうして天宮を取ろうとしなかったんだ」とあらぬ批判を言われる可能性がある。だから、全く獲得するつもりもないし断られるだろうと思っているが、批判そらしに「声だけはかけた」ということにしておきたいのだ、と岩本が話をしている。


「そういう地域のことがあるのは大変ですよね」

「野球なんかはもっと大変みたいだけどね。まあ、でも、そこくらいかな。特殊な条件があるのは」

「分かりました。明日の昼までに協会の方に各々の基本的な方針を伝えます」



 続いて話題は高校選抜の話になる。


「高踏からも7人選ばれているけど、どうする?」


 選手権で活躍した選手を中心に高校選抜が編成されている。


 名誉なことではあるのだが、このチームに参加すると2月と3月のスケジュールがほとんど潰れてしまう。そうでなくても試験や新人戦といったスケジュールもあるので辛い。


「司城は1年なので行っても問題ないと思いますが、残りは」

「辞退ということにしておくか」

「すみません」

「いや、まあ、ワールドカップ、選手権と大きな大会が続いたわけだからね。県予選は控えチームで臨んでいたわけだし、『これ以上こき使わないでくれ』と頼んでおくよ」

「よろしくお願いします」


 同じようなスケジュールでも、北日本短大付属、洛東平安、武州総合は行くのだろう。それを考えると申し訳ないが、やはりスケジュールが過密過ぎる。


 避けられるなら避けたいというのが本音であった。

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