1月14日 15:57 国立競技場
ゴールと分かり、浅川はすぐに立ち上がり、右手を突きあげる。
本人はそうしようとしたようだが、すぐに足下がふらつき、その場につんのめった。
「ナイスゴール!」と走り寄ってきたメンバーが目を丸くした。
後方から走ってきた稲城が、浮かない表情になる。
「あぁ、脳震盪ですね……」
低いボールにヘディングをした後、新条が横からまともにぶつかった。その際に肘か手が頭に入って脳震盪を起こした。
稲城はそう判断したようだが、確かに浅川の動きはダウンした後に立ち上がろうとしてもう一度転倒したボクサーのようだ。
「あ、いや、すぐにプレーできます」
浅川はそう言うが、稲城は即座にベンチに×の仕草をして向けた。
「大丈夫ですって」
少しマシになったようで立ち上がり、浅川がアピールするが。
「大丈夫じゃないよ」
答えたのは稲城ではなく、主審である。
「君は脳震盪のガイドラインを読んでいないのかね? 疑いがあるだけでプレーはもってのほかだ」
「え、えぇぇ……」
「もちろん、脳震盪かどうか判断するのはドクターだが……」
突然の展開に面食らったのは高踏ベンチも同じだ。
「うわ……脳震盪か」
新条と交錯した様子と、稲城が即座に×を出したことから、陽人も状況を理解する。
先制点を取ったとはいえ、ロスタイムも含めてまだ6、7分はありそうだ。
浅川に戻る見込みがない以上は、最後の交代をしなければならない。
「……純を出すか……」
ひとまずピッチにはドクターが入っている。
浅川と二、三、話をしている。稲城が×を出したという先入観があるせいか、多少ふらついているようにも見える。
まず無理だろうから、同じポジションの選手と替えることになる。篠倉が適任だろう。コンディションが万全でない可能性があるが、仮に延長になるとしても残り時間は短い。
「水田を出して、優貴を前に出す手もあるんじゃないか?」
そこに後田が提案してきた。
残り時間で仮に同点に追いつかれた場合、延長戦からPK戦になる。
フィールドプレイヤーを出した場合、PKになった場合は鹿海が出ることになる。これでは負けることが濃厚だ。
ならば、水田を入れておいて備えた方が良いのではないか。鹿海は残り時間、FWとして働けば良い。
「……なるほど、そういう手もあるか」
陽人は迷った。
自身の直感では、そのまま篠倉を入れるべきと思ったが、後田の提案も説得力がある。
迷ったので、ちらっと残りの3人……結菜、我妻、末松を見た。3人とも水田の方をチラチラと見ている。となると、自分以外全員が水田を推しているようだ。
「水田、早めにアップしてくれ」
「分かりました!」
水田がすぐに立ち上がり、準備運動を開始する。
ピッチ上では試合がしばらく中断し、ドクターが浅川の様子を見ている。
主審に何かを告げ、改めて稲城と立神が×の仕草を出してきた。同時にピッチサイドから担架を持つスタッフが中に入る。
ほぼ同時に我妻が鞄の中から、鹿海のフィールドプレイヤー用のユニフォームを取り出した。
試合に出る水田にこれを渡し、選手交代を告げる。
浅川が担架に乗ると大きな拍手が起きた。そのままゴール裏からピッチの外に出て、ベンチへと戻ってくる。
結菜が大きな溜息をついた。
「あの高さのボールに頭から飛び込んだら、そうなるに決まっているでしょ。大怪我にならなかったことを感謝すべきよ」
浅川は拗ねたような顔で答える。
「インターハイの時のことが頭をよぎったんだよ。頭なら絶対決まると思ったから」
「……練習不足だからそうなるのよ。治ったら、足で絶対決まるように練習することね」
「あぁ……、明日から」
「何寝ぼけたこと言ってんのよ。脳震盪だったら最低2週間は練習禁止よ」
「そんなに!? 本当ですか?」
浅川が驚いた顔で陽人に問いかけてくる。
「……まあ、数日はやめておくべきだろうな」
経過が良好なら2週間安静ということはなかったはずだが、明日以降は新人戦まで試合もない。あえて急ぐ必要もないだろう。
試合が再開した。
後のなくなった北日本は猛然と前に出て来る。
それに対して、高踏は守り切りにかかろうとする。ロスタイムの表示は6分だが、再開時点で既にロスタイムだ。その時計が少しずつ進んで行き、95分を経過した。
これが最後のプレーだろうか。
ボールを陸平が押さえて、鹿海にバックパスを出す。
鹿海はボールを前線に出そうとして、豪快に空振りしてスルーした。
「うわぁぁぁ!?」
大きな悲鳴があがる。
鹿海の横を抜けた先にいた小切間が一気に前線に蹴りだした。ラインをあげようとしていたディフェンスラインは対応できず、七瀬が完全にフリーになる。
七瀬が前進、水田が前に出て来る。
悲鳴と歓声が交錯する中、七瀬が放ったシュートを水田が体にあてて弾き出した。
その瞬間、主審の長い笛が鳴った。
ピッチの選手は一斉にガッツポーズをして、近くにいた選手と抱き着き合う。
一方の北日本短大付属の選手達はがっかりと膝を落とした。二、三人が外した七瀬のところに向かっていく。
高踏ベンチは優勝と勝利の歓喜よりも、まず脱力して膝をつく者が多数出た。
「優貴……、あいつ、俺達を殺す気か……」
思わず止まりそうになった心臓を押さえて、陽人が苦笑した。
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