1月14日 15:16 国立競技場
藤沖がトイレを終えてスタンドに戻った頃、ちょうどハーフタイムが終わろうとしていた。
「後半の交代はどちらも無いですか」
「そうだな。今のところは浅川だけだが……」
佐藤が首を傾げる。
「今日に限って、どうして浅川なのだろうか?」
これまでの試合で浅川の起用優先度は高くないと思えていた。
総体3回戦で良い意味でも悪い意味でも目立つパフォーマンスをして以降、上級生との試合ではあまり出ていない印象がある。
ワールドカップ組がいない時でもそうだったのだから、戻ってきた今、更に序列は下がっているはずと思えていた。
アタッカーなのでベンチ入り自体は不思議ではないが、この決勝で篠倉や戎、司城より先に起用されたことは驚きである。
「北日本も下橋と石塚がいませんし、高踏も体調不良などで浅川が一番先になるのかもしれませんよ」
ベンチの中の状況は外からは分からない。
部外者は好きなように言うが、「俺だってそうしたいんだよ」と言いたくなるような事情は、ここにいる三人の誰もが経験していることである。
「そうだとすると、高踏は辛いな」
「って、佐藤さん、浅川を入れようとしていたじゃないんですか?」
昨年、深戸学院の選抜テストに浅川が参加していたことはある程度県内の高校サッカー事情に詳しい者なら誰でも知るところだ。その選手に対する評価としては辛い。
佐藤も後輩に言われたことは理解したのだろう、苦笑しながら弁解する。
「いや、浅川は良い選手だと思うぞ。正直、彼のあの馬力とスピードは深戸学院ならより活きたと思う。ただ、スペースが後ろにあってこそ輝くタイプだ。高踏では、まだ生き生きとプレーしている印象がない」
「とはいえ、セットプレーも馬鹿にならないですし、それなりに点も取っているんですけれどね」
「そうなんだ。ただ、悪い部分が目立つのも確かなんだよな。高踏の中ではプレーが異質って雰囲気もあるし」
そうこう話をしているうちに後半が始まった。
前半同様に高踏は高い位置でボールを回そうとし、北日本は選手が移動しつつも陣形を保持する形で迎え撃つ。
「おっ……?」
4分、これまであまりボールキープをしなかった稲城が中央の高い位置で持つ。
突破か、シュートを考えるのかと思いきや、軽く右に叩いた。
「フリーだ!」
そこに上がってきた神津がミドルシュートを打った。
惜しくもシュートは新条の届く範囲だったが、正面からのミドルはキャッチとはいかない。コーナーに逃げるのが精いっぱいだ。
「CBの神津が上がってきましたね」
「中央の密集地帯に、更にもう1人ねじ込んできたのか……」
「取られたら大変なことになりそうですが、キープしている限りでは1人増えるのは脅威ですね」
「というより……」
佐藤が再度腕組みをする。
「ニルディアは本当に惜しいことをしたわなぁ」
「確かに……」
「神津はどうしてチームを出されたんだろう? ポテンシャルが見えなかったのかな?」
今年度、ニルディアのジュニアユースから高踏に進んだ選手が三人いる。
このうち司城蒼佑はチームがエース候補として残留させるつもりだったが、本人が種々の理由で断って高踏に行ったらしい。これはチームには残念だろうが、本人の希望だから外部には分かりやすい理由だ。
戎翔輝については、元々ポジショニングなどの頭脳面は高い評価があったらしいが、あまりにも身体的な部分が弱すぎた。高踏というインテリジェンスの要求が天井知らずなチームだからこそ重宝されているが、Jのユースチームでは厳しかっただろう。だから、彼が昇級しなかったのも頷ける。
最後の1人、神津洋典は器用貧乏という評価だったらしいが、センターバックとしては高踏でもっとも能力が高いとすら思えるし、準々決勝を見ても分かるように右サイドバックとしてもプレーできる。
「神津の場合は賢いからズバ抜けているというより、能力の高さでポジションを取っているからな……。僅か一年でここまで能力が開化するものなのかな?」
「佐藤さんに分からないことが、我々に分かるはずないですよ」
潮見がやや嫌味のように言う。
実際、これまでは昇格が出来なかったユース選手を一番優先的に獲得していたのが深戸学院だ。
そこの監督の佐藤に分からないことを、二番手の潮見や、ユース選手の獲得とは無縁な藤沖が分かるはずがない。
「いやぁ、だから、器用貧乏だからダメだったらしいという話は聞いていたが、高踏でのプレーを見る限りは器用貧乏というよりオールラウンダーだからな」
「よっぽど高踏の水が合ったのでは?」
潮見が答えたところで、藤沖が「おっ」と声を出した。
再度上がった神津を七瀬が追いかける。先ほどのミドルシュートで危険視しているのだろう。
しかし、空いた七瀬のスペースにおさまる者はいない。
この試合初めて、北日本のクリスマスツリーの形が乱れた。
「これは……。ここから乱れを拡大できるのだろうか?」
藤沖の言葉に、残る2人も前のめりになった。
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