1月14日 15:22 国立競技場

 神津が二本目のシュートを打ったところで、ベンチの夏木が立ち上がった。


 両手を狭めるようなジェスチャーで指示を出す。



 スタンドからも、その様子は見えた。


「あれは間隔を詰めろということか……?」


 佐藤が首を傾げるが、すぐにその通りだと分かる。


 北日本がコンパクトに……と言っても、縦関係ではなく、横が狭まった。


 横の間隔が狭まる分、中にあるスペースが狭くなる。神津が上がった際にひっかかるスペースが増えることを意味する。なるべく最前線の七瀬が下がらないようにし、クリスマスツリーの形を維持したまま神津に対応したいという意図が示されている。


「実際、取れば絶好のカウンターチャンスですからね……」

「ただ、これで高踏はよりサイドのスペースを使いやすくなる。新条はそれほど身長が高くないのだし角度45度のところから巻くようなシュートを打てるんじゃないかな」



 佐藤の声が聞こえたわけではないだろうが、ペナルティエリアの角からのシュートが立て続けに2本放たれる。その稲城と鈴原が打ったシュートは簡単に新条が確保した。


「……うーん、良いシュートでも難しそうかな」

「あの位置のシュートは打たれると分かっていますからね。しっかり練習できているようですね」

「新条は本当にいいキーパーだよなぁ。少し背が低いのと、フィードが微妙ってのはあるんだろうけれど」


 ディフェンス面ではナンバーワンキーパーと言われているが、プロから声はかからなかったらしく、既に関東の大学に行くという話で決まっているらしい。


「厳しい世界ですよね」


 言いながら、藤沖が時計を見た。


「そろそろ15分……」


 呟いて、高踏側のベンチを見た。


 既に攻撃陣の選手はほとんどがアップを開始している。戸狩と戎、司城の3人がかなり強めにアップしているようだ。


 続いて、北日本の側に目を向けるとこちらも大勢の選手がアップをしている。


 出て来そうな気配があるのは、6番の高本と16番の棚倉の2人、高本はドリブルに定評があると言われており、棚倉は昨年主将を務めていた兄ほどではないがキープ力がある。


「棚倉を入れて溜めができれば面白いが……そこまでのキープ力は期待しづらいかな」

「兄ならできたかもしれませんが、弟はそこまで強いって感じはないですね。巧さは弟が上ですが」



 15分を過ぎたところでアクシデントが起こる。


『さあ、今度は右サイドから中の颯田を……っと、颯田どうした?』


 中に切れ込もうとした颯田が、急に左足を突っ張らせて、右足だけで飛び跳ねる。


『左足の肉離れを起こしてしまったのでしょうか?』


 解説の言う通り、左足に何らかの異常が発生したのは明らかだ。重傷ではないだろうが、1ヶ月くらいは難しそうである。



 潮見が「あちゃあ……」と声をあげて、額に手をあてた。


「……何があったんでしょう?」

「何だろうな?」


 佐藤も首を傾げている。


 コンディションに問題があるとは思わなかったし、この試合も特別疲れているという感じでもなかった。強いて言うなら、気温が低いのでいつもほど水分を取っていなかったことくらいだろうか。


 高踏ベンチの陽人と後田も一瞬呆気にとられたようだが、恐らく颯田の交代策は頭にあったのだろう。ベンチにいた戎と戸狩を呼び出した。


「故障した颯田に、もう1人は鈴原かな?」

「恐らくそうでしょうね」



 そこまでは予想通りである。


 次の瞬間の動きは3人の予想外だった。


 高踏の動きを見ていた夏木がすぐに五十嵐と話をし、棚倉を呼び出した。



「……明らかに高踏の動きを見ていた感じですね」


 藤沖の言葉に佐藤も頷いた。


「戸狩か戎への対策として用意していたのかな」

「どちらも小さい選手ですので、大型の棚倉で進路を塞ぐというつもりですかね」

「そこまで大きくはないだろ」


 棚倉の身長は181センチである。もちろん、高校サッカーの中では大型だが、圧倒的に大きいわけではない。


「そもそも、高踏は武州総合の源平みたいな相手ともやっているんだし」


 98キロという大柄の源平と比べれば、棚倉はあくまで普通の大型選手である。



 後半17分、両チームが交代策を打つ。


 北日本は吉田に棚倉を替えた以外に、佃を高本に交代してきた。


 高踏は3人の予想通り、鈴原と颯田が下がって戎と戸狩が入る。


「これで高踏は3人替えたから、水田の枠を残すと考えるとあと1人か」

「どうでしょう? 天宮なら最後の枠を残すなんてしないかもしれませんよ」

「潮見の言う通りですね。PKなら絶対に勝てるって考えているなら、神津をあげてワンバックにするオーバーラップなんてやらせないですよ」


 後輩2人の反論に説得力を感じたのだろう。佐藤も苦笑いして頷いた。


「こういう考えをしている限り、彼らには勝てんのかねぇ」

「そうかもしれませんね」

  

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