1月14日 16:11 国立競技場・スタンド
「やったあ!」
試合終了のホイッスルの瞬間。
スタンドで佐藤、潮見、藤沖が手を組んで飛び上がる。
県勢初の優勝。もちろん自分達の手で達成したかったが、他校であったとしても大きな喜びだ。
ただし、周囲の視線は冷たい。中年男性3人組があたかもアイドルのように手をつないで飛んでいる様に、空気がみるみる冷たくなっていく。
性質の悪いことに、本人達は気づかない。一通りはしゃぐと座って話を再開した。
「1-0とはまた高踏らしくない勝ち方だったが、最後のゴールは凄かったな」
「瑞江のスルーパスが秀逸でしたねぇ。戸狩のあの強いクロスをダイレクトで柔らかく送れるのはやはりモノが違いますよ。ただ、立神のサイドチェンジも見事でしたし、陸平もまたまたやってくれましたね」
「確かに才能が結実したゴールだったな」
と、同時に最後の凡プレーでその努力の結晶が無駄になりかけたのも事実だが。
「浅川に水田と、能力のわりに高踏で目立てていない2人が決勝で決定的な仕事をしたのも、面白いよなぁ」
「来年は更に脅威になるかもしれませんね」
「そうだな……。特に水田の時代が来るかもしれない」
PK戦で完膚なきまでに負けただけに、佐藤の水田評はかなり高いが、潮見も藤沖も否定はしない。
「本当、あのPKの強さは異常ですよね。あれだけでも一度日本代表に呼ばれるんじゃないでしょうか」
「U17の監督は河野になったし、多分そうなるだろうな」
グラウンドではインタビューが始まるようだ。
『放送席、放送席。優勝監督インタビューです。見事、優勝いたしました高踏高校の天宮陽人監督です。優勝、おめでとうございます』
『ありがとうございます』
陽人がインタビューを受け持つようになったのは今年からだが、インターハイにワールドカップと大きな舞台を経験している。慌てるような様子はない。
『これまで大量点で勝てていましたが、この試合は終盤まで無得点でした。何か違いはありましたか?』
『いいえ、簡単に点は取れないだろうと思っていましたので焦りはありませんでした』
『後半も我慢の展開が続いた末にやっと得点。その瞬間、何を思いましたか?』
『いやぁ……浅川がすぐにケガして交代が必要になったので、そっちで頭がいっぱい、いっぱいでした』
発言の度に、大歓声である。
『天宮監督にとっては、12月のU17ワールドカップに続いてのタイトルです』
ひときわ大きな歓声があがった。
陽人も照れるように頭をかく。
『……出来過ぎです』
『今年は3年生、最後のシーズンとなります。抱負を聞かせてください』
『うーん、今はとりあえず学校の課題をやらないといけないので戻ったらそちらに集中ですね。それが終われば、また良いサッカーができるよう色々考えたいと思います』
『……ありがとうございました。優勝した高踏高校の天宮陽人監督でした!』
「……3年か。卒業した後、天宮はどこに行くんだろうなぁ」
「どうなんでしょうね。一時期、プレミアのチームが関心を持っていると言われていましたが、年齢的なこともありますし、ユースチームにいきなり海外の高校生ということもないと思うのですが」
佐藤の言葉に藤沖が応じる。もちろん、ここにいる者の中に、陽人が大学進学のスケジュールまで含めた提案を受けていたということを知る者はいない。
潮見は「そういえば」と顔を曇らせる。
「この間、例のIT成り上がりチームの人と話したけれど、話題狙いもあって声をかけるつもりらしい」
「本当か? トップチームにいきなり入れるわけ?」
藤沖がびっくりした顔で問いかける。
「そこまでは分からん。実現性度外視の話題狙いかもしれないし、あくまでそんな話があるという噂レベルだ」
「サッカー界の噂ほどアテにならないものはないからなぁ。それに天宮は選手じゃないんだし、大学に行った方が絶対にいいと思うけどね」
「ただ、大学に行くのはともかく、大学のチームはやりづらいだろうなぁ」
「確かに……」
仮に陽人が大学に行った場合、そのチームの監督がやりづらい。
もちろん、コーチとして入ることになるのだろうが、それにしては実績がありすぎる。世界一を経験した監督は大学生チームの中にはいないからだ。
当然、陽人が入学した時点で「チームの指揮をとってくれ」と期待する向きは多くなるだろうが、既にそこにいる監督が「はい、分かりました。譲ります」とはならないだろう。波風が立ち、色々やりづらくなるかもしれない。
もちろん、大学側で監督などを辞めさせて「どうぞ監督として来てください」となる可能性もゼロではないが、それもそれで波風が立つことになる。余程酷い成績を残したチームならできるかもしれないが、それが陽人の進学希望と叶うかどうかという問題も出て来る。
「大学に行くなら行くで、ひと悶着あるかもしれませんよねぇ」
「どうなるんだろうな……。選手も含めて、進路が非常に楽しみだ」
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